毎月150冊出る新書からハズレを引かないための 今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2009年)

■01『百鬼夜行絵巻の謎』小松和彦・著/集英社新書ヴィジュアル
■02『恋する西洋美術史』池上英洋・著/光文社新書
■03『コミックマーケット創世記』霜月たかなか・著/朝日新書
■04『カラオケ秘史 創意工夫の世界革命』烏賀陽弘道・著/新潮新書
■05『東京フレンチ興亡史』宇田川悟・著/角川oneテーマ21
■06『封建制の文明史観 近代化をもたらした歴史の遺産』今谷明・著/PHP新書
■07『福沢諭吉 背広のすすめ』出石尚三・著/文春新書
■08『日本にノーベル賞が来る理由』伊東乾・著/朝日新書
■09『この金融政策が日本経済を救う』高橋洋一・著/光文社新書
■10『ご近所富士山の「謎」 富士塚御利益散策ガイド』有坂蓉子・著/講談社+α新書

今回(12月発売分)の新刊は150冊。トピックはありません。

①2007年7月に発見された百鬼夜行絵巻「百鬼ノ図」。それを見た瞬間に文化人類学・民俗学者の著者は「これですべての謎は一挙に氷解する!」と確信したそうです。鮮やかな図版をふんだんに示しながら、これまで紛々としていた仮説たちを覆し、幾多ある百鬼夜行絵巻諸本の成立と系譜を整然と描き直してみせる高揚した筆致は、歴史が塗り変わる瞬間を目の当たりにしているのかも!? という興奮に読者を巻き込まずにいないでしょう。まさに熱い一冊。

<ヴィジュアル版> 百鬼夜行絵巻の謎
『<ヴィジュアル版> 百鬼夜行絵巻の謎』(集英社)著者:小松 和彦

②人類にとって最大のメディアだった絵画から、人類にとっての最大の関心事「恋愛」を読まんと試みた一風変わったエッセイ風美術史です。泰西名画に登場する裸の女って何? という方はぜひ。

恋する西洋美術史
『恋する西洋美術史』(光文社)著者:池上英洋

③50万人を動員する世界最大の同人誌即売会コミックマーケット。そのコミケの初代代表であるマンガ/アニメ評論家の霜月たかなか氏が、主要メンバーらの人間模様を軸にコミケ黎明期を描いた貴重な記録です。2代目代表・米澤嘉博氏の急逝が執筆の動機となったとの由(「はじめに」より)。

コミックマーケット創世記
コミックマーケット創世記』(朝日新聞出版)著者:霜月 たかなか

④タイトルには「秘史」、序章の冒頭には「正史」とありますが、一読瞭然これは「正史」です。関係者への地道な取材からこれまで定説となっていた「事実」が次々と書き換えられていく様は爽快なほど。キーとなる人物たちの怪傑ぶりを堪能する読み物としてもナイスです。邦楽研究の基本書となるに違いない一冊でしょう。

カラオケ秘史―創意工夫の世界革命
『カラオケ秘史―創意工夫の世界革命』(新潮社)著者:烏賀陽 弘道

⑤鹿鳴館から三國清三以後の「東京フレンチ」まで、シェフたちのポートレートを軸につづったフレンチ受容史。安定した筆致で読みやすい反面、淡白すぎる気も。

東京フレンチ興亡史  ――日本の西洋料理を支えた料理人たち
『東京フレンチ興亡史 ――日本の西洋料理を支えた料理人たち』(角川グループパブリッシング)著者:宇田川

⑥戦後民主主義以降のわが国では「封建制=悪」という図式がすっかり定着しています。だが、それって本当? というと呉智英氏のデビュー作『封建主義者かく語りき』みたいですが、呉氏とは立場が違うと著者。西欧とは隔絶した日本に西欧と同質の封建制が成立したのはなぜか、封建制が近代化に資するのはどうしてか、という観点から議論を整理し封建制を肯定的に捉え直した書です。

封建制の文明史観
『封建制の文明史観』(PHP研究所)著者:今谷 明

⑦完全に日本語として定着している「背広」、いつ日本に持ち込まれ、なぜそう呼ばれるようになったのか、じつは由来がはっきりしていません。しかし「待てど暮らせど定説があらわれてはこない」ことに業を煮やした服飾評論家の著者はついにその解明に乗り出します。タイトルにあるとおりキーパーソン福沢諭吉なのですが、いくつもの謎が連鎖して、さながら歴史ミステリの趣きです。

福沢諭吉 背広のすすめ
福沢諭吉 背広のすすめ』(文藝春秋)著者:出石 尚三

⑧先日の、南部陽一郎、小林誠、益川敏英、下村脩4博士のノーベル賞報道に対する違和感と、日本社会に蔓延する同賞への誤解(あるいは無理解)を端緒に、「ノーベル賞が持つ政治的な意味合い」と日本に対する暗黙のメッセージが読み解かれていきます。仮説を出ない部分は多々残るものの、ノーベル賞からたどる簡素な現代科学史および世界政治史と読むことも。ウェブサイト「日経ビジネスオンライン」で大ヒットした連載に大幅に加筆を施した一冊。

日本にノーベル賞が来る理由
『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)著者:伊東 乾

⑨埋蔵金発掘で一躍、売れっ子エコノミストとなった氏の最新作。インフレ目標とゼロ金利政策の必然性と合理性をコンコンと説き、世界の流れに反旗を翻す日銀と民主党とマスコミを痛罵する金融政策入門書。「高校生にもわかる」くらい平易に書いたとありますが、高校生には難しいような。

この金融政策が日本経済を救う
『この金融政策が日本経済を救う』(光文社)著者:高橋洋一

⑩「ご近所富士」とは神社の裏などにひっそりとある富士山を真似た塚のこと。富士登山と同じ御利益をと江戸時代に造られはじめたミニチュア版で、関東全域で300ほどもあるとか。36基のご近所富士が案内されたガイドブックなのですが、著者は現代美術作家。富士塚に対する「人々の思い」すなわち「コンセプト」に魅入られたあげくの「作品」なのです。

ご近所富士山の「謎」 富士塚御利益散策ガイド
『ご近所富士山の「謎」 富士塚御利益散策ガイド』(講談社)著者:有坂 蓉子

さて本誌休刊にともない本連載も終了です。またどこかで!

【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2009年3月号
新発見の絵巻の登場で定説を覆す、まさに熱い一冊