2月に開催された「シンガポール航空ショー」に乗り込んだ防衛装備庁と日本企業の思惑とは?

 世界中から集まった軍人・防衛産業関係者の反応をリポート!

◆アジア最大級の兵器見本市・シンガポール航空ショー2024へ!

取材・文・写真/吉永ケンジ(安全保障ジャーナリスト)

 2年ぶりに通常開催された、アジア最大級の兵器見本市「シンガポール航空ショー2024」に注目が集まった。防衛省の外局である防衛装備庁(以下「装備庁」)が初めて、本格的なブースを出展したからだ。

 装備庁による海外イベントへの出展は、’22年の「ユーロサトリ」以降5回目となるが、今回は昨年12月の防衛装備移転三原則とその運用指針が改定され、日本が実質的な武器輸出に道を開いてから初めての出展となる。

 戦後日本の防衛政策の転換点に立ち会うため、筆者はシンガポールに飛んだ。

 航空ショーはアジアのハブであるチャンギ国際空港に隣接する広大なエキシビジョン・センターで開催され、屋外には軍用機や民間機が並んでおり、屋内には防衛・航空宇宙産業が世界中から集まった。

 ショーの初日、会場に到着するや耳をつんざく爆音に驚き上空を見上げると、見慣れぬ飛行機が曲技飛行を披露していた。

 調べてみると韓国空軍の「ブラックイーグル」で、機体はインドネシアやタイ、マレーシアに輸出されているT−50練習機だ。この地で行われる華やかな演出は全て、武器輸出のためにあることを理解した。

◆外国の軍人も興味津々!注目を浴びた日の丸ブース

 シンガポールの防衛最大手「STエンジニアリング」が巨大なブースを構える正面入り口から屋内展示場に入り、日本のブースを探すとすぐに見つけることができた。

 ブースは屋外展示場への出入り口に位置しており、来場者のほぼ全員の動線に面している。そして、この種のイベントで最も大事な視認性は、天井から吊るされた日の丸で十分に担保されていた。

 ブースを一目見ただけで、装備庁はシンガポール当局と良好な関係にあり、綿密に調整した上で好立地を確保していることが推測できる。

 しばらくブースを観察していると、諸外国防衛大手に比べても多くの来場者が訪れていることがわかった。

 ブースの展示品で、一目で兵器とわかるのはスバルの多用途ヘリコプター「UH−2」のみで、それさえもラジコンほどの大きさ。そんな一見して華のないブースに人混みができているのは、やはり日本の出展が政治的な意味で注目を集めているからにほかならない。

 ブースから出てきたドイツ空軍の中佐に質問すると、「日本が初めて出展したというので入ってみた。オリジナリティがあっていいね」と微笑むのだった。

◆日本の伝統工芸に源流がある展示品も!?

 現地入りしていた装備庁の国際装備企画室長・府川秀樹氏は言う。府川氏は経済産業省から防衛装備庁に出向中だ。

「今回のコンセプトは2つで、一つは航空機と関連部品、もう一つは先進的技術。日本企業14社が出展しており、大企業から中小、スタートアップまで揃っています」

 全てを紹介することはできないが、展示品の中で、筆者が最も注目したのはミツフジの電磁波シールドと熱中症予防ウェアラブル端末だ。

 この、何の関係もないと思われる製品の源流は、日本の伝統工芸にある。ミツフジの関係者は商品開発に至った経緯についてこう語った。

「弊社はもともと西陣織の工場でした。銀糸が持つ高い導電性を生かして開発・発売した着衣型ウェアラブル端末から着想を得て、脈拍情報から深部体温上昇の変化を捉えるアルゴリズムを産業医科大学と開発しました。

 さらに同じ銀糸で電磁波シールドを製造することもできるので、今回出展しました」

◆“空飛ぶICU”と呼ばれる医療装備って?

