ダークナイト』(08)や『インセプション』(10)、『TENET テネット』(20)など、これまでの監督作が常に映画界に革新をもたらし、世界中の観客を夢中にさせてきたクリストファー・ノーラン。その最新作というだけで、大きな注目を集めた『オッペンハイマー』(3月29日公開)は、海外で公開されるや否や高評価を獲得。アメリカなど各国では社会現象化、世界興収10億ドルに迫る大ヒットを記録している。その結果、アカデミー賞では作品賞など13部門という最多ノミネートを達成。待たれていた日本での公開も、ようやく実現することになった。

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オッペンハイマー』は、原爆を開発した科学者、J・ロバートオッペンハイマーの人生を描いた作品。第二次世界大戦、およびその後の人類の歴史を大きく変えた天才科学者を映画にするにあたり、「歴史の大転換期の絶対的中心にいた人物の、魂と経験の中に観客を導く」と決意したノーラン。「とてつもなく破壊的な一連の出来事に巻き込まれ、正しいと信じた理由のためにそれを成した一人の人物の物語を語る」ことを体現するため、斬新な方法を駆使した。表現面では、オッペンハイマー視点のシーンはカラーで描き、彼の内面を象徴的に表すことで我々の感情を揺さぶる。対して、彼と対立するルイス・ストローズ(アメリカ原子力委員会の創設委員)を中心としたシーンはモノクロで描くことで、我々観客がオッペンハイマーと同じ視点を共有しながら映画を見進めていくことができるといった演出など、巨匠としての円熟味が感じられる。

■ノーランの演出とキャストの名演技が起こす、究極の化学反応

イギリスへの留学を経てアメリカに帰国したオッペンハイマーは、核兵器開発プロジェクト「マンハッタン計画」のリーダーに就任。人類初の核実験を成功させ、日本への原子爆弾投下へとつながっていく。そして第二次世界大戦後、オッペンハイマーにソ連のスパイ容疑がかけられる運命までを描く本作が、なぜここまでドラマチックに迫ってくるのか。それはノーランの演出と、キャストたちの名演技が究極レベルで化学反応を起こしたからだろう。アカデミー賞では主演男優賞にキリアンマーフィー、助演女優賞にエミリー・ブラント、助演男優賞にロバートダウニー・Jr.がノミネートを果たしたことも、それを証明する。

主人公オッペンハイマーを任されたのは、ノーラン作品が6本目の出演となるキリアンマーフィー。『バットマン ビギンズ』(05)でブルース・ウェインのオーディションを受けたのが、マーフィーとノーランの出会いで、同作でマーフィーは、ヴィランスケアクロウ役を得る。それ以来、「クリス(ノーラン監督)の頼みなら、どんな小さな役でも駆けつける」というマーフィーは、オッペンハイマーの役を依頼された際「喜びというより、呆然として座っているだけの状態になった」という。

本作について「物語を通してオッペンハイマーの心の旅を描いている。彼は、なにが起こるかわからない、先が見えない状況を生きていた」と受け止めたマーフィーは、強いまなざし、姿勢、パイプや帽子などを使って、オッペンハイマーの独特の外見を再現しつつ、「似せようとしたわけではなく、クリスの脚本の中で“蒸留された”オッペンハイマーになった」と告白する。日本への原爆投下について、彼がどんな想いを抱き続けたのか。作品でも重要なその部分を複雑な表情で伝えるマーフィーの演技は、最大の見どころにもなっている。

オッペンハイマーの妻キティを演じたのは、『プラダを着た悪魔』(06)や『クワイエット・プレイス』(18)のエミリー・ブラント。生物学者、植物学者であるキティにとってオッペンハイマーは4度目の結婚相手となる。夫が原爆開発プロジェクトに関わっている間、孤独やアルコール中毒と闘うという、こちらも難役である。「キティは大口をたたくタイプで、決して控えめではない。私が惹かれたのは、彼女が当時の女性のあるべき姿に従おうとしなかったこと。とても現代的な姿勢を持ちつつ、弱さも抱え、クリスはそこを追求する自由を与えてくれた」とブラント。『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(21)でも共演済みだったマーフィーに対しては「お互いに安心感と信頼があったので、深く結びつき、似たような魂を持つ夫婦関係に飛び込むのは難しくなかった」とのことで、最高の“相手”になったようだ。

