約1800年前、約100年にわたる三国の戦いを記録した歴史書「三国志」。そこに登場する曹操、劉備、孫権らリーダー、諸葛孔明ら智謀の軍師や勇将たちの行動は、現代を生きる私たちにもさまざまなヒントをもたらしてくれます。ビジネスはもちろん、人間関係やアフターコロナを生き抜く力を、最高の人間学「三国志」から学んでみませんか?

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腐ったリーダー、腐った組織上層部、腐った時代の最悪3拍子

 今から約1800年前、古代中国の大地で黄巾の乱が始まります。この民衆反乱は、後漢帝国の土台を大きく揺り動かします。しかし、黄巾の乱のもともとの原因を作ったのは、後漢帝国による政治の腐敗、悪政の蔓延でした。政治抗争が常態化し、問題解決ではなく腐ったリーダーたちによる権力争い、金権政治が横行していたのです。

 三国志は、滅亡寸前の後漢から始まります。約400年間続いた漢帝国が腐敗し、その覇権が崩れ落ちようとする時代。政治は混乱を極め、皇帝の外戚と宦官が醜い権力争いを続けている。この腐敗と混乱の大きさを察知した優秀な人物は、次第に中央から離れ、実力のある者は各地で自立を目指します。

『これがために、有能な人材は宮廷を去り、野に隠れ、力量のある者は、地方に割拠した』(書籍『三国志の世界』より)

 腐り倒れる古い権力から、多くの人々の心が離れ、英雄が新たな時代を創る時。それは一方的に抑圧で苦しみ続けた大衆が、全社会的に怒りのマグマをたぎらせている時期でもありました。政治や権力、支配の腐敗が、弱者へのしわ寄せや弾圧につながるのはいつの時代も同じです。新しい英雄が生まれる土台は、悪政の蔓延と組織上層部の腐敗によって生み出された、民衆の憤懣と激怒のパワーが原動力だからです。

曹操、劉備、孫権。3リーダーが新しい時代に部下に与えたものとは

 歴史好きの人で、中国の三国志を知らない方は珍しいでしょう。最大の魅力は、なんといっても群雄が並び立ち、権謀術数の限りを尽くすこと。魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権という新しい時代のリーダーの魅力とその活躍。彼らに従うキラ星のような勇将、智謀の軍師たち。

 曹操、劉備、孫権の3人のリーダーは、時間の経過とともに、多くの人々を自らの陣営に引き寄せていきます。彼らは、腐敗の3拍子を極めた後漢の末期に、多くの人々が集まる希望の中心点でもあったのです。

 3人の新たなリーダーは、多くの人に何を与えたのか。リーダーとなる人、リーダーである人でさえ、自然に求心力が持てるわけではありません。何かを部下たちに与える対価として、リーダーはその人たちの強い献身を集めていくのです。曹操、劉備、孫権の3人の新リーダーは、大混乱と腐敗の時代を抜け出して、次第に人を集め大勢力となり、最後はそれぞれが皇帝を名乗るところまで上り詰めました。

 この3人の新リーダーが、部下や大衆に与えたものは一体なんだったのか。それは腐敗した後漢帝国のリーダー、腐敗した旧支配層には絶対にできないことだったに違いありません。新リーダーが成長を続けて高みにのぼる時、部下を含めた組織全体、新リーダーを支持する大衆から、非常に多くのものを得て競争から抜きん出ていきます。

 リーダーの成長は、部下や集団に「何を与えるか」で決まる。私たちは、新時代のリーダーとして成功を収めるため、三国志の3リーダーが大衆に一体何を与えたかを洞察していくことが重要になるでしょう。

「サバイバル・レース」を勝ち抜く行動原理を教えてくれる三国志

 三国志は、リーダーたちのサバイバル・レースという側面も大きくあります。後漢の腐敗による混乱は、無数のリーダーたちに「これまでにない決断を要求」したからです。そうです、混乱の時代、これまでとはちがう潮流が出てきた時代には、社会に広くいる大小のリーダーのほとんどが、これまで人生で経験したことのない決断を迫られます。

 これまで経験したことのない状況には、これまで経験したことのない視点による決断が必要です。突拍子もないことを始めるという意味ではなく、既定路線を外れて新しい進路を描く構想力が必要ということです。

 後漢の武将だった皇甫嵩は、黄巾の乱の討伐で抜群の成果を上げました。彼は非常に有能な人物で、崩れ落ちる漢帝国の組織改革なども指導していたほどです。しかし、完全に新しい時代に切り替わる歴史の転換点を読めず、最後はその力量とはほど遠い立場・末路を迎えます。

