少なくとも死に怯えることはなくなりそうです。

米国のジョンズ・ホプキンス大学(JHU)で行われた研究をもとに、ピーナッツをはじめ複数の食品アレルギーを抑える薬が開発され、FDAによって承認されました。

あらたに承認された薬「オマリズマブ」は、元はゾレアと呼ばれる喘息薬でしたが、複数のアレルギーに効く治療薬として承認範囲が拡大しました。

研究者たちによれば「オマリズマブ」は理論上、あらゆるアレルギーに対して効果が期待できると述べています。

しかしオマリズマブはいったいどんな仕組みで、異なる複数のアレルギーを抑えることができるのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年2月25日に5大医学雑誌の1つとして知られる『The New England Journal of Medicine』に掲載されました。

目次

元は喘息薬だったものがアレルギー治療薬になる

食品アレルギーを持つ人々にとって、原因となる食べ物を食べてしまうことは、ときに命にかかわる重い症状を引き起こす可能性があります。

特にピーナッツや蕎麦など一部の食品アレルギーでは、少量の摂取でも症状が重篤化する場合が多く、厳格なチェックが必要とされます。

しかし完全な管理は難しく、症状の激しい人々は常に恐怖の中で生きなければなりませんでした。

特に患者が幼い子供の場合や、大人であっても言語が異なる他国へ旅行する場合、チェックはさらに難しくなります。

アレルギーを完全に避けて生きるのは困難です
アレルギーを完全に避けて生きるのは困難です / Credit:川勝康弘

実際、米国では重度のアレルギー反応によって救急外来を訪れる件数が年間で3万件に達すると考えられています。

彼らの中には避けるべきアレルゲンを知っているにもかかわらず、ミスや誤解によって摂取してしまったケースも確認されています。

そこで今回、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、アレルギーの原因となる食品に対する耐性を上げ、症状の軽減を可能にする薬の治験に挑みました。

調査においては、ピーナッツの他に少なくとも2つの食品に対する重度のアレルギーを持つ180人(成人3人と子供177人)が集められました。

ピーナッツの他に調査対象となった食品は「牛乳・卵・小麦・カシューナッツ・ヘーゼルナッツクルミ」の6種類(ピーナッツを入れて7種類)でした。

彼らの多くはいわゆるアレルギー体質であり、喘息・アトピー性皮膚炎アレルギー性鼻炎などの症状を患っており、アレルギーの指標である総IgE抗体レベルの中央値は700IU/mlと高い値になっていました。

(※成人の平均的な総IgEは140IUとなっています。)

治験前に行われたテストでは、彼らはわずか100mgのピーナッツタンパク質(ピーナッツ3分の1個相当)また他の2つのアレルゲンでも300mg以内でもアレルギー症状を発生させたことが確認されています。

(※被験者たちはアレルゲンに対して極めて敏感という意味です)

治験では彼らに対して、「オマリズマブ」と呼ばれる薬が2~4週間に1度、4カ月に渡って投与されました。

すると驚くべきことに、薬を投与された67%の被験者が、重大な反応を引き起こすことなくピーナッツ2~3個に相当するピーナッツタンパク質(60mg)を摂取できることが判明。

一方プラセボで同じような耐性効果が獲得されたのは7%のみでした。

他のアレルゲン(1000mg)で「薬を投与された場合 / プラセボの場合」でアレルギー反応が見られた率を比較したすると、牛乳では「66% / 10%」、卵では「67% / 0%」、カシューナッツでは「41% / 3%」となりました。

他の小麦・ヘーゼルナッツクルミのタンパク質1000mgを摂取した場合でも、薬を投与された被験者では重大な反応を引き起こす確率が低下していました。

この結果は「オマリズマブ」には複数のアレルギーにおいて重大な反応が現れる閾値(出にくさ)を大幅に上げる効果があることを示しています。

この証拠にもとづき、FDAはオマリズマブを成人と子供(1歳以上)の両方において食品アレルギーの治療薬として承認することになりました。

複数の食品に効果があり、成人と子供の両方で使用できるアレルギー治療薬は「オマリズマブ」が最初となります。

しかし原因となるアレルゲンはピーナッツや卵など食品ごとに違っているはずです。

にもかかわらず、なぜ1種類の薬で複数のアレルギーに効果が出たのでしょうか?

アレルギー治療薬「オマリズマブ」は抗体を攻撃する

なぜ1種類の薬が複数のアレルギーに効果があるのか?

