中堅企業に籍を置き、副業をはじめた。ビルの清掃の仕事で、毎月4万~6万円の収入となる。生活に多少の余裕が出てきたが、そこには自らの仕事のやり方をしつこく押し付けるパート社員がいた。精神的に滅入るほどにくどく、強引に迫るものだった。あなたが、このモラハラの被害を受ける社員ならばどうするかー。

 今回は実際に起きた事例をもとに、職場で起きた問題への対処法について考えたい。本記事の前半で具体的な事例を、後半で精神科医の解決策を掲載する。事例は筆者が取材し、特定できないように加工したものであることをあらかじめ断っておきたい。

◆事例 副業バイトで働く清掃会社にいる厄介な先輩パート

 関西の中堅企業(社員数700人)で営業マンとして働く吉本祐樹(仮名、29歳)は、1年前から副業として清掃会社(社員数50人)に勤務し、オフィスビルのゴミ回収をする。

 2~5階までのテナントに入る企業60社の室内のごみを回収する仕事だ。週3日勤務で、1回につき、午後6時から10時までの計4時間。時給は1400円。

 正社員チーフ)は30代前半の男性1人で、パート社員(アルバイト)が7人。7人の平均年齢は、30代後半。内訳は学生が3人、4人が会社員と主婦。

吉本は、会社員のうちの1人。賃金は、毎月平均で6万円。吉本は、半年以上前からモラハラを受け続けている。相手は、パート社員の女性の中田みどり(仮名、28歳)。中田は、2年前から週4日働く。同じく、副業の立場だ。

 自分の仕事の進め方をパート社員全員に強引に押し付けるのが、1つの特徴だ。仕事の進め方は本来はチーフが決めるのだが、なぜか、中田が仕切っている。

◆モラハラのターゲット

 押し付ける内容の中には、明らかに時間がかかったり、トラブルが起きそうなことが少なくない。だが、必ず、自分のやり方に従わせようとする。チーフや吉本ら数人がそれを「そのやり方は問題がある」と指摘すると、大きな声を出し、感情的になる。

 自分のやり方に従っているか否かを確認するために、パート社員の担当したフロアを警備員のように執ように見回る。そんな権限はパート社員にはないはずだが、自分に従わせようとする。そして、できていないことを1日の終わりのミーティングで10分ほどかけて皆の前で指摘する。

 できていないことは、あえて取り上げるまでもないレベルが多い。それでも興奮しながら、叱りつける。該当するパート社員がお詫びをするまで、止めない。必ず、自分に従わせる。さらには、職場の全員が読むノートにも書いて回覧をさせ、サインまでさせる。そんな権限はないのだが、自分のやり方に執ようにこだわる。

 チーフは不満を持ちながらも、中田に強く言えない。何かをいえば、激しく反論をされる。中田に辞められたら、職場は当分機能しない。採用試験を行っても、エントリーする人は極めて少ない。

 中田はチーフの上司である部長にもLINEを通じて、吉本らパート社員の問題点を頻繁に指摘する。時には、午前4時までかけて何本もメッセージを書く。部長は、それを鵜呑みにする。チーフは、部長が中田を信じ切っていることに不満を持つが、何も言えない。

 中田自身もトラブルを繰り返している。他人に厳しく、自分には甘い。中田が今、モラハラを特に徹底させているのが、反抗的な表情をする吉本だ。

 吉本は、つくづく嫌気がさしている。

◆職場でのモラハラに該当するか?

 今回は「府中こころ診療所」「こころ診療所吉祥寺駅前」の院長、医療法人社団HeartStation理事長を務める精神科医の春日雄一郎氏に取材を試みた。

「府中こころ診療所」「こころ診療所吉祥寺駅前」には、自己愛性パーソナリティ障害などの人から職場や家庭でパワハラやモラハラのハラスメントを受け、苦しむ人が多数訪れる。以下は、春日医師へのインタビュー取材の回答を筆者が構成したもの。

◆1.尊大型ASDの可能性があるかもしれない

「事例の女性社員の行為には確かにこだわりが強い一面があるとは思いますが、モラハラであるか否かを判断するためには、受け手の社員である吉本さんの言い分だけで正確に判断をするのは難しいと思います。

受け手である複数のパート社員が一致して「彼女の行為はモラハラだ。必要以上に強引に押し付けられ、精神的にもストレスを感じ、困っている」と受け止めるならば、モラハラである可能性が高くはなります。

この事例だけで正確に断定するのは難しいのですが、事例の女性社員が発達障害である可能性は否定できないとは思います。

周囲が強いストレスを感じるほどに強いこだわりがあるとすると、生まれながらの発達障害であるASD(自閉症スペクトラム)である場合がありえます。それを判断する1つのポイントは、過去において友人や知人、家族との人間関係がうまくいっていたのかどうかです。子どもの頃の友人などとの関係も含みます。人間関係のトラブルが明らかに目立つ場合は、ASDの可能性があります。

ASDには様々なタイプがありますが、その1つが尊大型です。近年はモラハラやパワハラの背景に、尊大型ASDを指摘するケースが増えてきました。このタイプのASDの大きな特徴は自分を特別視し、相手を見下し、圧(圧力)を加えることです。周囲の人がこの行為に強いストレスを感じてしまう場合があるのです。

尊大型ASDは、発達障害自己愛性パーソナリティ障害が重ね着をしていると捉えることもできる場合があります」

◆2.尊大型ASDの強いこだわり

「尊大型ASDには、たとえば仕事をするうえで不確定要素やあいまいなものを1つでも減らしたい、と強く思う傾向があります。それが、結果として周囲への押し付けにつながりやすいのです。

事例の女性社員が仮に尊大型ASDだとすると、子どもの頃から良好な人間関係を構築することができなかったために、自分が認められる機会や場が少ないことが考えられます。現在の職場で評価され、認められ、居場所を確保したと受け止めているならば、仕事の仕方に強いこだわりを持つのは本人にとっては、重要なことなのかもしれません。パート社員であっても、それは変わらないのではないでしょうか」

◆3.居場所をつくり、それを守ることに懸命になっている?

