公益財団法人生命保険文化センターによると、2025年には65歳以上の5.4人に1人が認知症になると予測されています。もし自身の親が認知症と診断された場合、子に降りかかってくるのは介護の問題でしょう。そして、介護と密接に関わってくるのがお金の問題です。本記事では、佐藤さん(仮名)の事例とともに、認知症の介護費用に纏わる問題についてFPの牧元拓也氏が解説します。

85歳の父に認知症診断…

佐藤さん(仮名/60歳)には85歳になる父親がいます。最近、物忘れが多くなったとは思っていましたが、出かけたあとに自分の家がわからなくなり、警察のお世話にもなることも……。数分前のことも忘れてしまっている様子で病院へ連れていくと、やっぱり。認知症と診断されました。

兄弟のなかで、一番近くに住んでいる息子の佐藤さんが父親の世話をすることになりました。佐藤さんの認知症介護生活の始まりです。

2023年の65歳以上人口は3,623万人で、日本人口の約3割に当たります。また、公益財団法人生命保険文化センターによると、認知症患者は2025年には約675万人、65歳以上の5.4人に1人が認知症になると推計されています。団塊の世代が75歳となり、今後より多くの人が自分事として直面する問題ではないでしょうか。

今回は、認知症介護と密接に関わるお金の問題についてどんなことに注意し、また準備する必要があるのか、佐藤さんの例をもとにみていきます。

佐藤さん一家  

【家族構成】 父親、奥様(死別)、長男(佐藤さん)、長女、次男

【資産状況】 ・普通預金、株式、不動産 ・保険(介護年金・医療保険)

介護にかかる費用

認知症と診断された場合は、介護認定を受けられる可能性があります。要介護認定基準は要支援(2段階)と要介護(5段階)に分類されます。

生命保険文化センターによると、介護にかかる一時費用は平均74万円です。住宅の改修や介護ベッドの購入費用などです。毎月の費用は、在宅介護の場合の平均が4万8,000円、施設介護の場合の平均が12万2,000円となっています。

認知症の症状の進行度合いによって、どの基準に認定されるか変わってきます。上記費用はあくまで平均ですので、症状が進行すれば介護に要する時間も費用も増えてしまいます。

認知症で起こりうる問題「親の銀行口座が凍結」

本人に正常な判断能力がないと判断された場合は、銀行や証券会社が取引を制限する可能性があります。これは詐欺などの犯罪に巻き込まれるのを防ぐことが目的です。しかし当然ながら制限されてしまうと、自由にお金を引き出すことができなくなります。いわゆる死亡による口座凍結のようにすべての取引が制限されるわけではありませんが、入出金等には制限がかかる可能性が高いです。

高齢者に対しての金融機関の対応は、犯罪防止の観点からも年々強化されている傾向にあるため、日常の資金使途での利用に関しても影響がおよぶ可能性があります。

銀行に認知症になったことを伝えずに家族がキャッシュカードを管理して引き出すことも実際可能ですが、普段とは違う頻度や大きな金額を引き出した場合に銀行から確認が入ることもあります。

また、銀行に相談のうえで介護費用のために家族が引き出す際には、介護施設の請求書や本人との関係が確認できる戸籍謄本などを提出して、引き出せることもあります。ただし時限的な対応なので継続して対応してくれるかはわかりません。

また、証券会社などで運用商品を保有している場合、定期的に高齢者に対しての確認を証券会社が直接実施することがあります。資産運用の取引継続が難しいと判断された場合は取引ができなくなってしまいます。

介護費用を子が負担することに…

佐藤さんは、父の口座から取り急ぎ介護の一時費用として100万円程度賄おうと、一度銀行を訪れました。事情を話すと、窓口担当者から「残念ながら、お手続きできません」との回答が。

本人の預金で準備ができなかった場合は子供など親族が代わりに負担せざるを得なくなります。佐藤さんは父親のために仕方なく自分の預金から介護用品やヘルパー依頼の費用を工面しました。佐藤さんは現在60歳で、定年退職まで残り5年です。今後の老後生活のために貯めていたお金を父親の介護に使うことになってしまい、愕然としました。

介護の平均年数は約5年といわれていますが、認知症の発症のみで、ほかに病気もなく肉体的に健康であれば、介護期間は長期化することもあります。お金の負担もですが、時間も拘束されてしまうため、介護離職により収入が絶たれてしまう可能性もあります。

