全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真を見る】焙煎機は富士珈機時代に中古で引き揚げたものをレストア。機体や煙突も自ら取り付けた

四国編の第15回は、徳島県小松島市の「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」。店主の岡﨑さんは、バリスタとして3年、生豆卸の会社で3年、焙煎機メーカーで8年と、コーヒーに関するあらゆる仕事に携わってきた稀有なキャリアの持ち主。と聞くと、いかにも専門店といったイメージを抱くが、さにあらず。のどかな田園地帯に構えた店には、コーヒーの味作りはもちろん、ネーミングやパッケージまで、お客目線の工夫が随所に凝らされている。地元に根付いてコーヒーの醍醐味を広める、肩肘張らない提案の数々は、長年、積み重ねた経験の賜物。2023年に移転リニューアルを経て心機一転、早くも徳島のコーヒーシーンで存在感を発揮する気鋭の一軒だ。

Profile|岡﨑裕樹(おかざき・ゆうき)

1982年(昭和57年)、徳島県生まれ。東大阪で会社勤めを経て、ラテアートの本をきっかけにバリスタに転身。大阪のカフェで3年勤めた後、神戸の生豆卸・マツモトコーヒーに入り、豆の焙煎、販売などを経験。その後、焙煎機メーカー・富士珈機に転職し、大阪、東京で焙煎機の販売・設置工事、メンテナンスやセミナーを担当として8年勤め、地元徳島にUターン。阿南市の加茂谷で地域おこし協力隊として活動すると共に、2020年に「カモ谷製作舎」を開店し、奥様の有美さんが手掛ける衣料や地元の産品も販売。2023年に小松島市に移転し、「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」としてリニューアルオープン。

■コーヒー加工の上流から下流までをあまねく経験

きっかけは、書店でたまたま目にしたラテアートの本。「ちょっとおもしろそうだな、という直感みたいなもので、バリスタを目指したのが今に至る原点」という店主の岡﨑さん。地元を離れて大阪で会社勤めをしていたが肌になじまず、徳島に戻っていた頃のことだ。それまでコーヒーは飲めなかったにもかかわらず、自らの心の動きを信じて進んだコーヒーの世界。そのときは、思いのほか長い付き合いになろうとは、本人も考えてなかったかもしれない。当時はバリスタの存在が、まだ知られていなかった時代、本格的なエスプレッソマシンを扱える場も貴重だった。「人と話すことが好きで」という岡﨑さんには、接客しながらコーヒーを淹れる現場は水が合った。

仕事をするうちに苦手なコーヒーも飲めるようになった岡﨑さんが、やがて方々のカフェを巡るようになっていた。その中で大きな転機となったのが、本連載でもたびたび登場した神戸のロースター・LANDMADE店主の上野さんとの出会いだった。実は当時、上野さんが働いていたカフェと、岡﨑さんのいた店は同じビルの上下階にあり、互いに話をするようになったのが縁の始まり。この出会いがなければ岡﨑さんの進路も今とは違ったものになっていたかもしれない。

仕事の傍ら、上野さんと共に競技会に出場するなどして腕を磨き、原料のコーヒー豆にまで興味を深めるようになった岡﨑さん。バリスタとして3年を経て、神戸の焙煎卸業者・マツモトコーヒーに転身したのは、先に入社していた上野さんの誘いもあってのことだった。「豆の小売りをしつつ焙煎も携わりましたが、最初は全然わからなかった。それでも、当時のコーヒーの最前線の現場にいたので、一般に知ることがない原料や流通のリアルな事情や、サードウェーブ到来前に苦労して広めてきた足跡を知ることができました。何より、さまざまな卸先を見るなかで、商売の難しさを体感したのもこの頃でした」

また、この間に得た、AMAZING COFFEE ROASTERの高橋さんとの出会いも、大きな縁のひとつ。「競技会で使う原料を求めて訪ねてこられたのがきっかけで、2012年に高橋さんが独立開業するタイミングで、上野さんを誘って3人でコーヒーの勉強会を始めたんです」。当初は内輪の情報交換の場として始まったが、折しも同時期に上野さんが、COEを主催するALLIANCE FOR COFFEE EXCELLENCE(ACE)の焙煎トレーニングに参加。今ほど焙煎に科学的な視点がなかった時代、貴重な経験を勉強会で共有し、世界の潮流にいち早く触れたことで、「焙煎に対する考え方がガラッと変わりました」と振り返る。2012年から始まった焙煎の競技会、ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ(JCRC)にも毎年、勉強会のメンバーが参加し、2016年から5大会連続で優勝者を輩出。この会の存在は全国に広まり、今では“焙煎世界一”を合言葉に研鑽を重ねる場にまでなっている。岡﨑さんは、その始まりに立ち会った、オリジンの一人でもある。