もう一人のオスカーミニーとなったロバートダウニー・Jr.が演じたのは、アメリカ原子力委員会の創設委員、ルイス・ストローズ。彼とオッペンハイマーの「対立」は、この映画でも大きなパートを占める。『アベンジャーズ』(12)のアイアンマン役がひとつの区切りを迎え、新たな仕事を選ぼうとしていた時に、「世界では立て続けにいろんな出来事が起こり始め、この映画がいまの世界のメタファーのようだ」と、ノーランからのオファーを快諾したダウニー。実際のストローズよりずっと若いダウニーは、彼の外見に近づくために髪型も大きく変えた。額を剃り上げ、頭頂全体を薄くし、ダウニーの地毛の三分の一まで減らしたという。「額を剃り上げると、父親(ロバートダウニー・Sr.)を思い出して、悪い気はしなかった。長年私を見ている妻にとっては、未来予想図になった」と彼らしいウィットで振り返る。本作では、アイアンマントニー・スタークとはまったく違うダウニーに出会えることだろう。

マット・デイモンにフローレンス・ピュー、ケネス・ブラナー。一流俳優が脇を固める

そのほかにも『オッペンハイマー』には豪華キャストが集結した。マンハッタン計画を指揮し、オッペンハイマーをリーダーに抜擢する、アメリカ陸軍将校のレズリー・グローヴス役にマット・デイモン。「グローヴスはエゴを持っていて、みんなに好かれたわけじゃない。開発する武器の意味を大して考えず、『俺はやるって言った。だからやった』という人物を演じた」と語るように、デイモンのポジティブな演技は本作でも異彩を放つ。

ミッドサマー』(19)などで、いまやハリウッドでも最も売れっ子となったフローレンス・ピューは、オッペンハイマーと深い恋愛関係に陥り、後年の彼の運命も変えた心理学者、ジーン・タトロック役。「ジーンは無遠慮で、複雑な性格に加え、ある種の力量を持った女性。オッペンハイマーと過ごす時は、自分らしく水を得た魚のよう」とピューが話すように、ジーンオッペンハイマーのシーンは、作品の中でも官能的で、強烈なインパクトを残す。

マンハッタン計画におけるオッペンハイマーの“同志”ともいえる物理学者、アーネストローレンス役は『ブラックホーク・ダウン』(01)などのジョシュ・ハートネット。「ローレンスは粒子衝突型加速器の原型を作り、歴史を変えた科学者であり、社交的で資金集めもうまかった」と、オッペンハイマーとの性格の違いを説明するハートネット。「ニューメキシコでの撮影では、家族のように一緒に食事をしたりと、いまどきの映画の現場とは思えなかった」と、キャストやスタッフに育まれた絆も打ち明けた。

また、ノーベル賞受賞の物理学者、ニールス・ボーア役は、『ダンケルク(17)TENET テネット』に次いで3度目のノーラン作品出演となるケネス・ブラナーに託された。オッペンハイマーイギリス留学時にボーアの授業に出席している。「彼の量子力学の知識により、世界は原爆や核エネルギーに向かって進んだ。オッペンハイマーにとってはオビ=ワン・ケノービのような存在。アインシュタインに匹敵する知能の持ち主ながら、サッカーやスキーも好きで、手を伸ばせば届く普通の人間だった」と語るブラナーによって、親しみやすい天才像が完成された。

さらにアメリカ陸軍将校のボリス・パッシュ役に『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(17)のケイシー・アフレック、物理学デヴィッド・L・ヒル役に『ボヘミアン・ラプソディ』(18)のラミ・マレックという2人のオスカー俳優や、『アメイジング・スパイダーマン2』(14)のハリー役で知られるデイン・デハーンら、錚々たるキャストが出番は短いながら、キーパーソンとして登場。これまでのイメージを変える存在感を放っており、『オッペンハイマー』はオールスター映画としての豪華さも備えている。

実力派スターたちをここまで揃え、彼ら一人一人から新たな一面を引き出し、極上のアンサンブルを達成。そのうえで壮大なストーリーと映像で観る者を圧倒するという意味で、“監督”クリストファー・ノーランの集大成と位置づけることもできる『オッペンハイマー』。この揺るぎない事実を確認するうえでも、日本での劇場公開はプレシャスな体験になることだろう。

文/斉藤博昭

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