対策方法

代表的な対策をいくつか挙げると下記のとおりです。

後見人制度

法定後見人を利用すると、銀行口座の取引や介護施設の入居手続きなども本人に代わって手続きが可能です。事務手続きが非常に煩雑なので、弁護士事務所などに一任することがほとんどです。

しかし、介護以外の目的で資金の引き出しを認めてもらいにくかったり、毎月の費用負担が2~6万円と大きかったり、一度契約すると原則取り消すことができないなどの使い勝手の悪さがあります。  

家族信託

家族信託は、親が自身の財産管理を家族に託すことができる制度です。管理を託された受託者(子供などの家族)が預金や不動産といった資産を管理するため、後見人制度のように預金の使い道を制限されることはありません。また毎月の費用負担も数千円程度で、費用面でも比較的利用しやすいです。

ただ、家族信託の契約手続きは親自身が意思を持って行わなければならないため、認知症発症後で意思判断を行うことができない場合は、利用できません。  

銀行口座の代理人カードを作成

あらかじめ家族が銀行口座から入出金できるように、代理人カードを作成しておくことが可能です。口座名義人の方が手続きする必要があるので、病状が進行すると発行ができないケースもあります。  

生命保険の指定代理請求制度

医療保険や介護保険などは原則契約者本人が受け取ります。ですが、あらかじめ親族が代理で請求できるよう設定しておくことができます。給付金は代理請求した親族の口座に振り込まれるので、口座凍結による煩雑さを回避することができます。また、医療保険や介護保険給付金は非課税で受け取ることができます。

ただし使途の取り決めがないため、介護目的以外で使っていないか周りの親族に疑われることのないように領収証などはとっておいたほうがいいでしょう。  

※保険会社により取り扱いが異なります。

これらの対策のなかで、認知症発症後にも利用できるのは法定後見人制度のみで、そのほかは認知症発症前に手続きする必要があります。

佐藤さんの場合は特に事前の対策はしておらず、保険の指定代理請求人のみ設定していたおかげで、保険会社から給付金を佐藤さんの口座に受け取ることができました。

しかし、任意後見人の制度や家族信託は認知症発症後には原則使えない制度なので、銀行口座の管理の管理や施設への入居手続きなどを行うには法定後見人制度を使わざるを得ない状況となってしまいました。

このまま自分たちで介護を続けていくと働く時間も制限されてしまうこともあり、佐藤さんはデメリットを理解したうえで成年後見人制度で弁護士事務所との契約を行い、父親を介護施設へ入居させることができました。

介護施設の入居時には100万円以上の負担が発生することもあります。しかし、後見人制度の利用によって、介護費用は親の銀行口座から工面することができ、仕事を続けることができたおかげで、佐藤さん自身のセカンドライフに向けたお金の準備もできるようになりました。  

相続発生時には寄与分の請求が可能

事前に準備することなく、世話をする子供などの家族が費用を負担してしまうと、自分たちの老後資産に影響が出てしまいかねません。日常的な介護を家族のなかで請け負っていた場合には、ほかの相続人に対して寄与分を請求できることがあります。

寄与分とは「会社を辞めて長期にわたる療養介護を担った」などの理由で、被相続人の財産の維持・増加に特別な貢献をした相続人に、遺産分割で法定相続分を超える財産を相続できるようにした制度です。

ただし、寄与分を受け取るには他の相続人に認めてもらう必要があり、寄与分を認めるとほかの人の相続財産が減ることになるので、遺族が相続でもめる要因になりかねません。

費用の自己負担額を抑えられる制度も

介護認定を受けると負担限度額認定制度によって自己負担額を軽減することができます。 訪問介護などを利用した場合は医療費控除の適用が受けられます。「生活福祉資金貸付制度」という貸付制度を利用できる場合もあります。

親の介護費用に困ったらまずは上記のような公的制度を利用することを検討しましょう。自治体の地域包括支援センターで相談することができます。

事前にできることの確認を

80歳前半の人の認知症有病率は男女全体で21.8%ですが、85歳以降は41.4%となり急激に増加しています。認知症に対する備えのほとんどは、本人が発症前もしくは認知症が進行する前に事務手続きを行うことを想定しています。 

もしものときのために家族で話をしておくことが重要だと考えます。認知症への備えというと会話のかどが立ってしまいがちですが、今後の生活をどのように過ごしていきたいのか親の意向を把握し、サポートできることを伝えることからはじめてもいいのではないでしょうか。  

牧元 拓也

ファイナンシャルプランナー

株式会社日本金融教育センター

(※写真はイメージです/PIXTA)