・ 昆虫の腸内微生物が病原菌への抵抗性を発現する仕組みを初めて解明
・ 腸壁を突破して体内に入り込み、昆虫の免疫系を活性化する土壌微生物を特定
・ 腸内微生物を制御することで生物農薬(害虫の病原菌)の殺虫効率を高められる可能性

  • 概 要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 菊池 義智 研究グループ長は、フランス国立科学研究センター(以下「CNRS」という)と共同で、害虫が腸内微生物の力で病気に強くなる仕組みを初めて解明しました。

持続可能な農業の実現のため、環境負荷の低い生物農薬が注目されています。生物農薬は化学農薬に比べて人体に有害な残留物を抑えることができますが、害虫の駆除効果の向上のためには、害虫が持つ病原微生物への免疫メカニズムをより詳細に知る必要があります。今回、ダイズの害虫であるホソヘリカメムシの免疫機構を調査したところ、腸内微生物の一部が消化管の上皮細胞を突破し、カメムシの体内で貪食細胞や免疫細胞と相互作用することで全身的な免疫反応を引き起こすことが分かりました。さらに、腸内微生物によって免疫系が活性化されたカメムシは、病原菌が感染しても高い生存率を示すことも分かりました。このように、昆虫が腸内微生物によって病原菌に備えていることはこれまで知られておらず、昆虫の免疫研究に新しい視座を与える研究成果であり、生物農薬の殺虫効率を改善するための重要な知見と言えます。

なお、この技術の詳細は、2024年3月4日(米国東部時間)に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されます。

下線部は【用語解説】参照

  • 開発の社会的背景

近年化学農薬による生物多様性への影響が懸念されるなか、持続可能な農業の実現には化学農薬に依存しない害虫防除技術がますます重要となっています。そんな中、害虫の病原微生物の活用は化学農薬に代わる環境負荷の低い害虫防除法の切り札として注目されています。

病原微生物を害虫駆除に効果的に活用するためには、害虫が持つ病原微生物への免疫メカニズムをより詳細に理解する必要があります。しかし、害虫の免疫系には未だ不明な点もあり、特に農耕地環境において害虫がどのように病原菌に対抗しているのかについてはほとんど分かっていませんでした。

  • 研究の経緯

産総研は、害虫の新しい生理生態や、害虫に共生する微生物の未知機能の解明を目指しており、ダイズを食害する農業害虫のホソヘリカメムシとその腸内共生微生物をモデルとして、それらの性質や共生機構などを解明してきました (2015年9月1日、2018年1月18日、2021年3月2日 産総研プレス発表)[1][2][3]。また、害虫に農薬分解菌が共生することで、宿主の害虫が農薬への抵抗性を持つことを発見しました(2012年4月24日、2018年1月18日、2021年11月10日 産総研プレス発表)[4][5][6]。今回の研究では、生物農薬(病原微生物)に対する害虫の免疫反応で腸内共生微生物が果たす役割を明らかにしました。

なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業による支援を受けています。

[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2015/pr20150901/pr20150901.html

[2] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2018/pr20180118/pr20180118.html

[3] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210302/pr20210302.html

[4] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120424/pr20120424.html

[5] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2018/pr20180118/pr20180118.html

[6] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20211110/pr20211110.html

  • 研究の内容

昆虫など無脊椎動物は自然免疫しか発達させておらず、脊椎動物が持つ獲得免疫とは異なり、病原菌を後天的に学習して記憶することができません。このことは、昆虫は病原菌の感染に対して脆弱なイメージを抱かせますが、実際には、昆虫はさまざまな感染症に対する抵抗性を持つことが知られています。免疫記憶を持たない昆虫がどのように病原菌に備えているのかはあまり研究されていませんでした。

