―[メンズファッションバイヤーMB]―
メンズファッションバイヤー&ブロガーのMBです。洋服の買いつけの傍ら、「男のおしゃれ」についても執筆しています。連載第469回目をよろしくお願いします。
◆意外に知られていない「ファッションの素朴な疑問」
今回は「ファッションの素朴な疑問」について3つ回答します。
・学生服はなぜ高い?
・AIが作った服はもうあるの?
・ブランドもののシルエットを完璧にコピーしたファストファッションとかなぜないの?
ちょっと一歩進んだ疑問にも回答していきますよ。ぜひご参考に。
◆★学生服って何で一着数万円もするの?
実は最近X(旧Twitter)でも話題となっていました。「学生服にはいびつな流通構造があり、いわゆる談合の様な形で特定の業者が独占的に受注し価格を釣り上げているのではないか?」というものです。
たしかに中学高校の制服などは上下揃いで2万~3万円もしたり妙に高いなとも。実際、そうした独占禁止法に接触するような事例もあるようですし、それらは糾弾されるべきと思いますが……ただ「学生服が高くなる理由」もちゃんと存在しています。
これは制服生地の国内シェアトップ企業であるNIKKEさんからお話を伺ったことがありますが、学生服には染色問題がついてまわるそうです。というのも学生服は1年生も2年生も3年生もすべて同じデザイン同じ色で作られていますよね。
制服の生地にはTW素材……ポリエステルとウール混紡のものが多く採用されますが、考えてみたらウールとは”羊さんの毛”です。羊さんの生育環境や生育状況は年にとって違います、「今年の肉は〜」「今回のワインは〜」なんて飲食業界では決まり文句ですがウールも実は同じように毎年変化のある原材料をつかって生地を作るのです。
◆高い技術力が必要とされる特殊な事情
すると、毎年出来の異なる原材料をまったく同じような色味に染色させる必要が出てくる。これが非常に困難なのですね。
たとえば、1年生と2年生の制服の色が同じネイビーでも微妙に明暗のことなるものに仕上がってしまったら……当然、学校側からはクレームが来るでしょう。これは決して「メーカー都合のオーバースペック」などではなく、実際制服はそうしたクレームが多いそう。
同じ色でないと制服の意味がないわけですから、カジュアル服よりもさらにシビアにみられるため対応せざるを得ないわけです。また、こうした異なる原材料でも均一の色に染色できるくらい高い技術力を持ってる業者が結局、選ばれ生き残るわけですね。
◆海外のハイブランドも採用する高級ウール
また、NIKKE素材は国内有数の毛織物業者であり、世界3大ウール産地として名高い「尾州地域」に属する大手メーカーです。
海外、特に素材にうるさいジルサンダーに好まれた生地で、今でもハイブランドメゾンがこぞって採用しています。それを使っているのですから、日本の制服はずいぶんハイエンドなモノ作りになっているのですね。
もちろん「そんな面倒なことするなら私服でいいじゃないか」という論に私も大賛成ではありますが、ただ我々が過去着ていた制服には世界に誇る日本の繊維産業技術の粋で作られているということをぜひ知っていただきたいなと思います。理由がなく高いわけ……でもないんですよ。
◆★「AIが作ったデザイン服」が市場に出てこないのはなぜ?
AIバブル真っ只中の現代、AIが作ったアート、AIが作ったゲームなど多くの「AI産」が誕生していますが……考えてみたらファッションだけはAIが出てきてない??
いえいえ、実はそんなことありません。ハイファッションを束ねる世界のブランドコングロマリッド「リシュモン」グループに属するファッション通販サイトYOOX(ユークス)のオリジナルレーベル「8 by YOOX」は顧客データなどから導かれたAIデザインによる服作りを行っています。
・8 by Yoox
購買履歴、顧客動向、インフルエンサーやファッションコンテンツなどあらゆるデータを読み込ませて2019年から実装スタートしています。
◆現状はデザインアイデアや需要予測に活用
まだまだ手探り状態の様で、セール品や売れ残りも目立ちますがこの手の取り組みはすでに始まっています。またフルデザインではなく、AIにデザインアイデアを考えさせるなど活用企業は現在でもすでに少なくありません。
ただし、まだまだ「すべてのデザインをAIにさせるブランド」で市場に影響力を及ぼすものは出てきていない印象。
AIモデルは一般化してきた感がありますし、ナイキが需要予測にAIを活用してきたりと部分的には活用事例が増えていますが……まだ「AIがフルデザインする人気ブランド」が誕生するにはもう少し醸成を待つ必要があるのかもしれません。
◆★「素材の違い」なんてどうせ素人にはわからないんだから……
形だけブランドものとまったく同じにして安い素材で作ればいいのに……そういうブランドってないの?