マツモトコーヒーでの濃密な3年を過ごしたあと、さらに大阪の焙煎機メーカー・富士珈機に移り、焙煎機の販売・設置工事、メンテナンス、焙煎セミナーの担当などを経験。コーヒーの提供に始まり、豆の焙煎・卸、さらには機器の扱いに至るまで、コーヒーの加工のすべてに携わってきた岡﨑さんのキャリアは稀有な存在だ。

■コーヒー専門店らしからぬ屋号に込めた思い

富士珈機で8年を過ごす中で、地元での独立開業を考え始めた岡﨑さん。とはいえ、「そう簡単ではないということは、前職時代にいっぱい見てきた経験から感じていました。このときはすでに家族もいたので、コーヒーだけでやっていくのは不安な気持ちもありました」。独立の意思はずっと秘めてきたものの、目の前の仕事をこなす日常の中で、目標がぼやけることもあったというが、家族ができたことで具体的に開業のイメージを考えるようになったという。

地元に帰る時期は、3年前から決めていたという岡﨑さん。Uターンの移住先に選んだのは、徳島県の山間にある阿南市加茂谷。「地元出身ながら、そのときまで知らなかったんですが、のどかな雰囲気に惹かれて、まず住処としていい環境だと感じて、移住を決めました。移住の際に地域の方々に多くのサポートをしてもらったこともあり、地域おこし協力隊として町に貢献しつつ、副業的に店を始めることにしたんです」。協力隊として加茂谷との縁を深めつつ、開業への準備を進め、2020年、「カモ谷製作舎」はオープンした。

ところで、コーヒー店の屋号といえば、~~COFFEE、~~焙煎所と付くことが多いなか、「製作舎」という一見、“らしくない”名付けには、当時の思いが表れている。「お客さんの世代が偏らないように、横文字は避けようと思いました。また、町おこしにも関わりたいと考えていたので、“コーヒー”と付けるとどうしても活動の幅が狭まってしまうかなと。妻が服を作っていることもあり、先々は地場の産品やプロダクト全般を置くことも考えて、地域とのつながりと僕ら家族の移住のストーリーも込めた名前をイメージしました」

店舗は自宅の納屋をそのまま使用し、当初は金土のみの営業。ゆっくりとスタートしたこの店が広く知られるようになったのは、協力隊の活動を通してのこと。「コロナ禍に販路を失った胡蝶蘭農家の販売の手伝いをしていたときに、地元のテレビ局が取材に来られて。それを機に店の存在が広まって、本格的に開業することになったんです」と、加茂谷での3年間を通じて、町の支援活動をしながら、コーヒーを通してファンを増やしてきた。協力隊の任期を終え、2023年秋、阿南市小松島市の境近くの現在地に移転して心機一転。「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」と名前も新たに拠点を構えた。

「以前はわざわざ店を目指して来てもらう場所でしたが、ここなら市街に来たついでに寄ってもらえる距離感にあります。営業日も増えたので立ち寄りやすくなったと思います」という岡﨑さん。これまでのキャリアを振り返れば、さぞや目を見張るようなコーヒーがそろっているように思うが、さにあらず。むしろ、真逆のスタンスと言っていい。「熱烈なコーヒー好きの方に向けてというよりは、普段使いの方、コーヒーが苦手な方といったライトユーザーに向けた品ぞろえ。いいコーヒーを作ろうというのは同じですが、お客さん目線でいることが大事。極端に言えば、味はそこまで突き詰めなくてもいいと思うんです。僕らがコーヒーを作り続けることができるのは、お客さんが手に取ってくれてこそですから」

■すみずみまで行き届いた、お客目線の細やかな提案

現在、ブレンドとシングルオリジンを合わせて定番の豆が8種ほどあるが、その提案の仕方にも、岡﨑さんのスタンスが体現されている。4種のブレンドは、繰り返し音を使ったリズミカルなネーミングが印象的。中煎りの軽快な飲みやすさを表現した看板ブレンドの“ごくごく”、深煎りのほろ苦い香味が魅力の“ほろほろ”、浅煎りならではの華やかなで心躍る感覚を表現した“うきうき”。カフェインレスは、そのままズバリ“ないない”。覚えやすいラベルの色や名前の響きが、親しみやすさを際立てる。

