20世紀芸術の巨匠アンリ・マティス。切り紙絵の大作をはじめ、ニース時代にスポットを当てた「マティス 自由なフォルム」が国立新美術館でスタートした。

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文=川岸 徹 撮影/JBpress autograph編集部

今年もマティスの名品に会える!

 20世紀を代表するフランス芸術家アンリ・マティス。昨年、東京都美術館で開催された約20年ぶりとなる大規模な回顧展「マティス展」をご覧になった方も多いだろう。初期から晩年まで各時代の代表作を網羅した充実の内容で、来場者数30万人を突破するヒットを記録した。そんな記憶も新しい今年2月に、再びマティスの名品に出会えることになった。国立新美術館で開幕した「マティス 自由なフォルム」だ。

 昨年のマティス展はパリにあるポンピドゥー・センター/国立近代美術館の全面協力により開催されたが、今回のマティス展はニース市マティス美術館が主催に名を連ね、同館のコレクションを中心に展示が構成されている。南仏のニースは、マティスが後半生の大半を過ごした街。そのためマティスが最後にたどり着いた究極の技法「切り紙絵」とマティスが自身の芸術の集大成として建設に取り組んだ「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」が展示のメインになっている。

 

最初期&フォーヴィスム時代の名画

 さっそく展覧会場へ。聞いていた通りニース時代の作品が中心だが、予想以上に初期やフォーヴィスム時代の作品が多くてうれしくなってくる。

 1890年、虫垂炎を患ったマティスは療養中に母親から暇つぶしにと絵具箱を贈られた。その絵具を使って描いた《本のある静物画》。マティスは後年、この絵を「私の最初の絵画」と語っている。カンヴァス右隅には、本名の「H.Matisse」を逆から綴った「essitaM.H」のサイン。当時21歳だったマティスの、お茶目なユーモアセンスが垣間見える。

 1905年の《マティス夫人の肖像》は緑系と赤系の補色関係による対比の効果が大胆に試された実験的な作品。こうした“色彩の革命”から、マティスは後にフォーヴィスム(野獣派)の画家と呼ばれることになる。

 ただ、筆者個人的にはマティスをフォーヴィスム(野獣派)の画家として語ることに違和感がある。マティスはフォーヴィスムの特徴とされる荒々しいタッチや、激しく強烈な色彩を求めたわけではない。画面の総合的な調和を目指して、独自性のある配色を実践したのだ。マティスは知的でクール。野獣という言葉がもつイメージとはかけ離れている。

 イタリア人モデルのロレットを描いた1916年の《ロレットの頭部、緑色の背景》も印象に残る作品。緑の背景が、何とも効いている。ロレットの黒い髪、眉、瞳、ドレスを、背景の緑が見事に引き立てているのだ。マティスはロレットを気に入り、複数の作品を残した。この作品とは逆に、ロレットが緑色のローブを着用し、背景を黒で塗り込めた作品もある。試行を繰り返しながら、マティスは色彩のセンスを磨いていったのだろう。

マティス、南仏ニースへ

 マティスは1917年のニース滞在をきっかけに同地で制作に励むようになり、第一次世界大戦終結後の1918年に移住。ニースのアトリエにはマティスが集めた世界各地の家具や調度品、オブジェが並び、マティスはそれらからインスピレーションを受けつつ、ひとつの舞台を作り上げるかのように創作に励んだ。

 1924年制作の《小さなピアニスト、青い服》は室内でピアノを弾く女性がモデル。背後の壁一面に、赤地に装飾模様が入った布が掛けられている。この布は「赤い“ムシャラビエ(アラブ風格子出窓)”」で、実際にマティスが所有していたもの。マティスは自分のコレクションを周到に配置し、絵画の舞台としたのだ。展覧会ではこの絵画と布を合わせて鑑賞することができる。

 ニース時代のマティスは創作活動の幅をぐっと広げていく。1920年にバレエ作品「ナイチンゲールの歌」の舞台装置と衣装デザインを担当。1930年にはアメリカのバーンズ財団から注文を受け、約13メートルの装飾壁画《ダンス》の制作に取り組んだ。そして最晩年にはニース近郊の街ヴァンスにて「ロザリオ礼拝堂」の建設に挑む。

 

切り紙絵は「究極の技法」

 60年以上にわたって熟慮と試行を重ねたマティス。そんなマティスが最後に編み出した“究極の技法”が「切り紙絵」だ。切り紙絵とは様々な色を塗った紙をハサミで切り抜き、それらを組み合わせて作品に仕立て上げたもの。色紙をハサミで切り取ることで、色彩表現とデッサンを同時に行うことが可能になり、作者の感情をダイレクトに伝えることができる。マティスはそこに究極性を見出したのだ。

 展覧会では切り紙絵の人気シリーズ『ジャズ』や代表作《ブルー・ヌードⅣ》が展示されている。なかでも410×870㎝に及ぶ大作《花と果実》は必見。本展のためにフランスで修復され、日本では初公開となる。この巨大なスケールで、色彩を自由にコントロールできるマティス。“色彩の魔術師”は、やっぱりすごい。

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アンリ・マティス《紅い小箱のあるオダリスク》1927年 ニース市マティス美術館蔵 ©️Succession H.Matiss