一部の企業では役職定年制度が採用されており、その結果、50代の元管理職の会社員の働くモチベーションが低下するという事例が見られます。この記事では、産業医として豊富な経験をもつ株式会社フェアワーク代表取締役会⻑・吉田健一医師が「役職定年と働くモチベーション低下に関連する健康課題」と「ヘルスリテラシーとマネーリテラシーの深い関係」について解説します。

部下のいない部長職=担当部長とは!?

ある企業では50歳を超えた担当部長が多数いるそうです。「担当部長」とは、ある一定年齢を過ぎると、部長という肩書から「担当部長」になり、部下のいない部長職になるという典型的な役職定年の制度です。部下がいなくなりますので、場合によっては収入も下がります。

その人の働く意思や能力、それに体力などのフィジカル面を考慮せず、「年齢」という要素だけで、肩書も収入も切られてしまう。

55歳から60歳までの5年間をその状態で過ごさざるを得ないことが現実的になった結果、やる気をなくしてしまうことはある種、必然ともいえるでしょう。

私は現在もメンタルクリニックの外来で週100件以上の診療にあたっていますが、そのなかで患者さんから「先生、ぼく先日『黄昏研修』を受けたんですよ」みたいな発言や、役職定年に対するぼやきを伺うことは多くあります。

私はこれまで、上場企業や官公庁など50団体以上の産業医をするなかで、役職定年者のモチベーション低下に課題を感じてきました。

個人の意思・能力ではなく、年齢で区切る役職定年制の課題

そもそも、役職定年という制度には私自身、違和感をもっています。役職定年制が浸透した背景には、定年の延長があるといわれています。

1986年に「60歳定年」が企業の努力義務になり、1994年には60歳未満の定年が禁止されました。その流れのなかで、終身雇用を維持しつつ、人件費の抑制や組織の若返りなどを図るために役職定年制が広がったとされています。

独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査によれば、役職定年制の導入率は2019年時点で「28.1%」となっています(※)。

※ 役職定年制度の導入状況とその仕組み 8章|独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(PDF)

人生100年時代といわれて久しいですが、そのような時代であるからこそ、個人の能力や意思と無関係に形式的な年齢で区切るのではなく、その人のフィジカル面にまで配慮した働き方が提案されるべきでは、と考えています。

役職定年と男性の更年期障害が重なる時期が一致する50代後半

この役職定年付近にあたる中高年男性のモチベーション低下は、環境変化だけでなく、健康課題として男性更年期障害が関係している可能性も考えられます。

男性更年期については最近メディアにも取り上げられる機会が増えたことから、私の外来でも「この気分の落ち込みは男性更年期かもしれない」と診察に来る患者さんが増えてきました。

女性の更年期障害のピークは閉経のタイミングである50代前後ですが、男性更年期の症状がピークになるのは50代後半といわれています。私自身も50歳になったころ、泌尿器科医の後輩から、「これから2年に一度は前立腺の検査を受けたほうがいいですよ」と言われました。

男性の場合は30歳あたりで男性ホルモンのピークを迎え、その後少しずつ下がっていきますので、更年期障害が自覚される時期は女性と異なり、人によって大きな差があることが特徴です。

この男性更年期障害の時期と役職定年になる時期をあわせてみると、一般的な定年が60歳で、役職定年が50歳から55歳ぐらいまでとした場合、役職定年と更年期障害の時期は概ね一致します。

男性の更年期障害の特徴

男性更年期障害は、男性ホルモン「テストステロン」の値が徐々に低下することにより起こります。男性ホルモンが減少すると、不安が強くなり、やる気や記憶力・性欲の低下が著しくなります。

この「テストステロン」の値が低下する要因の一つに、強いストレスがあるといわれています。ストレスが長時間続くと、テストステロンが十分に分泌されなくなるのです。

さらに、テストステロンには肥満を抑える効果もあるため、ホルモンの減少に伴って内臓脂肪が増え、生活習慣病のリスクも高くなると考えられています。

検査の結果テストステロンの数値がすごく下がっていた場合は、対処の一つとして注射によりテストステロンを補充する方法があります。

私の精神科クリニックの患者さんでも、同じような症例の方がいらっしゃるとテストステロンの検査を勧め、結果によっては泌尿器科を紹介しています。

ただこのホルモン補充療法をしたからといって、すぐに改善するわけでもありません。

血中テストステロンが正常レベルになったにもかかわらず、やはり意欲が出ない、元気がない患者さんは一定数いますので、その場合は、精神科医として生活改善や日々の運動、人間関係を見直していただくサポートをしています。 

役職定年目前の中高年男性がやっておくべき、3つのこと

これまで一生懸命会社に尽くしてきたのに、役職定年で権限も年収も失ってしまう。さらに、更年期障害という健康課題も控えている。まだまだ働き盛りの中高年男性が、役職定年にも、健康課題にもしなやかに対応できるようにするには、どうすればいいのでしょうか。

私は、役職定年が見えてきた中高年男性こそヘルスリテラシーを高める行動をしてほしいと考えています。私が考えるヘルスリテラシーとは、この3つです。

① 正しい医学情報にアクセスすること

② 正しく解釈し理解すること

③ 他者に伝えることができること

まず、「①正しい医学情報にアクセスする力」をつけることです。現代はインターネットでたくさんの情報が溢れていますので、アクセスすること自体はすぐできるでしょう。

しかし、たくさん情報がありすぎるので、その情報が正しいのかを判断することが必要です。それが「②正しく解釈し理解すること」です。

正しく解釈し理解する力を身につけるには、自分で本を読む、セミナーなどで学ぶなどといった方法が考えられます。つまり医学情報を解釈し理解できるようになるには、自発的に好奇心をもって学ぶことが求められるのです。

最後に私が重要だと思っているのが「③他者に伝えることができること」です。知識はインプットするだけでなく、人に伝えることで初めて理解が深まり、自分のものになります。

ヘルスリテラシーとマネーリテラシーが深くつながる中高年

これらヘルスリテラシーを高める行動を、個々人の意欲にまかせていては、なかなか難しいでしょう。中高年男性のヘルスリテラシーを高めるには、企業の支援が有効です。

たとえば、従業員に分かりやすい健康情報を発信したり、健康維持のためのセミナーを開催する、専門家への相談窓口を設置するなどです。これらの環境を整えることで、従業員の皆さんの健康に対する意識が変わる一助になるのではないでしょうか。

また、私としてはヘルスリテラシーとマネーリテラシーは深くつながっている、という発信も積極的にしていきたいと思います。

ヘルスリテラシーが低いと、定年まで健康にいきいきと働き続けることはより困難になり、場合によっては望まない休職や退職に追い込まれかねません。

具体的には、企業に定年後再雇用の制度があったとしても、従業員の健康面に不安があれば、若いころのように毎日働き続けることは難しいでしょう。それは、従業員が働く場を失い、収入が減少することに直結します。

健康を疎かにすることが将来の収入を減らすと従業員自身が気づけば、ヘルスリテラシーを高めるモチベーションとなるのではないでしょうか。

従業員の健康課題に企業として取り組むことは、社内だけのメリットに留まりません。

日本企業の多くが全社的にヘルスリテラシーの向上に取り組めば、社会全体の生産性が上がることは明らかでしょう。

吉田 健一

産業医/精神科医

株式会社フェアワーク

代表取締役会⻑

(※写真はイメージです/PIXTA)