2015年にSKE48を卒業後、俳優として着実にキャリアを積み重ねる松井玲奈が、3月8日(金)に公開される映画「ゴールド・ボーイ」に出演する。同作で松井は岡田将生演じる主人公・東昇の妻・静役を務めている。離婚話が進行中の夫が欲望にかられて静の両親を事故死に見せかけて殺したことを知り、次は自分の番ではないかと恐れを抱く…という役どころだ。“自分を全面に出す”華やかなアイドルの世界から、“自分を殺して”役に成りきる俳優の道へ。「どうする家康」(2023年、NHK総合ほか)や「プロミス・シンデレラ」(2021年、TBS系)などで見せた、思わず視聴者を“前のめり”にさせるような演技が心を打つ俳優・松井の魅力を、音楽やアイドルをはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が独自の視点で解説する。

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■アイドルから俳優へ転身の成功例

アイドルから俳優へ…そのような道を踏み出した存在は星の数ほどいるはずだが、順調に歩むことができているのはそのうち何割なのだろう。もちろん筆者はアイドルをしたことも俳優になったこともないので正確なことは分からないが、この両者たぶんとんでもなくかけ離れているはず。

アイドルに求められるのは歌であり、ダンスであり、圧たっぷりのスポットライトや声援を浴びてもビクともしないどころか逆に輝きを倍増して見る者にお返ししていくがごとき“華”。片や役者に求められるのは恐らく多彩な表情と動き、しっかりした滑舌と発声、こなまずるい悪役を演じるならば「こんな人には絶対そばにいてほしくない」と、すてきなキャラクターを演じるならば「こんな人が友達に(もしくは親やきょうだいに)いたらいいなあ」と見る者に思わせてしまうほどのリアリティー。

共通点があるとすれば、TPOに応じて表現する繊細さが必要なことだろうか。アイドルの場合、ライブハウスとアリーナクラスでは見せ方が変わって当然だろうし、役者の場合、舞台(ライブ)と、“アップ”が使える映像媒体では表現に差が出る。深い悲しみを打ち出すとき、舞台であれば役者は大声をあげ、涙声のまま曲げた両腕を顔の前で、こぶしを両目に近い距離のまま激しく動かすこともするに違いない。が、映像媒体であればシャウトスクリームも要らない。ただ茫然とした表情で、じっと涙の一滴も流せば、視聴者の心に触れることもできよう。

アイドルから俳優へ転身したあまたのタレントの中で現役トップクラスの実力者といえば誰なのか。高確率でその問いに名前が挙がるであろう一人に松井がいる。昨年は「どうする家康」(NHK総合ほか)で大河ドラマ初出演を果たし、家康の正室である瀬名(築山殿)の侍女で、のちに家康の側室となる美女・お万を魅力たっぷりに演じて話題に。他にも「やわ男とカタ子」(テレ東系)で非モテ女子のヒロイン役を好演した。

■「プロミス・シンデレラ」で見せた“悪女”演技

そして今でも鮮明に覚えているのが、少しさかのぼって2021年7月期にTBS系で放送された「プロミス・シンデレラ」(ディズニープラスのスターで配信中)での主人公の恋敵役。同ドラマの原作は、漫画アプリ「マンガワン」(小学館)に連載された同名漫画。人生崖っぷちアラサーバツイチ女子の主人公・早梅(二階堂ふみ)が、高級老舗旅館の御曹司でイケメンだが性格のすこぶる悪い男子高校生・壱成(眞栄田郷敦)に目をつけられ、金と人生を賭けた“リアル人生ゲーム”を繰り広げていくラブコメディー。

松井が演じた菊乃は人気芸者ということでパッと人目を引く美貌、品もあってしとやかな語り口なのだが、早梅に激しい嫉妬心を抱いており、早梅がどん底に落ちる姿を見てやろうと裏でさまざまな画策をしてきた。主人公たちの恋路をかき乱す悪女として、松井の演技はインパクト絶大だった。特に第8話での不敵な笑みを含む振る舞いには、「そこまで悪女を演じ切るか」と痛快な気持ちにさせられたし、SKE48時代からのファンである知人も「玲奈ちゃんを嫌いになりそうなキャラ(褒め言葉)」と、すっかりその演技に魅了されていた。

そんな強烈な役を務め、放送後に松井は自身のSNSで「このような重要な役を任せていただけたことに深く感謝しています。そして『プロミス・シンデレラ』に関われたことは、私の大きな財産で。また新しい役で皆さんにお会いできるよう、これからも一意専心、努めていきたいと思います」とつづっており、役者としての転機の一つになったのは間違いなさそうだ。

■どんな役でもモノにする“憑依型”

何の役にもハマり、キャラクターごとに新しい表情を見せてくれるから、「松井玲奈とは何者なのだろう?」という疑問が毎度のように頭をもたげてきて、それを知りたくて出演作品が増えるごとに見たくなる。役者には「どんなキャラを演じても、結局はその人の個性がにじみ出る」というタイプも数多いが、松井は役に台本に自分を寄せて、憑依させていくタイプなのかもしれない。映画「gift」(2014年)や「めがみさま」(2017年)でタッグを組んだ宮岡太郎監督も「役が完璧に憑依していました。初めのほうのシーンは“浮遊霊”みたいに撮りたかったんですけど、お芝居が始まると同時にその場の空気が変わるような瞬間が何度もありました」と、「めがみさま」の公開当時、彼女の“憑依型演技”を称賛していた。

役者としての快進撃に引かれる最近のファンには、彼女がかつてSKE48のセンターだったことを知らない向きもあると思う。中学生の頃にテレビで見たAKB48に感銘を受け、その姉妹グループとして新設されたSKE48の第1回オーディションに合格。これが2008年のことで、2015年8月の卒業まで同グループを牽引する1人となった。

グループ時代もそつなく演技の仕事をこなし、卒業後は主に俳優として活躍。先に記した作品の他にも連続テレビ小説まんぷく」(2018年、NHK総合ほか)や「エール」(2020年、NHK総合ほか)、単独初主演映画「幕が下りたら会いましょう」(2021年)、「よだかの片想い」(2022年)などでも存在感を示した。

■文才を発揮して小説家としても活躍

カモフラージュ」(2019年)や「累々」(2021年)といった著書では小説家としての一面も発揮、SKE時代のソロ曲「枯葉のステーション」、卒業後に松井玲奈とチャラン・ポ・ランタン名義で出した「シャボン」などでファンの方はご存知のように歌い手としての魅力もある。そろそろ音楽活動の再開も期待できるだろうか。

アイドルとして約7年間疾走し、卒業して役者に転じてから10年目に入る松井。新鮮味を保ったまま、まだまだ領域を広げていくことだろう。

◆文=原田和典

松井玲奈/※2022年ザテレビジョン撮影