ある程度服が好きになってくると「シルエット」がいかに重要かに気がつきます。特にメンズにおいては顕著。デザインはシンプルなものが多くカラーはモノトーンが多いメンズにおいてシルエットは非常に重要で、おしゃれかどうかを決めるのはシルエットが鍵を握っていることが多いのです。
レディースはスカートにワンピースにフリルにシースルーに……さまざまな華やかなデザインと特別な色使いが多いでしょう? でもメンズでおしゃれな人はいつだってシンプルでモノトーンのジャケットを渋く羽織っています。メンズにおいておしゃれかどうかを分つのは「シルエット」です。
服に対してそこそこリテラシーがついてきた人ほど「素材まで凝ってるからハイブランドは高いんだ。素材なんてユニクロくらいでいいから……シルエットをコピーした安いものがないだろうか」と思うものです。
ドルチェ&ガッバーナのジーンズを見て「素材はユニクロで十分だから形をこれにしてほしい」と思い、ブルネロクチネリのシャツを見て「無印の生地でいいからシルエットをこれにすればいい」と考えるもの。しかも、シルエットは素材と違い「原材料」が必要ない手間賃のみです。
となれば、ユニクロでもGUでも「ハイブランドのシルエット」が簡単に再現できるんじゃないか? それをなぜしないのか?と思うでしょう。
◆ある程度の模倣には寛容でも「丸ごとコピー」は許されない
答えは簡単、一つは倫理観です。ファッションには「トレンド」という全体を巻き込む大きな畝りがあり、相互が影響を受け流れを作るものです。だからこそ市場には似たデザインが流通しがちです。
しかしながら、影響されることはよしとしても、ある程度模倣することにはどのブランドも寛容でも、「丸ごとコピー」は許されません。各々のデザイナーには倫理観や一流の仕事に対するリスペクトがあり、よほど出ない限り丸ごとコピーなどしません。
もちろん心ないブランドも一部あり、問題になることもあありますが、普通はいくら原材料が必要ないからといっても職人さんが血と涙を流して開発したパターンをコピーすることはありません。
◆パターンがまったく同じでも「同じ服」にはならない
もう一つは素材です。「パターンを同じにすればいいじゃん」と思うのは実は素人。パターンがまったく同じでも素材と縫製次第でシルエットはまるで別物になります。「ちょっと変わるくらいでしょ?」と思うかもしれませんが、これが面白いことに全然違います。
シルクやレーヨンなどの落ち感のある素材と、厚手コットンやデニムなど硬くがっしりとした素材では同じパターンで服を作ってもシルエットは180度異なるのです。
こんな極端な例じゃなくても同じポリエステルや同じコットン、同じウールでもその生地の混率や加工、仕上げによりまるでシルエットの出方が変わります。縫製も重要で縫製によってはシルエットは台無しになってしまう、肝心な部分が吊ってしまったりドレープがなくなったり……。
「形を同じにすればいい」というのは実は素材も縫製もそれに近いものを探さなければならない、ということになるので……思うよりも手間がかかるものなのです。以上、メンズファッションの疑問に3つ、回答してまいりました!
【MB】
ファッションバイヤー。最新刊『MBの偏愛ブランド図鑑』のほか、『最速でおしゃれに見せる方法 』『最速でおしゃれに見せる方法』『幸服論――人生は服で簡単に変えられる』など関連書籍が累計200万部を突破。ブログ「Knower Mag現役メンズバイヤーが伝えるオシャレになる方法」、ユーチューブ「MBチャンネル」も話題に。年間の被服費は1000万円超! (Twitterアカウント:@MBKnowerMag)
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