「三菱ミラージュってあのタイ製ハッチ?」とか言わないで! 「激熱スポーティハッチ」こそがミラージュの歴史だった

この記事をまとめると

■初代の「スーパーシフト」が話題だった三菱ミラージュが6代目を最後に販売を終了した

■2代目のエリマキトカゲ、3代目の「サイボーグ」の愛称、4代目の世界最小V6エンジンとMIVECなど歴代モデルは話題が多かったミラージュ

■歴代ミラージュがどんなクルマだったかを振り返る

派手なアナウンスもなくひっそりと消えたミラージュ

 2023年3月、三菱ミラージュの販売が終了した。

 フランス語で「蜃気楼」を意味する車名に合わせてか、モデルのファイナルを派手に喧伝することなく、スーッと消えてしまったような印象もあるが、ミラージュという名前に思い入れのあるファンは少なくないだろう。

 たしかに、2012年から2023年までのロングセラーとなった「最後のミラージュ」は、派手な印象もなく、ヤングドライバーにとっては印象の薄いモデルだったかもしれないが、過去のミラージュは多くの印象深いトピックスを残している。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 1978年にデビューした初代ミラージュにおいて話題となったのは「スーパーシフト」だ。これは4速MTにハイ/ロー2段の副変速機を組み合わせもので、上手に操ると8速MTとして活用することができた。当初は1.2リッターエンジンだけの設定だったが、だからこそ8速を駆使してパワーバンドを維持することはミラージュ使いの自慢となった。

 また、1982年にマイナーチェンジを実施した後期型では1.4リッターターボを搭載するなど三菱=ターボというイメージを強めたのもミラージュの功績だ。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 1983年にフルモデルチェンジした2代目ミラージュでは、1.6リッターターボのほか、気筒休止機能を持つ1.5リッターエンジンなどを採用。ハッチバックを基本としながらセダンやワゴンなどボディバリエーションも増やしていった。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 しかしながら、2代目においてもっとも話題を集めたのはマイナーチェンジ後に放映されたテレビCMにおいて「エリマキトカゲ」を登場させたことだろう。そのユーモラスな歩き方と先進メカ満載のミラージュにどんな関係があるのかわかりづらい面もあったが、エリマキトカゲの一大ブームを巻き起こしたことは昭和の歴史に残るエピソードといえる。

 1987年に誕生した3代目ミラージュで印象深いのは「CYBORG(サイボーグ)」というスポーティグレードだ。1.6リッターDOHC 16バルブ インタークーラーターボを積んだサイボーグは、当時の国産ハッチバックでは最強といえるポテンシャルをもっていた。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 1989年ホンダがNA(自然吸気)ながら160馬力の1.6リッターエンジン「B16A」を発売すると、それに呼応してかミラージュの1.6リッターターボも160馬力へとパワーアップ。クルマ好きが「ターボか、NAか」と口プロレスを繰り広げることになる。

 とはいえ、ターボトルク感は圧倒的であり、実際の加速性能ではミラージュ優位という声も大きかった。

数年後にシレッと7代目が登場して復活することに期待

 1991年のフルモデルチェンジにより4代目へと進化するが、ここでのトピックスは世界最小1.6リッターV6エンジンを設定したこと。このV6エンジンを積んだのはセダンボディのみだったが、この世代でもメインはハッチバックで、「アスティ」というサブネームのついた2ドアクーペもラインアップに加わっている。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 前の世代では1.6リッターターボをパワーアップすることでホンダVTECに対応した三菱は、4代目ミラージュにおいて可変バルブ機構である「MIVEC」を投入する。サイボーグに搭載された1.6リッター MIVECエンジンの最高出力は175馬力となり、当時のシビックが積むVTECエンジンの170馬力を凌ぐものだった。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 MIVECエンジンは、1995年にフルモデルチェンジした5代目へも踏襲されることになる。ハッチバックはもちろん、空力に優れたクーペ「アスティ」にも搭載され、いずれもモータースポーツで活躍したことは記憶に残る。そして、セダンボディには1.8リッターに排気量を拡大したV6エンジンや、1.8リッター4気筒ターボなども搭載されていた。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 ただし、こうしてパワートレインが成長・進化したことで、もともとミラージュが担っていたはずのコンパクトカテゴリーから、ひとつ上のクラスに移行しているように見えたのも事実。そのため、ランサーと統合するというカタチで2000年にミラージュの歴史はいったんピリオドを打つことになった。

 冒頭で記した6代目ミラージュの誕生は2012年まで待つことになる。タイで生産されるグローバルモデルを輸入することで復活した。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 当初は1リッター3気筒エンジンを積むベーシックカーという位置づけだったが、すでに軽自動車のトレンドがハイトワゴン~スーパーハイトワゴンといったタイミングであり、オーソドックスなハッチバックへのニーズはそれほどでもなかったというのが正直なところ。グリルレスのフロントマスクもチープなイメージとなり、販売面では苦戦する。

 その後、1.2リッターエンジンへスープアップしたり、最終的には「ダイナミックシールド」マスクに変身したりしたが、かつてのような存在感を示すことはできず、2023年にミラージュの歴史において2度目のピリオドを打つことになる。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

 もっとも、5代目から6代目まで10年間の空白があるように、ミラージュという名前が復活しないとは限らない。印象深いグレード名「サイボーグ」は自動運転テクノロジーを連想させる響きもある。電動化や自動運転といったCASE時代にはピッタリのネーミングといえるかもしれない。

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

歴代モデルを振り返るとミラージュはあまりにも消えるに惜しいクルマだった

「三菱ミラージュってあのタイ製ハッチ?」とか言わないで! 「激熱スポーティハッチ」こそがミラージュの歴史だった