法治とは、国の権力が法律に基づいて行使されることを意味する。民主主義国家ではこれが大原則となっているが、必ずしもそうとは限らない。

例えば、路上における演奏活動は、交通を阻害しない限りは違法行為ではないが、警察による取り締まりや指導が行われ、さらには「二度とやらない」と始末書を書かされる場合すらある。法的根拠がないため、要請にとどまるべきところが、強制性を伴うことも多いのだ。

このように法の執行のあり方をもって議論が行われ、司法が判断を下すのが「普通の国」のあり方だ。だが、北朝鮮における法のあり方はかなり異なる。

北部両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)鉱山に勤めるエンジニア2人が、麻薬を吸引した容疑で安全部(警察署)に逮捕された。重罰が予想されていたが、なんのお咎めもなしに釈放された。一体何が起きたのか、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

2人が逮捕されたのは今月初めのことだ。いずれも以前から慢性的な腰痛と膝痛を抱えていたが、病院に行っても治療してもらえなかった。慢性的な不足が続く医薬品は中国から輸入されたものが多かったのだが、すべての貿易を国が司る「国家唯一貿易体制」のせいで、コロナ前のように自由に医薬品を輸入することができなくなった。

痛みに耐えかねた2人は、薬の代用品として使われているアヘンを複数回使用した。その情報がどこからか漏れて逮捕に至った。

これに大慌てしたのは鉱山の運営会社だ。2人は非常に腕のあるエンジニアで、鉱山内のすべての機械設備に精通し、その管理を任されている。

北朝鮮では1990年代から麻薬が蔓延しており、当局は近年になって取り締まりを強化している。摘発されれば最低でも労働鍛錬刑(短期の懲役刑)に処されるが、犯罪が急増する昨今、見せしめに選ばれて処刑されるケースもある。

重要な人材を奪われては、鉱山の操業がストップしかねない。実際に2人の不在により、すでに一部で操業に支障が出ている状態だった。新たに人材を育てようにもあまりにも時間がかかりすぎる。危機感を覚えた運営会社は、事態の解決に乗り出した。

鉱山の支配人、技士長、さらには鉱山内の朝鮮労働党委員会の責任書記(トップ)まで、「もうあんなことは絶対にさせないから善処してくれ」と反省文を何度も書き安全部に届けた。

当然それだけでは解決には至らない。後方部(補給部署)のイルクン(幹部)を市内のトンジュたちのところに派遣して、なんと4000ドル(約60万1000円)ものカネをかき集め、安全部に渡した。工場の責任書記の指示に基づく行動だった。鉱山の他のイルクンも、安全部に日参して頭を下げ、ついには釈放を勝ち取った。

この話は鉱山労働者やその家族はもちろん、市内全域に広がった。市民からは称賛の声が上がった。

「鉱山のイルクンたちが労働者のために立ち上がるなんて初めてだ」(市民の声)

北朝鮮のすべての企業、組織では朝鮮労働党の委員会が指導的役割を担っている。しかし彼らは技術や現場の事情を知らず、頓珍漢な指示を出して、結果が失敗に終われば下級幹部や現場の技術者に罪をなすりつけて保身を図るのが一般的だ。

そんな彼らが、いかに優秀であるとはいえ、普通の労働者を生かすために必死に駆けずり回ったことは、市民の目には非常に珍しく映ったようだ。

朝鮮人民軍の兵士たち(朝鮮中央通信)