JRの一部新幹線や特急で、新しい割引が始まります。需要に応じて価格が変動し、同じ日に買ったとしても値段が異なる場合があるというもの、飛行機高速バスの手法がようやく取り入れられましたが、まだまだ発展の余地がありそうです。

「早い方が安い」じゃない! JRも航空や高速バスの手法に

新幹線特急列車の割引きっぷは多数発売されていますが、この度、JR北海道JR九州から発売される新しい割引が注目されます。北海道特急列車を対象とした「特急トクだ値1」「特急トクだ値14」(24年3月16日~)と、九州新幹線博多~熊本間の「九州ネット早特7」(3月1日~)です。

両社の発表には「発売価格を変動させる仕組みを導入」(JR北海道)、「価格変動制を適用する実証実験」(JR九州)とあり、鉄道の運賃・料金における本格的な価格変動の第一歩になりそうだからです。

鉄道の価格変動は以前からあった、と思うかもしれません。しかしJR各社の従来の割引きっぷは、曜日や時間帯ごとに固定の割引率と適用座席数、発売期限が設定されていて「希望の列車の“安いきっぷ”が売り切れたら、“高いきっぷ”を買うしかない」というメカニズムでした。しかし今回の2商品は、同一の“きっぷ”の中で予告なく価格が変更になるようです。

つまり利用者からみると、傾向としては「空いていそうな列車は安い」ものの、同じ列車でも価格が変動するので、予約のタイミングによって「得」も「損」もありそうです。

筆者(成定竜一・高速バスマーケティング研究所代表)は、バス専門のコンサルタントとして高速バス業界にレベニュー・マネジメントの普及を図ってきました。レベニュー・マネジメントは、日ごと、便ごとに需要を細かく予測し、その予測に基づき販売手法を変えることで収益を大きくする手法で、航空やホテル業界では半世紀の歴史を持ちます。その中で最も効果が大きいのが価格変動なので、最近ではダイナミック・プライシングとも呼ばれます。

高速バスも以前は鉄道と同じ認可運賃制度でしたが、今では原則としてバス事業者の裁量で運賃を変更できるようになりました(国に届出は必要)。2012年には「予約成立後にその便の運賃額が変更となっても差額の返金、追徴は行わない」(つまり、予約成立時の価格が有効)と国への届出書などに記載しておけば、予約受付中に値上げも値下げも可能となりました。

ただ、高速バス業界では、この制度の活用は中途半端な状態が続いています。その最大の理由が、正しく需要を予測し値付けする考え方が普及しないためです。

「早割」の目的は「早いほど安くする」ではない

航空会社が以前に付けた「早割」という商品名がよほど印象的なのか、多くのバス事業者で「予約受付開始時(1か月前)は安めに設定し、予約数が伸びると運賃も上げる」という「段階的値上げ」の考え方が染みついています。

ではなぜ航空運賃は「早割」だったのでしょうか。航空の国際線では、乗客は観光客と出張客に大別できます。観光客は早めの予約、出張客は直前予約が多い傾向です。また観光客は「自腹」ですし、安い便、安い日程を選ぶこともできるので価格に敏感ですが、出張客は会社の経費を使うため価格をあまり気にしません。

そこで航空会社としては、後から予約が入るであろう出張客の数を便ごとに予測し、その分の席を取り置いておき、それ以外の席数を観光客向けに安い運賃で販売します。「自腹」の観光客は安く予約でき、出張客は直前に予定が確定しても希望のフライトを予約でき、航空会社は収入を最大化でき、皆が得します。

出張客の数やそのバジェット(いくらまでなら払ってくれるか)は、路線や季節、曜日、競合環境などで変わります。それらを精緻に分析し正しく需要を予測することで正しい値付けが可能なのです。

この「早期予約者は価格に敏感で、直前予約者は価格を気にしない」という法則は航空以外でも当てはまるでしょうか。

例えば国内のホテルでは、早期予約の観光客は「ハレの日」だからいいホテルを取る一方、直前予約の出張客は「どうせ仕事だから」安いホテルを選ぶ人が多いはずです。米国の航空会社発祥の「ビジネスクラス」は上級座席なのに、和製英語である「ビジネスホテル」は安めのホテル、とねじれているのは、このあたりに理由がありそうです。

