老後2,000万円問題といわれて久しいですが、「老後資金の準備? 退職金ももらえるし、自分は大丈夫だろう」と楽観的に考えている人も少なくありません。ただ、ひとくちに退職金といっても、受け取り方次第で大きく手取り額が変わってくるため、注意が必要です。今回、具体的な事例をもとに、「損をしない退職金の受け取り方」についてみていきましょう。石川亜希子FPが解説します。

退職金は「受け取り方法」で手取り額が変わってくる

定年間近のAさん(59歳)。年収800万円で、退職金の見込み額は1,700万円です。定年退職が近づくなか、退職金の受け取り方法や、その後の生活について考えることが増えてきました。

Aさんの会社では、2つの退職金の受け取り方があります。一時金として一括で受け取るか、年金型として分割で受け取るか、です。

Aさんの子どもはすでに社会人であり教育費の支払いは完了しているほか、住宅ローンも完済しています。預貯金もある程度あり、差し当たりまとまった資金を必要としているわけではありません。

「退職金を一括でもらっても、気が大きくなって使いすぎてしまうかもしれないし、分割で受け取ったほうがいいかな?」Aさんが自分なりに調べてみると、退職金の見込額が1,700万円だったとしても、受け取り方によって、実際の手取り額が変わってくることがわかりました。

 “受け取り方によって金額が変わる”って、どういうこと?

では、手取り額を増やしたい場合、退職金を一括で受け取る場合と分割で受け取る場合ではそれぞれどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。

退職金を一時金として「一括で」受け取る場合

退職金を一時金として一括で受け取る場合、最大のメリットは「退職所得控除」という非課税枠を活用できることです。

この退職所得控除額は、

・勤務20年以下 ……40万円×勤務年数

・勤続20年超 ……40万円×20年+70万円×(勤務年数-20年)

でそれぞれ求めることができます。仮に勤続年数が20年で退職金が800万円の場合、退職所得控除額は

40万円×20年=800万円

となり退職金全額が控除されるため、所得税は0円です。

Aさんの場合、勤続年数は31年と20年を超えていますので、

40万円×20年+70万円×(31年-20年)=1,570万円

となり、見込額の1,700万円のうち1,570万円は控除されます。残りの130万円のうち半額の65万円が課税対象となり、所得税は5%の3万2,500円となります。住民税も別途10%の6万5,000円かかってきますが、所得税と住民税を足しても10万円未満です。

※ 所得税はその金額によって5%~45%。

社会保険料は発生しないため、1,700万円-9万7,500円=約1,690万円が手取り額となります。

一括で受け取る場合は、〈A4用紙1枚の申請書〉の提出がマスト

この金額を見るとメリットしかないように思えますが、Aさんが心配していたように、大金が入ってきたことでついつい気が大きくなり、数年で使い切ってしまうようなタイプの人は要注意です。また、大金が銀行口座に入金されると、銀行から突然「投資信託をはじめませんか」と営業の連絡がくるでしょう。こうした営業が苦手な人にとってはデメリットかもしれません。

なお、この退職所得控除を受けるには、会社に「退職所得の受給に関する申告書」という書類を提出する必要があります。

この申告書は会社が用意してくれることが多い書類ではありますが、会社の義務ではありませんので、自分でもよく確認するようにしましょう。

もしこの書類を提出せずに退職金を受け取った場合、退職金額の20.42%の所得税が引かれてしまうことになり、退職金が1,700万円だと、約347万円もの所得税がかかることになります。

A4用紙1枚を提出するかしないかで、退職金の受取額が300万円以上も変わってくるのです。あとから確定申告をして取り戻すことは可能ですが、そもそも制度を知らなければ、控除を受けることができず大損してしまうかもしれません。

「分割」で受け取る場合は、長生きするほどお得

退職金を分割で受け取る場合

退職金を年金型として分割で受け取る場合は、一定の金額を長期間にわたり受け取ることができるため、使いすぎる心配がなく、ライフプランが立てやすい点がメリットといえます。また、受け取るまでのあいだは資金が運用されることになりますので、利息がつき、退職金の総額が増えるという考え方もあります。

さらに、企業年金が終身タイプであれば、長生きすればするほどお得になります。

ただし、一括で受け取る場合のような大きな所得控除はありません。また、雑収入として計上されてしまうため、この場合の退職金は公的年金収入やパート・アルバイト代など他の収入と合わせて税金が計算されることになります。つまり、税金や社会保険料の負担が大きくなる可能性があるということです。それにつれて、病気の治療や介護サービスの自己負担額が増える点がデメリットといえます。

退職金は、一時金として「一括で受け取る」ほうがお得

では、いったいどちらの受け取り方のほうがお得なのでしょうか。

FPとしては、税金の控除が大きい「一括での受取」をおすすめします。年金や社会保険はこれからも制度が改悪され、負担が増えていくことが十分に考えられるからです。

ただ、退職後にもう働かないということであれば、年金型にして分割で受け取ってもそれほど税負担が増えることもないでしょう。

また、退職後も厚生年金に加入しながら働き続けるという場合も、これまでどおり会社が社会保険料の半額を負担してくれますので、税金の負担が増えることを過度に心配する必要はありません。

つまり、「退職後に起業する」「退職後に厚生年金には加入せずに働く」こういった場合には、一時金として受け取ったほうがお得になる可能性が高いです。

「一括受け取り」を決断したAさんだったが…

さて、退職金の受け取り方について調べていたAさんですが、定年退職後は、経験を活かして無理のない範囲でフリーランスとして働く予定です。したがって、「退職金は一時金として一括でもらったほうがよさそうだ」と考えました。

しかし、ここで疑問が湧いてきました。退職金を一括で受け取る場合、退職所得控除を受けるために会社から「退職所得の受給に関する申告書」を提出する必要があるらしいのですが、Aさんは退職にともなってあらゆる書類に記入し提出していたため、この書類を提出したかどうか記憶がありません。

あわてて会社に確認したところ、ひと安心。Aさんはきちんと提出していたようです。

書類は会社が準備してくれていたようで、すでに記入済みのものを受け取っているとのことでした。

Aさんはホッと胸をなでおろし、電話口の担当者に「ありがとう、助かった」と感謝しました。そして、退職金制度について自分できちんと理解することの大切さを改めて感じたのでした。

知らないと損…退職前後は「制度の最新情報」をチェック

退職金とひとくちに言っても、受け取り方には選択肢があり、本人の置かれた状況によって最適解もそれぞれです。年金や社会保険、雇用保険などの制度とも複雑に関係していますので、知らないと損をしてしまうこともあります。

退職後の人生を豊かに過ごすためにも、どのような選択肢があるか最新の制度を確認するようにしましょう。

石川 亜希子 AFP  

(※写真はイメージです/PIXTA)