私たちは、ダイズの重要害虫であるホソヘリカメムシを飼育する中で、自然環境に近づけて土と共に飼育をするとホソヘリカメムシを病気に感染させた時の生存率が高くなることを発見しました(図1A)。1グラムの土の中には10万種を超える多様な微生物が生息していますが、もしかしたらそれら土壌微生物がホソヘリカメムシの病気への抵抗性を増しているのではないかと考えて調査し、これら土壌微生物がホソヘリカメムシの腸内に取り込まれて定着していることを突きとめました。ホソヘリカメムシの腸内に定着している微生物を単離培養し、それら微生物をひとつずつホソヘリカメムシに食べさせた後に、病原菌(Pseudomonas属の昆虫病原細菌)への抵抗性を調べたところ、土壌の主要な微生物の1つであるBurkholderia(バークホルデリア)属細菌を与えた場合にのみ、生存率が高くなることが分かりました(図1B)。ホソヘリカメムシ免疫系遺伝子の発現量を見てみると、Burkholderia属細菌を与えた場合に免疫系遺伝子の発現量が増していることが分かり、これによって病原菌の感染に強くなっていると考えられます。

次に、Burkholderia属細菌はどのように昆虫の免疫系を活性化しているのか、そのメカニズムを調べました。その結果、これら細菌はホソヘリカメムシの腸管に定着した後に、腸管上皮細胞を通り抜けて体液中に取り込まれ(図2A)、貪食細胞や免疫細胞に直接作用することで免疫系遺伝子の発現を促していることが明らかとなりました(図2B、C)。カメムシの体液中に取り込まれたBurkholderia属細菌は増殖能力を喪失しており、宿主に対して悪影響はないことも確認しました。

これらの実験結果により、ホソヘリカメムシは土から取り込んだ細菌を活用し、それら細菌が腸管から取り込まれて免疫系を活性化し、病原菌の感染を防いでいることを明らかにしました。また、Burkholderia属細菌以外にも、Burkholderia属を含むベータプロテオバクテリア綱のいくつかの土壌微生物が同様に腸管上皮を突破してカメムシ免疫系を活性化することも分かってきました。昆虫をはじめとした無脊椎動物は記憶を伴う免疫系(獲得免疫)は持っていませんが、環境中の微生物を積極的に利用することで病気から身を守っていると考えられます。今回発見した現象は、昆虫の免疫研究に新しい視座を与え、害虫に対する生物農薬の殺虫効率や益虫に対する病原菌の罹患率を改善する上でも重要な知見です。

  • 今後の予定

今後は腸内細菌の腸管突破に関する分子メカニズムを明らかにします。病原菌への耐性に関わる腸内微生物の機能やそのメカニズムを解明し、昆虫病原微生物をはじめとした生物農薬の効果の向上に役立つ研究を進めます。

  • 論文情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

論文タイトル:Ingested soil bacteria breach gut epithelia and prime systemic immunity in an insect

著者:Seonghan Jang (AIST), Kota Ishigami (AIST), Peter Mergaert (CNRS), Yoshitomo Kikuchi (AIST)

DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2315540121

  • 用語解説

免疫

病原微生物などから体を守る生体防御システム。免疫には自然免疫と獲得免疫が知られている。自然免疫は、非特異的な防御システムで、貪食細胞(マクロファージ)などの細胞が関与し、感染した微生物を素早く攻撃し排除する。病原菌に対する免疫記憶は無い。一方、獲得免疫は病原菌を学習して記憶する免疫システムであり、過去に感染した病原微生物に対しては速やかに抗体を生成し、迅速で強力な応答を展開することができる。昆虫をはじめとした無脊椎動物は自然免疫しか持っていない。一方、我々ヒトを含む脊椎動物では自然免疫が初期の防御応答として働き、その後に抗体を伴う獲得免疫が働く。

腸内微生物

腸の内部の微生物。宿主の栄養代謝のみならず、近年の研究から肥満やガン、うつ病などの精神疾患にも関与するなど、さまざまな機能を持つことが分かって来ている。昆虫の腸内にも細菌をはじめとした多様な微生物が棲んでいるが、その機能については不明な点が多い。

生物農薬

農作物の害虫を制御するために用いられる昆虫の病原微生物や捕食性昆虫などの総称。例えば、害虫に病原性を示す細菌やカビ、害虫の寄生蜂や捕食性昆虫が使用され、有害な残留物を最小限に抑えると期待できることから、環境負荷の小さな持続可能な農業の一手段として注目されている。

配信元企業:国立研究開発法人産業技術総合研究所

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