 一方、三国志の英雄の一人、劉備の幼少期は、草履やむしろを売って生計を立てていた庶民でした。彼は幼いころに父が死別したことで、生活の苦しい母子家庭で人生の初期を過ごしたのです。乱世は、劉備のような生まれの人物を、英雄の資質ありと認めれば、皇帝の高みまで押し上げてくれる。劉備の身に付けた行動原理は、それを可能にしたのです。

 曹操、孫権も、後漢帝国の権威とヒエラルキーの中では、さしたる権力があるわけでもなく、ましてや、のちに皇帝となるほどの人的勢力や優秀な人材を最初から得ていたわけではありません。しかし、この3人は乱世にもっとものし上がれる行動原理を熟知していたことで、無数のリーダーが消えていく中で、生き残り、成長し続けたのです。三国志には、難しい時代にリーダーが直面するサバイバル・レースを生き抜く行動原理が描かれているのです。

今あきらめるのか、上を向いて歩くリーダーになるか

 社会的な大混乱を迎えているのは、後漢も現代も変わらないかもしれません。英雄の心を持たない人間たちから見れば、後漢の政治腐敗と社会的な混乱は、まさに絶望以外の何物でもないからです。しかし、そのような社会的混乱と、悪しき政治の腐敗から生み出された抑圧の中でこそ、上を向いて歩く人間の姿が強い光を放ち始めるのです。

 過去4年間、コロナによる世界的な混乱が社会を席巻しました。落ち着いているように見えて、その混乱と社会的な秩序の変化は、いまだに尾を引いています。誰もがこの4年間の難しい体験をして、人によっては疲労困憊し、過去に夢見ていた明るい未来像を失っている可能性もあるでしょう。

 多くの人がうつむき、下を向き地面を見ながらとぼとぼと歩く中で、英雄たちは上を見上げて進みます。草履売りだった幼少期の劉備は、どうだったでしょうか。後漢の政府中央で、古い権力の腐敗と、リーダーたちの堕落を見ていた曹操は、若き日をどう過ごしたでしょうか。彼はあらゆるものを諦めて、鬱屈として生きようとしたでしょうか。南方の小勢力だった呉の軍事集団を、兄の孫策から受け継いだ孫権は、自らの未来を暗く思い描いたでしょうか。

 彼らは誰もが下を向いて歩いているとき、毅然として上を向き、心の中に怒りをたぎらせながら、明るい未来を掴むためのエネルギーを胸中で爆発させていたに違いありません。三国志は、悪政の蔓延と支配腐敗の中でさえ、自然に備わる人間の偉大な力を思い出させてくれる人間の物語でもあるのです。

乱世にのし上がり、生き残る人の人間関係力としての三国志

 勝ち残る者、敗北する者の人間関係は違います。乱世に生き残り、成功を手にするには自分の力だけでは不可能です。単に機会に出会うだけでも足りません。そこには、仲間としてのあるいは同志としての熱い人間関係が不可欠なのです。混沌とした、生き馬の目を抜くような時代に、誰と関係をつなぐのか。あるいは、あなたは誰から必要とされるのか。

 三国志には、無数の人間が登場します。彼らは皆生きて時代に直面し、それぞれが自らの人生を完全燃焼させるため、化学反応のように相乗効果が出る人間を相互に探していたのです。人の力、人間関係の力、出会いの威力を教えてくれることは、三国志の大きな魅力の一つであり、日本人を惹きつけて止まない学びの要素でもあります。三国志は、これからの時代に、より重要になっていく人間関係力の養い方を教えてくれるのです。

最高の人間学「三国志」は、アフターコロナの最高の教科書になる

 三国志の英雄たちは、華々しい活躍をする一方で、人間らしさも持っています。強い志と夢を持っていた彼らも、運命に戸惑い、目の前の戦いに不安や恐怖を覚えます。父子、兄弟、男女や仲間とのつながりを求め、愛情や恨みに囚われて苦しむ。私たちが三国志の世界に強く惹かれるのは、そこに描かれた英雄たちが、人間らしい、人間臭い存在感を放つからでしょう。英雄も、私たちと同じ人間であり、人間だからこその弱さを持ち、人間だからこその強さを持っていたのです。

 不安定な時代は、誰もが未来におびえます。しかし、リーダーの立場にある人は、大衆と同じように不安におびえていてはいけません。不安と恐怖を、健全な希望に切り替えていくことこそが、あらゆる立場でリーダーと呼ばれる人の役割なのですから。

 1800年前、三国志の時代の入り口で、多くの人は悪政による社会不安におびえました。現代の私たちは、アフターコロナの現代に不安を抱えていないでしょうか。このような乱世にこそ、新時代のリーダーは強く求められ、そして実際に生まれてくるのです。新時代を創り出すリーダーのための、最高の教科書となるのが「三国志」なのです。

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