交差点にある車道と歩道の分離柵の多くは、歩行者が車道に飛び出さないための横断防止柵です。横断歩道がある開口部にボラード(車止め)1本でもあれば、車両の進入を防げそうですが、ほとんど検討されないのはなぜでしょうか。

東京の交通事故、四輪車乗車中の10倍以上の歩行者が犠牲に

日本の交通事故の特徴は、歩行中の被害者が圧倒的に多いことです。例えば、東京都内の2023年中に発生した死亡事故136人を見ると、トラックなどを含む四輪車乗車中の事故死者数は5人。それに対して歩行中は55人と圧倒的な差があります。歩道と車道の分離が不十分というイメージもありますが、歩行者が遭遇する事故は、横断歩道付近に集中しています。

つまり、最も事故が多発する交差点の事故を減らすことが、効果的な事故減少の対策のひとつです。ところが、その交差点に設置された車道と歩道の分離柵のほとんどは、歩行者が不用意に車道を横断しないための「横断防止柵」で、車道のクルマが歩道に飛び込む事故を想定していません。そのため歩行者が巻き込まれる事故に無防備なのです。

飛び込み事故があった交差点では、車両衝突時の外力を想定した「車両用防護柵」への取り替えも進んでいます。一般道を想定した車両用防護柵の一例をあげると、質量1トンの乗用車が速度60km/hで防護柵への衝突角度20度で当たった場合に突破されない強度があるので、完全に防ぎ切ることはできませんが、何の落ち度もない歩行者の被害を軽くすることは期待できます。

しかし、車両用防護柵に取り換えた交差点でも、歩行者の二次被害が防ぎきれません。この問題を取材中の2024年2月22日東京都葛飾区の「香取神社前交差点」(亀有3丁目)で起きた軽四輪車とワゴン車の衝突事故では、はずみで歩道に侵入した車両に歩行者5人が巻き添えになりました。

ワゴン車が突っ込んだ横断歩道の開口部は幅約7.5m。強度のある車両用防護柵が設置されていましたが、車両はこの開口部から進入しました。2月19日東京都渋谷区の「代官山交番交差点」(猿楽町)での歩道進入事故でも、乗用車横断歩道の開口部から進入しています。

「ボラードは設置できる」掛け声だけで不可能な理由

国土交通省は道路局長通達で、交通事故防止のため「防護柵の設置基準」を示しています。道路安全対策室は、その設置基準をもとにこう話します。

横断歩道の開口部に『ボラード』と呼ばれるいわゆる支柱だけの車止めの設置は可能です。各地で活用がなされているのではないでしょうか」

支柱が1本立っているだけのボラードは視覚的に頼りなさげですが、クルマを使ったテロ行為を防ぐ防護柵のひとつとしても使われ、たった1本で事故時の進入を防ぐことも可能です。

ただ、道路管理者の視点に、歩道の巻き添え事故を防ぐという視点がないために、ボラードが柵の代用として使われている例もあります。前述の香取神社交差点は、事故現場に対面する交差点角でボラードが使われているのですが、角に1本立っているだけで車両防護柵との連携はありません。

横断歩道から歩道に車両が突っ込む事故が起きた交差点でも対策がなされないことについて、「それは道路を管理する地方自治体の責任ではなく、信号の設置や通行方法などを管理する警察の責任ではないか」という指摘もあります。

たしかに道路工事を行う場合、道路を作る側とその区間を担当する警察署が協議することがルールになっているため、事故が起きた場所でも、道路管理者が破損した箇所の修復計画を作り、これについて事故の調書をまとめた警察と協議します。この時、横断歩道ボラードを設置すべきなどの意見がなければ、新たな対策を取ることはできないというのです。しかし実際の協議では、警察は修復計画を追認することが多く、意見を付けることは少ないです。

視覚障害者の通行の妨げになる、というのは本当か?

さらに、道路を管理する担当者はこうも話します。

横断歩道に障害物を立てるということは、視覚障害者も通るので通行の妨げとなる。基本的には設置しない」

都道は都議会の指摘で車両防護柵への取り換えが進められているので、事故現場の防護柵設置は進んでいます。ただ、さらに横断歩道への進入を考えて、ボラードを設置するためにはハードルがあると言います。

改めて渋谷区代官山交差点」の事故現場を訪れると、路上の点字ブロックの先にあるビルの私有地に立つ照明灯が斜めに傾いています。2月19日の事故以前に起きた事故の痕跡が残っています。視覚障害者も同じように守られるべきではないでしょうか。

日本視覚障害者団体連合にも聞いてみました。

「通行の妨げになるかどうかの二択でいえば、ないほうがいいとしか言いようがないが、どんな交差点でも一律でいいのかというと、場所によっては設置したほうがいいこともある。試行的に設置して意見を聞いてもらえるといいのではないか」

国土交通省も「交通管理者の助言を待たなければ設置できないわけではない」と自主的な検討を促しますが、一方で道路管理者は、他の区間と違った対策をとった場合に起きるかもしれない責任追及を恐れ、一歩踏み出すことができません。歩行者保護に踏み出す意思決定の仕組みづくりが急務です。

角にボラード1本立つ葛飾区「香取神社前」交差点。対角線上の角にはボラードがなく、車両が突っ込む事故が起こった(中島みなみ撮影)。