片やシングルオリジンは、産地の名前にオヘンロ、ワカスギヤマ、ミヤノマエなど土地に縁の名前を添えて。最近では農園や生産者の名を付すことが多いが、「定番は使う豆も絞って、安定感を重視。最近の豆はロットが小さいからすぐ入れ替わるし、その度にラベルを変えないといけなくなる。お客さんも細かいスペックはそれほど気にされないので、使う豆が違っても味は大体一緒で同じ名前で通す方がわかりやすいので」と岡﨑さん。シングルオリジンもブレンドと考え方は同じ。逆に異なる豆で同じ味を作るのは、ロースターの腕の見せどころだ。

この店のコーヒーに共通するのは、口当たりの柔らかさと、じんわりと広がる優しい余韻。その上で、銘柄ごとの味の違いも鮮やかに表現する。ブレンドのごくごくとほろほろは、同じ3種の豆を使っているが、豆の比率と焙煎度でまるで別の顔。浅煎りのうきうきは、穏やかな果実味から広がるみずみずしい甘さが後を引く。味わいの丸みがあり、すっと染み入るような飲み応えは、岡﨑さんの朗らかな人柄そのものだ。

豆の販売カウンターでは試飲用のコーヒーも用意。家庭での淹れ方を尋ねるお客には、店の器具で実演も行う。さらに、「器具や環境が変われば淹れ方も変わるので、実際の設定に近いに越したことはないですから」と、家庭で使っている器具を持ち込んで相談することも可能だ。また、販売用の豆の袋は、ジップ式で再利用できるのも、この店ならではの提案。一度購入して同じ袋を使い続けると、豆の価格がお得になるのもうれしいところ。袋を忘れた場合にもデポジットバッグを用意。豆の持ち帰りや保存のことまで目を配る、ユーザーフレンドリーの細やかな仕組みは、長年、コーヒーのあらゆる仕事に携わってきた経験の賜物といえる。

「当初は加茂谷時代のお客さんが多かったですが、近頃は遠方から来てくださる方も増えてきました」と、新天地でも徐々に定着しつつある「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」。一方で、岡﨑さん自身、今も研鑽を重ね、知識や技術をアップデートすることを欠かさない。その格好の場となったのが、2023年から始めた徳島での焙煎の勉強会だ。「トーコーヒーの店主・森田さんから、関西で上野さんや高橋さんらと開いている焙煎の勉強会に参加したいという話をいただいたのがきっかけ。焙煎がうまくいかず悩んでいると、やる気が出ないのは同じロースターの実感としてわかりますから(笑)。そこで徳島でも協力して情報を共有していこうと思って。会の内容をできるだけ新鮮なまま伝えるために、関西で開催した次の日に開くようにしています。やはり若い世代はぐんぐん吸収して、よくなっていきますね。これは自分のためでもあって、今までいろんなことを共有してもらって成長できましたし、その中で自分がアウトプットする側にならないと内容が定着しないと感じていたので」

若手ロースターにとってよき先達としても、存在感を発揮しつつある岡﨑さん。「結局、自分ができることはコーヒーに関すること。直接は地域に貢献できなくても、コーヒーを通して間接的にでも貢献していきたい」。数多の経験を生かして地元とのつながりを深めるなかで、徳島のコーヒーシーンに新たな魅力が増していきそうだ。

■岡﨑さんレコメンドのコーヒーショップは「cafe/shop MINATOHE」

次回、紹介するのは、徳島県小松島市の「cafe/shop MINATOHE」。

「店主の井上さんは、テントでの移動販売から始めて、2年前にコーヒースタンドをオープンした、ユニークな経歴の持ち主。コーヒーのメニューは、鳥取の燕珈琲から取り寄せるブレンドのみと、至ってシンプル。物腰柔らかな井上さんの人柄にファンが多く、人にお客さんが付く典型みたいなお店です」(岡﨑さん)

【カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOPのコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル 3キロ(直火式)

●抽出/ハンドドリップ(ウェーブドリッパー)、TONE

●焙煎度合い/浅~極深煎り

●テイクアウト/ あり(450円~)

●豆の販売/ブレンド4~5種、シングルオリジン4種、60グラム550円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

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