今や「サービス業」として様々な接遇を求められる鉄道員ですが、昔はもっと怖い印象があった、と言われることもあります。では、100年前の鉄道員は一体どんな仕事ぶりで、どう思われていたのでしょうか。

「サービス業」鉄道員の心がけは100年前から言われていた!?

就職活動で根強い人気がある業界のひとつが鉄道業界です。人が生きる限り交通は不可欠であり、少なくともJR・大手私鉄が潰れることは考えにくく、安定した収入が望めます。また、鉄道会社に就職したい!という鉄道ファンも多いでしょう。

近年の鉄道員は「サービス業」としての役割が強まり、親切丁寧はもちろんのこと、複雑化するサービスに関する豊富な知識や外国語対応など、様々なスキルが求められます。

さて一方で、今から100年前の駅員という職業は、どんな仕事が求められていたのでしょうか。

まずは鉄道国有化が行われた直後、1909(明治42)年の『鉄道事業者の実務』という本から見てみましょう。明治時代の鉄道というと「官」の権威が非常に強いイメージがありますが、この本では非常に興味深いことが語られています。

曰く「昔の鉄道は旅客荷主の側より『ドウか乗せて頂きたい。ドウか積んでもらいたい』という風に先方から何分よろしくと手を下げ頭を下げて来たものである。こういう時代の現業者には能力もヘチマも無かったが、今日以後の鉄道は(略)その目的が社会の公益に存する以上は是非とも開放主義の鉄道でなければならぬ」として、「社会公衆に満足を与えるの途は一に現業者の能力如何にあり」と。

つまり鉄道が社会的な使命を果たすためには、「乗せてやる」から「どんどん乗ってもらう」に転換して、社会公衆を満足させる必要があるというのです。既に100年以上前にもこうした議論があったのは驚きです。

初期の鉄道は路線が短く営業形態も単純なので、仕事も簡単でした。しかし鉄道網が急速に拡大すると事情は変わります。路線と駅が膨大になった上、列車種別や設備など選択肢は広がり、駅員に必要な知識は増えていきます。

ただし先述のように変化を求める提言がなされるということは、「変わっていない」現状の裏返しです。次々と新線が開業するたびに職員を採用せねばならないため、現場は能力より「頭数」を重視せざるを得ませんでした。

実際、1911(明治44)年の職業ガイドは、東京圏の電車運転士・車掌は高等小学校(現在の中学校相当)卒業の学力がある健康な男子であれば誰でも就職できると紹介しています。

鉄道員が特に「欠如」していたもの 改善へ思い切った「一手」も!?

さて前掲『鉄道事業者の実務』はいくつかの「現業の欠点」を挙げていますが、最初に指摘するのは「社交的知識の欠如」です。

「現業者の最も重んずべき常識にして、また最も注意せねばならぬ重大の礼儀」への理解がないため、尊大で傲慢な態度で旅客に接します。また駅長や助役は係員を使用人のように扱い、怒鳴り散らすなど、組織内部でも同様でした。

そのため世間の現業員への視線は厳しいものでした。1913(大正2)年発行の現業職員向け啓発書『現業員とお客様』には、「今なお一般公衆の吾人(我々)に対する態度は甚だ冷淡なるものがある。吾人現業員たるものは、深くこの点について鑑みるところがなくてはならぬ」とあります。

面白いのが意識変革の一例として言葉遣いが挙げられていることです。「乗客」を「お客様」と言い換える、「恐れ入ります」と付け加える、「してはならぬ」ではなく「なさらぬようお願いします」と言うなど、事例ごとに様々な例をあげています。ここ40年の国鉄や営団の民営化で散々叫ばれた「啓発」は、実に100年以上前から語られていたのです。

こうした状況を変えるべく鉄道当局が打った一手が「女性駅員」の登用でした。時代はやや遡って1903(明治36)年、事務職として採用した30人余りの女性職員から4人を選抜し、新橋駅の出札掛(きっぷ売り場係)として配置しました。乗客の評判は上々で、やがて大ターミナルにも広がります。1914(大正3)年に開業した東京駅では、出札掛の4分の3が女性で占められていたといいます。

もっとも女性だから接客が良いというのは、ある意味で「偏見」であり、この試みは昭和期に入ると縮小してしまうのですが、現業員の接客態度について当局が問題視していたことを示す傍証なのは確かです。

事故が起きても「知らん顔」意識欠如を指摘する声も

しかし問題は簡単に解決するものではありません。大正中期に爆発的に増加した輸送需要に対応すべく人員は拡大の一途でしたから、資質で選んでいる場合ではありません。1921(大正10)年発行の『鉄道運輸従業員の為に』は、接客態度にとどまらず、運輸従事者としての意識が欠如していると指摘します。

「今日の鉄道運輸従業員中には羞恥心の甚だしく麻痺しているものが少なくない。真面目でない、過失怠慢を尋常茶飯事のように心得る傾向がある。事故の発生を余りに恐れぬ。(略)進んで事故の過失怠慢を告白するの勇気あるものの如きは殆どないように思う」

事故がおきても隠蔽し、責任をうやむやにするため原因究明や改善につながらないというのだから深刻です。「これでは社会から重きを置かるるはずがない。(略)鉄道事業者が世間から今少し重視されよう、今少し鉄道からも待遇を得ようとするならば、先以て事故に価値をつけることをせねばなるまい」と変化を促すのです。

このように、鉄道現業員の「心構え」は今に始まったことでなく、100年以上連綿と受け継がれてきた問題意識だったのです。では100年後もそのまま…とはならないことを願います。

鉄道車両のイメージ(画像:写真AC)。