 次に紹介したいのはエイリイ・エンジニアリングが開発した「機動衛生ユニット2型」。

 “空飛ぶICU”と呼ばれる画期的な医療装備だ。しかし、災害など実際の場面での使用実績はまだない。販売を担当するジュピターコーポレーションの関係者は言う。

「今回は2度目の海外出展ですが、日本と同じように使いたい国もあれば、医療機器は自国のものを搭載したい国もあるなど、少しずつニーズがわかってきました。

 救急車ドクターヘリが対応できない高度な手術まで可能な本ユニットは、医療資源が乏しい国にこそ必要です」

 最後に、3Dプリンターで部品を製造するクリモトの関係者の声を紹介したい。

「多くの方が立ち寄って、サンプルを手に取り質問してくれます。日本で3Dプリンターの需要はなかなか広がらないですが、海外では使用頻度が高いように感じます。

 そうした反響から、3Dプリンターでの部品製造は、海外向けから始めるべきだと、今回実感しました」

 出展企業の取材を行っていると、スウェーデン海軍の提督一行がブースを訪れ、スカパーJSATが展示する衛星通信サービスのパネルを熱心に覗き込み、説明に耳を傾けていた。

 そのほかトルコカナダフィリピンなどの軍人がブースの至るところで模型を眺めたり、見本品を手に取ったりしている。もちろん、軍人以外の民間人も大勢集まっているが、私服のため国籍はわからない。

◆装備庁として進める防衛装備移転で重要なこと

 府川室長によれば、今回ミッションのトップは海上自衛官出身の高見康裕防衛大臣補佐官であり、防衛装備移転を担当する高見補佐官は、「各国との連携を深めるために会場内を回っている」という。

 筆者も屋外会場で、空自が保有するF−35Aと同型の米空軍機を熱心に見つめ、整備員に声をかけている航空幕僚副長の姿を見かけた。

 アジア最大規模の兵器ショーに、過去最大の14社を引き連れてきた防衛装備庁は、十分に及第点以上の仕事をこなしているといえる。

 だが、一方で地球の裏側から多数のビジネスジェットを引き連れてきたブラジル空軍や、戦闘ヘリコプター「Z−10ME」を海外で初めて公開した中国航空工業集団、ショー初日に曲技飛行チームを送り込んだ韓国空軍などの動きに比べると、地味な印象は免れない。

 やはり、創設から10年に満たない防衛装備庁と失われた20年で体力を削がれた日本企業は、昇り竜の如く防衛産業の輸出シェアを拡大する韓国や新たな超大国として君臨する中国の動きを、ただ指をくわえて見ているほかないのだろうか。

 筆者はこの思いを府川室長にぶつけてみた。

「先ほど今回のコンセプトをお話ししましたが、その背景には防衛装備移転の基本的な考えがあります。日本は防衛装備移転を安全保障政策の一つの手段と位置付けており、インド太平洋の安定化に資するように進めています。

 そのため、装備庁として進める防衛装備移転で重要なことは、金額の多寡ではなく、相手国の能力向上に最もふさわしい装備品を政府と企業が一体となって売り込んでいくことにあると思います」

◆一見地味な商品やサービスこそ、日本の「最大の武器」

 この答えを聞いて、ミツフジ関係者の「シンガポール政府は、熱中症予防ウェアラブル端末に大きな関心を寄せています」という言葉が脳裏をよぎった。やはり、中国の覇権に怯えるにアジア諸国からの関心は高い。

 まだ2月だというのに、ほぼ赤道直下のシンガポールは30℃を超えていた。もし筆者がシンガポール政府関係者で、脈拍をモニターして熱中症の危険性をアラートするアルゴリズムの存在を知れば、国を挙げて導入を検討したくなると思うだろう。

 日本政府は’22年末に策定した新たな「国家安全保障戦略」を踏まえて、防衛装備移転三原則と運用指針を改正した。

 これらの動きを受けて、多くのメディアや国民は日本が武器輸出を解禁したと判断したが、今回のショーで装備庁が海外に売り込んだのは、これまで紹介してきたような商品やサービスだ。

 府川室長が話すように、防衛装備移転の真の目的は「望ましい安全保障環境を創出すること」だ。

 むしろ、日本企業が蓄積してきた技術で生み出した一見地味な商品やサービスこそ、地域の安定に資する最大の「武器」になっていくのではないだろうか。

防衛省が売り込みを図る「防衛装備品」

スバル【UH-2

 展示品の中で唯一わかりやすい兵器として展示されていた多用途ヘリコプター「UH-2」の模型。同社とベル・ヘリコプターが共同開発したベル412を原型とする機体で、’21年度から陸自に配備。

日本電気【移動式警戒監視レーダー】

 空自も運用している防空用の移動式警戒監視レーダー、航空機に距離と方位を提供する電波塔台の移動式タカン、航空管制用の移動式ラプコンの模型。移動式警戒監視レーダーは輸出仕様。

