SL人吉」の牽引機として使われる8620形蒸気機関車58654号機が、ラストランを前に3日間の交番検査を受けました。その初日には整備士、機関士、機関助士のインタビューを実施。SLへの熱い思いを取材しました。

「生き物みたいな扱いを」整備士の苦労

SL人吉」を牽引する8620形蒸気機関車58654号機は、2024年3月24日(日)、熊本発 八代行きをもって100年を超える運行に幕を下ろします。その約1か月前の2月20日から22日にかけて、熊本車両センターで最後の交番検査(40日に1度の車両検査)が行われ、初日にその様子が報道公開されました。

このたび整備を担当したのは、JR九州エンジニアリングのスタッフ6名です。皆、煤と油で汚れながらも最後となる整備に勤しみました。箇所は主にボイラーと足回り。同社の熊本車両事業所 所長代理の山田恭輔整備士は「今日はボイラー関係の蒸気の止弁を修理しています」と説明し、次のように58654号機への思いを語りました。

「長い間お疲れさまでしたという気持ちが一番大きいです。SLはほかの電車や気動車と違い部品がなく、修理は非常に苦労するのですが、生き物みたいな扱いをしなければなりません。最終日まで運休させることなく無事に元気よく走ってくれれば」

「SLは101歳で年は(自分より)上なんですが、身近でもあるし我が子のような感じです。運行中はどうしても気になって、『うまく走れているかな』と毎日、一瞬思う時があります。言うことを聞いてくれない“じゃじゃ馬”というかおてんばみたいな子です。すぐに機嫌を損ねますし」

そんな山田整備士の言葉通りなのか、「本日のSLの状態は良いとは言えません」とのこと。

「蒸気が漏れているので前日に修理をしたのですが、10割で言えば5割ぐらいのレベルです。それが今回の検査後、7までいくのか8までいくのか。そのあたりは私たちの腕で調整して、最低でも8割ぐらいまで持っていきたいと思います」

整備中ひどく汚れることについては、全く気にならないという山田整備士。むしろ「整備して走らせないといけない」という使命感を持って、誇りに思っているといいます。

「今回『SL人吉』としては引退しますが、また復活することを私は望んでいます。技術の継承としては難しいところもありますが、今ここに残っている社員は皆若手ですし、10年後でも20年後でも大丈夫かなと思います」

ラストラン控え機関士の思いとは

SL人吉」の運転を担当するJR九州 熊本乗務センターの原 孝祐機関士も、「ついに最後が来たかという気持ち」と感慨深げです。

機関車の調子は良い時も悪い時もあるのですが、機関助士と2人で力と息を合わせて、何とかここまで乗って来られたのかなと思います。大正11年からこの機関車を脈々と受け継がれてきた先輩方がいらっしゃって、自分たちがその最後を動かすということをしっかり噛みしめながら、沿線のお客様や乗車されるお客さまの笑顔をしっかり運びたいなと思います」

以前は気動車運転士で、体験乗車をきっかけにSLの運転士を志したという原機関士。ラストランを前にこう話しました。

「今後は触れられなくなることを考えると、再度気を引き締めて運転していかねばならないと思います。思い出はたくさんあります。機関助手から機関士になって初の乗務は人吉行きでしたが、機関車が非常に不調でした。苦労しながら蒸気圧を上げて、何とか人吉にたどり着いた時の達成感は何とも言えないものがありました」

SL人吉」が走っていた球磨川沿いのJR肥薩線(八代~人吉)は2020年、豪雨災害により壊滅的な被害が出ました。「肥薩線を走っていたころ人吉の方々は、いつも旗を振って下さり、またホームに出向いていただいたりして、我々の力にもなりました。人吉の方々に恩返しができればいいなと思っています」と原機関士。「SL人吉」としての最終運行は24日の熊本→八代で迎えますが、「この『SL人吉』のヘッドマークを先頭に頑張って走って、今はまだ大変な人吉のみなさんに元気を少しでも与えることができたら」と話します。

機関助士の役割とは?

SLは機関士1人では動きません。石炭をくべたり給水したりする機関助士が不可欠です。「SL人吉」の仮屋 諒機関助士は、入社2年目に初めてSLを見て、「こんなものが今走っているのか」という驚きと、汽笛の音に心をつかまれたといいます。いつかは運転したいと思い、熊本に配属になったことを機に希望してSLへの乗務を目指したそうです。

SL人吉の運行がこの春までと聞いた時は、率直に悲しかったですが、最後の運行まで携われることを噛みしめながら走っていけたらなと思っています。約13年間運行に携わらせていただきましたが、一言で言えば『お疲れさまでした』という気持ちでいっぱいです」

そして、最も心に残っているのは実は乗務ではなく、機関助士になるための試験を受ける前のことだそう。

「投炭訓練場では1か月間体力づくりをしましたが、それが人生で一番大変だったかなと思います。体力づくりは筋トレで、投炭に関しては10分間で200杯という試験があり、火床に対する炭の高さなどを考える必要がありました。最初の1週間は地獄で、筋肉痛で寝返りも打てないほどでした。夏場のSLは釜(ボイラー)の前だと気温50度ぐらいになりますので、それに慣れる特訓も行いました」

「うれしかったのはやはり、沿線の方が手を振ってくれて、SLの魅力というのがあるのだなと感じた時です。機関助士の役目は、石炭と水とで蒸気を作って走らせるということですが、気をつけることは機関士と力を合わせるということ。機関士が蒸気を欲した時に、蒸気圧を作れるかということが一番難しいところです」

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まさに大の大人が息を合わせて初めて動くSL。紀寿を迎えた黒鉄が今月、令和の鉄路を走ります。

「SL人吉」の先頭に立つ8620形蒸気機関車58654号機(2024年2月20日、乗りものニュース編集部撮影)。