つまり、「早期予約者=価格に敏感。直前予約者=価格を気にしない」という傾向は、日本のホテルにも、高速バスにもありません。だから、何も「早期予約は安く、直前予約は高め」にこだわる理由はないのです。

あれ、JRの注意書きがスカイマークに似てる…

高速バスは、過去の「同月同曜日、同時間帯」の実績を見れば、本年度の各便の需要の量と構成、最も収益を見込める販売価格を算定できます。さらに各便の予約の伸び進み方(ブッキングカーブと呼びます)をチェックすれば、当初の予測に比べ好調か不調かも判断できます。ブッキングカーブに異変があれば最適な価格を算定し直し、価格を変動させることもできます。

ここでJR北海道の「特急トクだ値」に話を戻すと、「価格は予測乗車率に応じて、設定価格の範囲内で変動」するとあります。しかもご丁寧に「予測乗車率は、お申し込み時点での最終的な混雑具合の予測値であり、日々変動します(お申込み時の空席状況とは異なります)」という旨の注意書きまで入っています。

従来の「予約時点での乗車率(オンハンドと呼びます)」に応じてだんだんと価格を引き上げていく手法から、「最終的な乗車率の、その時点での予測値(フォーキャストと呼びます)」に基づき、常にずばりと最適と考えられる価格を付ける手法に一歩踏み込んだのです。

なお、この注意書きの文言は、航空会社のスカイマークが使っている文言に酷似しています。同社も近年、オンハンド・ベースの「段階的値上げ」からフォーキャスト・ベースの変動価格制に手法を変えたとみられ、JR北海道は大いに参考にしたのでしょう。

ただしJR北海道の発表は、「販売期間中(乗車1ヶ月前から乗車前日まで)の間、価格が上がることはあるが、下がることはない」とも読み取れます。せっかくフォーキャスト・ベースの価格変動を導入したのに、全体としては高速バス事業者同様に「徐々に値上げする」考え方に縛られている印象も受けます。

価格を下げるというと「安売りになって安全面が心配」という指摘があるのですが、ここでいう“下げる”は、あくまで、販売期間中の変動のことを指します。1か月前の時点では強気で高価格を付けたけれど、その後のブッキングカーブを見るとどうも予測を間違えたと気づいた、という例です。逆に言えば「間違えていたら後から価格を下げる」という選択肢があるから、思い切って強気の価格を設定できるとも言えます。

料金変動を活用しなければ“ジリ貧”になる

強気の価格というと、今度は「金儲けばかり考えて利用者不在」という指摘を受けます。しかし、満席が確実な便とその前後の日や便との間に価格差を設けることで、どの便でも構わない人を前後の便に誘導できます。この人は安く利用でき、絶対にその便でなければいけない人は希望の便を予約でき、事業者にとっては収益が最大になる。皆にメリットがあるのです。

ただし高速バスは事前に国に届出さえすれば上限の金額を引き上げることが容易なのに対し、鉄道は認可運賃制のため正規の価格を上回ることができない点は高速バスの方が有利です。

鉄道も高速バスも、今後、この国の急激な人口減少の影響を受け続けます。インバウンドは好調とはいえ需要のごく一部に過ぎず、全体の需要は縮小します。さらに人口減少は国全体の労働力不足ももたらし、乗務員が足りずに繁忙日の供給量を制限する事態が発生しています。つまり閑散日(便)では乗車率が下落し、繁忙日(便)では提供座席数を増やせず「満席お断り」が常態化するのです。

これでは事業者の収益は圧迫され、安全性を含む適切なサービス水準を維持することが困難になります。だからこそ、価格変動によるレベニュー・マネジメントにより、負のスパイラルを打ち切ることが重要です。

この度、おそらく様々な障害を乗り越え鉄道における本格的な運賃変動に一歩踏み出したJR2社の担当者に敬意を表しつつ、高速バス業界も負けてはいけないと決意を新たにしたところです。

九州新幹線つばめ。博多~熊本間で価格変動制の「九州ネット早特7」が適用されている(画像:写真AC)。