時代の変化とともに、定年後も働き続ける人が増えている現在。65歳以降も働き続けた場合、年金受給額にどのような影響があるのか気になる人は多いでしょう。そこで、再雇用の収入が自らの年金受給額にどのような影響をおよぼすのか、石川亜希子AFPが事例を交えて解説します。

65歳以降働いていると年金はもらえない!?

Aさんは現在65歳、妻は5歳年下です。現役時代は部長職で年収が約1,000万円ありましたが、現在は再雇用で780万円です。元々は60歳で引退しようと考えていたAさんでしたが、会社から残ってほしいと懇願され、現在にいたります。

業務内容や責任はあまり変わらないのに年収は大幅ダウンで不満もありましたが、会社への恩返しだと思い、気持ちを切り替えて働いていました。

しかし、60歳で引退した同僚たちが悠々自適に暮らしているようにも見え、複雑な気持ちも。それに拍車をかけたのが、加給年金をもらえないことでした。

5歳年下の妻がいるAさんは、本来であれば加給年金の受給資格があります。しかし、年金事務所で手続きを行おうとしたところ、年金事務所の窓口で「残念ですが、受給資格がありません」と言われてしまいました。

65歳を過ぎても会社から必要とされていることはありがたいものの、長年、毎月少なくない額の厚生年金保険料を支払ってきたのに「稼いでいるから」という理由で受給資格をはく奪されるなんて……Aさんは、年金制度の理不尽を嘆きました。

「65歳以降働く場合」の年金の仕組み

公的年金制度は2階建ての制度であり、1階部分が国民年金、2階部分が厚生年金と表されます。65歳以降、1階部分の国民年金については、働いているかどうかにかかわらず支給され、令和6年度の国民年金(老齢基礎年金満額)は月額6万8,000円となっています。

Aさんのように、働いているとカットされてしまうのは2階部分の厚生年金です。年金の受給対象者が、厚生年金の被保険者として会社などで働いて賃金をもらいながら受け取る老齢厚生年金のことを「在職老齢年金」といいます。

この在職老齢年金は、ボーナスも含めた賃金と2階部分の厚生年金の合計額が一定基準を超えると、厚生年金の一部または全額が支給停止(減額)されてしまいます。

具体的には、

◆「厚生年金の月額+賃金(総報酬月額相当額)」が50万円以下(令和6年度)

→支給停止0円(全額受給できる)

◆「厚生年金の月額+賃金(総報酬月額相当額)」が50万円以上

→支給停止額=(厚生年金の月額+賃金-50万円)÷2

となります。

Aさんの場合、厚生年金の月額が13万円、月額の賃金が65万円であることから

{(13万円+65万円)-50万円}÷2=14万円

支給停止額がそもそも厚生年金の月額より多くなるため、全額停止されてしまうことになります。

通称“家族手当”…加給年金を受給できる人・できない人

加給年金は、被保険者期間が20年以上ある人が、65歳到達時点(または定額部分支給開始年齢に到達した時点)で、配偶者や子どもがいて一定の条件を満たしている場合、年金が加算される仕組みのことです。年金の受給開始時に配偶者や子といった「養わなければならない家族」がいる場合に上乗せされることから、年金の“家族手当”ともいわれています。

この加給年金、AさんとBさんの年齢であれば年間約40万円が支給されるはずですが、在職老齢年金が全額支給停止である場合、この加給年金も全額支給停止(※)となってしまうのです。 ※在職老齢年金の支給停止が一部であれば、加給年金は全額受給可能。

稼いだ分だけ年金がカットされてしまうことに納得がいかないAさん。では、これまで自分が支払ってきた年金を少しでも取り返すため、働きつつも年金受給額を減らさない方法はあるのでしょうか。

「給料」と「年金」どちらも受け取るには

65歳以降も働き続ける場合、年金受給額を減らさないためにはどのような方法があるでしょうか。

厚生年金の月額+賃金(総報酬月額相当額)」を50万円以下に抑える

Aさんの場合、厚生年金額は13万円ほどです。よって、賃金月額が37万円以下であれば年金を満額受給できることになります。

ただし、月額37万円だと年収換算は444万円と、Aさんの現在の年収からはだいぶ減ってしまいます。また、そこまで減らさなくても、支給停止が一部になれば、加給年金を受け取ることができます。

勤務日数や時間を減らし、収入の調整を会社にお願いするなどして、損をしない範囲で働くとするのか、必要とされていることや実際に現在もらえている収入額を重視するのかは、それぞれの状況に応じてよく考えて判断することが大切です。

厚生年金保険に加入しないで働く

在職老齢年金制度が適用されるのは、厚生年金保険の加入者です。つまり、これまでの経験を活かして個人事業主として起業する、業務委託として働くなど、厚生年金への加入が不要な働き方を選択すれば、年金は減額されません。

Aさんも、現在の会社で仕事内容や報酬はそのままで業務委託という働き方に変えることができれば、年金も全額受け取ることができます。

ただし、70歳まで厚生年金に加入することのメリットもあります。収入に応じて将来の年金受給額を増やすことができる点、引き続き社会保険の保障を受けられる点(たとえば、配偶者も被扶養者として加入することができます)などもよく考えてみることが大切です。

「年金受給額の減額=損」という気持ちもわかるが…

2021年の高年齢者雇用安定法の改正により、企業には、雇用する労働者について65歳までの雇用確保義務に加えて、70歳までの就業機会の確保についての努力義務が追加されました。それに伴って、年金制度も複雑化され、私たちの選択肢も増えています。

在職老齢年金制度が適用された結果、年金受給額が減額されると、損をしているようで理不尽に感じてしまいます。しかしそれは、65歳以降もまとまった収入を得ているという証でもあります。

自分がこれまで所属していた組織から必要とされることは、お金には代えがたい豊かな人生にもつながります。「年金受給額だけをみて損かどうか」だけにとらわれるのではなく、どのような選択肢があるのか、最新の制度を確認していくようにしましょう。

個人情報保護の観点から、登場人物の情報を一部変更しています。

石川 亜希子 AFP  

(※写真はイメージです/PIXTA)