川崎重工業対艦ミサイルエンジン】

 国産トマホークとも呼ばれる島嶼防衛用対艦ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」やUAS(無人航空機システム)に搭載される小型ターボファンエンジン「KJ300」の実物大模型。

ミツフジ【電磁波シールド】

 元は西陣織の工場。取り扱っていた銀糸の特性に着目して、電磁波を遮断する布地を開発。軽量・柔軟な布地で容易にテント格納庫を構築し、レーダー偵察衛星からの探知を回避。

クリモト【3D金属造形エンジン部品】

 3Dプリンターでの金属造形に25年の実績を持つ。切削と3Dプリントの技術を組み合わせることで、構成部品の削減や軽量化が可能。国際認証を取得し航空宇宙・防衛産業に進出した。

ジュピターコーポレーション【機動衛生ユニット2型】

 阪神・淡路大震災の教訓から生まれた「空飛ぶICU」。重症患者を搬送するためのコンテナで、電源と酸素を備えるため外科手術にも対応する。空自の輸送機C-2C-130に搭載可能。

◆世界「4強入り」目指す韓国防衛産業の実力とは

 韓国が世界でプレゼンスを高めているのはKポップをはじめとするエンタメ業界だけではない。’20年代からK‐Defenceと呼ばれる、韓国防衛産業が新たに地歩を固めているのだ。

 1970年代に生まれた韓国防衛産業は、’06年盧武鉉政権下に防衛事業庁が創設されたことで大転換を迎える。以降、歴代大統領は保革の立場を問わず、防衛産業を輸出産業にするため注力してきた。

 李明博朴槿恵政権時、年平均30億ドルで推移してきた防衛産業の輸出額は、文在寅政権後半の’21年には72億ドルに倍増し、ロシアウクライナ侵攻が起こった’22年には170億ドルと暴騰。

 ウクライナと国境を接するポーランドが、日本円にして1兆円超の兵器を爆買いしたことで急成長した。

 こうした流れを受けて尹錫悦大統領は、’27年までに輸出シェア5%、4大輸出国を目指すという戦略を打ち出している。

 一方で、昨年2度の兵器ショーを自国開催しており、世界中から多くの関係者を集めることに成功した。現在、6兆円規模のカナダ海軍次期潜水艦選定の最有力候補に挙げられるなど、その動きから目を離せない。

◆武器輸出は友好国を増やすためにも不可欠

「日本の防衛産業は企業の撤退や倒産が相次ぎ、危機的な状況でした。防衛装備品を生産できなければ輸入に頼らざるを得ず、そうなると税金が使われ、価格もコントロールできない。安定供給のためには、“国産”が大事なのです」

 防衛問題研究家の桜林美佐氏は、国産武器の重要性をそう強調する。一方で輸出については、産業の振興よりも、安全保障の意義のほうが強いと言う。

自衛隊向けの製品をそのまま輸出することはできず、スペックを変更するには設備の改修も必要で、コストがかかります。

 こうしたなか、輸出する意義は企業利益よりも外交面にあります。中国が地域での影響力を強めることで、日本の味方が少なくなる恐れがあります。

 友好国を増やしていくことが中国との戦争を防ぎ、平和を維持するためには不可欠。そのきっかけとなるのが武器輸出なのです」

◆もっとしっかり議論をするべき

 輸出を促進し、海外のライバルに食い込むことができれば、日本のプレゼンスは高まる。ただし、それを実現するには昨年末の防衛装備移転三原則の改正だけでは不十分だ。他国と共同開発した防衛装備品などの輸出が見送られたからだ。

「量産してコストを削減するために共同開発するのですから、開発を進める前に輸出を認めておくべきでした。やみくもに輸出すべきではありませんが、もっとしっかり議論をするべきです」

 武器輸出が軌道に乗るには、もう少し時間がかかりそうだ。

【桜林美佐氏】
フリーアナウンサー、ディレクターを経て防衛問題研究家に。防衛・安全保障問題の専門家。著書に『危機迫る日本の防衛産業』など。

取材・文・写真/吉永ケンジ(安全保障ジャーナリスト)、大橋史彦(桜林美佐氏のパート)

【吉永ケンジ】
防衛省自衛隊などで約30年にわたり情報戦の最前線に従事。現在は安全保障ジャーナリストとして、朝鮮半島を主とする北東アジア情勢、武器輸出を中心に取材する。

―[[日本の兵器]を海外に売り込め!]―


川崎重工業【対艦ミサイルエンジン】