さまざまな事情を抱えた人たちが利用するラブホテル。一般的には、ドキドキ、ワクワクしながら、ときにはヒソヒソと向かう場所だ。一方で、その周辺に住んでいる人たちもいる。そこには利用者には見えない、ラブホ街の住人だからこそ知る情景があった。

 今回は、実家がラブホ街にあり、学生時代にラブホで清掃員としてアルバイト経験もある前田裕子さん(仮名・20代)に、住人ならではのエピソードを聞いた。

◆住人たちは「あのラブホ、潰れるんだって」が日常会話

 ラブホ街では、「あのラブホ、潰れるんだって」というフレーズをよく耳にしたそうだ。

「一般的には馴染みのないワードだとは思いますが、『あのパン屋さん、なくなるんだって』と同じような感覚で、ラブホ街の住人にとっては日常会話なんです」

 一口にラブホと言っても、さまざまなタイプが存在する。前田さんの実家は、かなり有名な温泉地にあり、ベランダ露天風呂や内湯付きの部屋をウリにしているラブホも多いのだとか。

「それでも潰れるんですよね。ただ、潰れたからといって、廃墟化や朽ち果ててしまうまで放置されることは少ないんです。『あのラブホ、潰れるんだって』という会話から、ひと月も経てば、『あの空きホテル、新しいラブホになるんだって』という会話が聞こえてきます」

 ラブホの後もラブホのことが多いそうだが、「最近は少し変わってきている」と前田さんは明かす。

「防音がしっかりしていたり、各部屋にトイレが付いていたりするため、カラオケボックスに変貌を遂げるラブホもあります。ときには、部屋が棟で独立したヴィラタイプのラブホが、高級旅館に生まれ変わったなんてこともありましたね」

 旅館のプランにはこんなことが書かれているという。

“1泊2日、お部屋で楽しむ2食と温泉付き”

「住民としては、左右はラブホに囲まれ、前方には民家が密集していますが、ゆっくりしていってください……という思いです」

ラブホが意外な施設に早変わり「理にかなっていると思います」

 そして、前田さんが1番びっくりしたのは、ラブホを居抜きして作られた「介護施設」や「福祉施設」。それらも最近、増えているそうだ。前田さんはパンフレットを見る機会があり、その内容に驚愕した。

“施設入り口でミロのヴィーナス像が皆さまをお出迎え”

ラブホに立っていたピンク色オブジェが、施設のアイコンになっていたときには、さすがにお茶を噴き出してしまいました」

 そんななかでも、ラブホからサービス付きシニアマンションになることは、意外と理にかなっているという。

「たとえば、“完全個室、部屋に風呂付き、バリアフリー”、“広いお部屋はご夫婦、ご家族で入居可能”など、塗装や看板、内装を変えれば、すぐに新しい施設として機能しますから、これからの時代は、シニア向けの施設が増えるんじゃないでしょうか」

◆高校時代の“初めてのアルバイト”もラブホが多い

 ラブホ街住民のあるあるだそうだが、初めてのアルバイトラブホの場合が多い。前田さんもその1人だ。

ラブホ街の住人は、ラブホで働いている人も多く、初めてバイトしたときの話題は未だに盛り上がります」

 ある日、ラブホで働いていた幼馴染の母親から、「夏休みに手伝わない?」と誘われたのだという。

 同級生や先生たちにバレたくないという前田さんの言葉に、「人にバレないように働くのが、ラブホの仕事の鉄則」と言われ、興味本位でラブホでのバイトを始めることに。

ラブホの部屋を掃除するのに“ドレスコード”があった!

「バイトするにあたって、“スーパーに買い物に行ける程度の服装とメイク”との指示がありました。『何でだろう』って思ったんですけど……」

 仕事内容はベッドメイキングと部屋・風呂の掃除がメインで、2人1組で行われた。そして、6階建ての各階に掃除道具を入れる倉庫があった。

「各階に倉庫があるのは、掃除セットを持って移動する際に、お客さんと鉢合わせさせないためでした。毎回、ちょっとしたスリリングな探偵ごっこをしているような気分でしたね」

 もちろん、ホテル内の移動中に客と遭遇しそうになったこともあるという。

「そういう場合は、あらかじめ把握している空き部屋に掃除道具と一緒に避難します。1人で乗ったエレベーターが別の階に停止することが分かったときは、付けているエプロンを外して隠します。客を装わなければならないんです」

 いざ働いてみると、疑問に思っていた“スーパーに買い物に行ける程度の服装とメイク”というドレスコードが大いに役立ったという。

「もろに“清掃のバイトです”という服装の子がウロウロしていたら、お客さんたちは困りますよね。通勤時間2分、人目につかない仕事なので、すっぴんにジャージで仕事に来られるのを避けるために“ドレスコード”があったんです」

◆行事の日に“おばあちゃん”が事務所で待機する理由

 前田さんにとって、バイト中に最も印象的だったことがある。正月や成人式、8月の数日間だけ“おばあちゃん”が助っ人として事務所にいたことだ。着崩れたり脱いだりした着物を着付けするために常駐しているのだとか。

「初詣や成人式卒業式夏祭り後にホテルに立ち寄って、帰りに着付けに困るお客さんがいるんです。『テレビで見る悪代官みたいに帯をグルグル回して脱がそうと、後先考えずにやっちゃうカップルがいるのよ』と教わりました。そのときは楽しくても、自分で着付けられることが前提であってほしいですね」

 結局、大学卒業までの長期休暇や祝日などに、ラブホでのバイトに勤しんだ前田さんは、「人に会いたくない、探偵気分を味わいたいという人には、オススメの職場です」と締めくくった。

<取材・文/資産もとお>

―[ラブホの珍ハプニング]―


※写真はイメージです。