「尊大型ASDなどを併発していない自己愛性パーソナリティ障害の人は利害関係に敏感で、自分にとってプラスになる人、たとえば上司にはきちんとした配慮をして高い評価を受ける傾向があるのです。特に社員間の競争が激しい職場などでは、上司には上手く立振る舞うことがあります。

ですから、周囲の社員はこのタイプの自己愛性パーソナリティ障害の社員への対応が難しくなるケースがあります。周囲はおそらく好意的に受け入れることもしないのでしょうが、対抗もしずらいのです。

事例の女性社員は、ほかを併発していない自己愛性人格パーソナリティ障害の社員のように言わば、勝ち筋を心得たうえで振舞っているとは思えない面があります。たとえば、チーフを飛び越えて、部長に報告する行為は組織人としては上手いとは思えないのです。器用に立ちまわっているようにも感じないのです。

強引に押し付けるのは周囲を支配しようとしているというよりは、居場所をつくり、それを守ることに懸命になっていると見ることもできうると思います」

◆4.同僚らとチームで対応

「まず、上司などが本人のニーズを確かめるのが大切です。居場所をつくり、それを守ることに懸命になっているのならば、そこがニーズを聞くうえでの1つのきっかけになるのかもしれません。

周囲の社員は、言い方には注意が必要です。本人が仮に尊大型ASDだとして、それを自覚しているならば、状況を見つつ、適切なタイミングや場で、自分たちが仕事の仕方を強引に押し付けられ、困っていると丁寧に言うことを考えてもいいのかもしれません。

自覚していない場合は、さらに対応が難しくなります。本人に伝えるならば、相当に冷静に慎重に、丁寧に言うべきでしょう。あくまで事実をもとに伝えたほうがいいです。

たとえば、就業規則のような職場のルールに権限について書かれた部分があるならばそこを見せ、丁寧に説明するのも1つのアプローチではあるか、と思います。「懸命に仕事をしようとする姿勢はよいことですが、ルールのこの部分を逸脱しています」といった感じで言うこともできるのかもしれません。

その際、本人と1対1で話すのは避けるべきです。この場合、本人が攻撃を受けたと受け止め、「自分こそがハラスメントをされた」と部長など上司に言うことが考えられます。ですので、職場の同僚など複数人で本人と話し合うほうがよいでしょうね。

事例を読む範囲で言えば、チーフと2人で、本人に接するのがよいように思います。チーフをはじめ、同じ立場のパート社員など周囲ときちんと共有し、足元を固めたうえで本人に言わないと、トラブルがますます大きくなるかもしれないのです。

自己愛性人格パーソナリティ障害の要素がなく、発達障害のみならば、受け入れる可能性は若干高くなるケースがありえます。懸命に仕事をする姿勢があったとしても、それが周囲のニーズと大きくかけ離れていると、今回のような問題になりうると捉えることもできます」

◆5.被害を受ける社員はいかに身を守るか

「強引な押し付けにより、強いストレスを感じ、職場に通うことが苦痛に感じるならば退職することで、この女性社員から離れるのも1つの対応ではあると思います。本人に気づいてもらい、態度をあらためるようにするのは難易度が高い場合がありえます。

離れる覚悟をしたならば、本人に現在、自分は苦痛を感じ、困っていると言えるように思います。ただし、あくまで慎重に、事実ベースで丁寧に伝えることが大切です。被害を受ける複数の社員で言わばチームとして伝えると、なおよいでしょうね。

本人に伝えるのと並行し、部長に現在の状況や過去においても同じような強引な押し付けにより、不満を抱え、退職にいたったケースを伝えることも必要かもしれません。部長が被害を受けている社員たちの側に立って判断をしてくれるか否かが、ポイントになると思います。部長が、女性社員が周囲に強引に押し付ける行為がハラスメントになり、退職者を何人も生んでいることに気がつけば、味方になってくれるのではないでしょうか。

この女性社員が仮に尊大型ASDだとして、せっかく見つけた居場所を大切にしてあげたいと思うこともできます。この職場の医療者には、そのあたりに気づいていただきたいですね。

一方で、被害を受け、苦しむ社員のことも考慮しなければいけないのです。尊大型ASDであれ、自己愛性人格パーソナリティ障害であれ、加害となる行為は否定されるべきです。

本人が理由なき加害者であり、被害を受ける側の社員がこの職場になおも残るならば、前述したように周囲とチームを組んで闘うことも1つのアプローチではあると思います。闘い方には、この職場を去ることも含まれます

<取材・文/吉田典史>

【春日雄一郎(かすがゆういちろう)】
2005年、東京大学医学部卒業。NCNP(国立精神・神経医療研究センター)病院、永寿会恩方病院精神科医長などを経て、2014年に府中こころ診療所を開設。その後、医療法人化し、医療法人社団HeartStation理事長に就任。2021年に分院「こころ診療所吉祥寺駅前」を開業。メンタルクリニックの現場で、心療内科・精神科の臨床に取り組み続けている。精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医。
YouTubeで「こころ診療所チャンネル」を開設し、うつ病、適応障害、パニック障害、発達障害自己愛性パーソナリティ障害などの解説やその対策を紹介している。

【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数

写真はイメージです