その答えは問題となる抗体への攻撃にありました。

オマリズマブの正体はIgE(免疫グロブリンE)と呼ばれる特定の抗体を攻撃するように設計されたモノクローナル抗体です。

(※モノクローナル抗体とは、攻撃対象となる相手(抗原)の部位のなかで1種類だけを選んで結合する抗体です。単純な仕組みであるため、がん細胞など特定の光源に結合する薬として利用されています)

IgEは主に寄生虫などの異物を検知したときに免疫細胞によって分泌され、マスト細胞などに結合すると、ヒスタミンなどの炎症を引き起こす物質の分泌を促します。

IgEの分泌は通常ならばウイルスや細菌などの異物と戦うために重要な働きをします。

IgEは発見報告を受けて強い反応を起こすための警報装置としての側面があります。
IgEは発見報告を受けて強い反応を起こすための警報装置としての側面があります。 / Credit:川勝康弘

人間社会で例えるならば、異物発見の報告を受けてたIgEは軍事基地に詰めている軍隊に対して出動命令を下す警報装置と言えるでしょう。

ごく簡略化すれば「異物認定(通報)➔IgE分泌(警報発令)➔炎症などの強い反応(軍隊出動)」となります。

しかし免疫が誤って「食品」を敵として認定してしまった場合、その食品を摂取するとIgEが分泌され、炎症をはじめとしたアレルギー反応を引き起こすようになってしまいます。

つまり通報の段階で「誤報」となるわけですが、後に控える警報が自動的に発令(IgE分泌)され、大掛かりな軍隊の出動(炎症)が起きてしまいます。

アレルギー症状はこの誤報によって生じる炎症などの反応全般のことを指します。

またこのアレルギー反応が強すぎる場合「アナフィラキシーショック」が起こり、命が脅かされることもあります。

アレルギー症状を起こさないようにするにはそもそも「誤報」をさせなければいいのですが、免疫システムは頑固な一面があり、1度下した敵認定を容易に忘れてはくれないのです。

というのも免疫システムの記憶は、実は、敵の部位情報を自らの遺伝子に刻み込むことで行われているため、忘れるためには覚えている細胞を殺すか、覚えている遺伝子を書き換える必要があるからです。

一般に、遺伝子は後天的には書き換わらないものではありますが抗体の遺伝子にかんしては例外であり、敵を覚えるために書き換わりを行っているのです。

そのため研究者たちは頑固な「誤報」を正すのではなく、次の段階であるIgE分泌を抑える手法に切り替えました。

誤報があっても警報を抑えられればアレルギーも抑制できます
誤報があっても警報を抑えられればアレルギーも抑制できます / Credit:川勝康弘

元となる誤報を妨げられなくても、警報の音を小さくすることができれば、大規模な軍隊の出動もなくなります。

つまりアレルギー症状となる炎症をはじめとした反応を起こりにくくできるのです。

そしてモノクローナル抗体であるオマリズマブはIgEに取り付いて動きを邪魔する効果を発揮できます。

またIgEの分泌はさまざまな「誤報」で共通して起こる現象であるため、IgEの働きを鈍らせるオマリズマブは複数の異なるアレルゲンに起因する複数のアレルギー症状を同時に抑えることができるのです。

研究者たちは「理論的にはオマリズマブの投与であらゆるアレルギー症状に対する耐性を持たせることができる」と述べています。

ですが研究者たちはオマリズマブの運用について注意すべき重大な点について述べています。

注意:ピーナッツアレルギーの人がピーナッツを大量に食べていいわけではない

オマリズマブを投与されていても、アレルギーの元となる食品は避けるようにしなければなりません。
オマリズマブを投与されていても、アレルギーの元となる食品は避けるようにしなければなりません。 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

オマリズマブの運用において、最も注意すべき点はアレルギーを根治させる薬ではないという点にあります。

オマリズマブはアレルギーの根幹である免疫システムの勘違い(誤報)を治すのではなく、誤報が炎症などの強い反応を引き起こさないよう、警報システムであるIgEを抑える役割をします。

ではIgEを抑える薬を大量に接種すればいいと思うかもしれませんが、それは悪手です。

IgEが失われれば、寄生虫などの感染に対して強い反応を起こせず、結果として免疫力が低下してしまいます。

オマリズマブの最も重要な性質は、IgEを適度に抑えることで重大なアレルギー反応を起こるのを抑えることにあります。

そのためピーナッツアレルギーの人がオマリズマブの投与を受けたとしても、ピーナッツを大量に食べられるようになるわけではありません。

オマリズマブができるのは、うっかり食べてしまった少量のアレルゲンが命を奪うような重大な状態になるのを防ぐことであり、体からアレルギーを消してくれることではありません。

研究者たちも、オマリズマブを投与したとしても「アレルギーのある食品は避け続けなければならない」と述べています。

しかしオマリズマブを事前に投与しておくことができれば、アレルギーで命を落とす人を大幅に減らすことができます。

自分で食べていいものの判断ができない幼い子供が、たった1粒のピーナッツで命を落としたり、旅行先で口にした1口の料理で緊急入院しなくてよくなるのは、大きな利点となります。

また今回の治験では、およそ14%の被験者がオマリズマブが全く効果を発揮せず、ピーナッツを1粒も食べれないままであることが判明しました。

研究者たちは一部のひとたちで効果が出ない原因を解明できれば、より効果的なアレルギー治療薬ができる可能性があると述べています。

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参考文献

Breakthrough: FDA Approves First Drug For Dangerous Food Allergies
https://www.sciencealert.com/breakthrough-fda-approves-first-drug-for-dangerous-food-allergies

元論文

Omalizumab for the Treatment of Multiple Food Allergies
https://doi.org/10.1056/nejmoa2312382

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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