筑波大学大学院 システム情報工学研究群 松尾和史
神戸大学大学院工学研究科 准教授 瀬谷創
筑波大学システム情報系 教授 堤盛人
三幸エステート株式会社 市場調査部 今関豊和

筑波大学 不動産・空間計量研究室(所在:茨城県つくば市、主宰:堤盛人教授)と三幸エステート株式会社(本社:東京都中央区、取締役社長:武井重夫)は、賃貸オフィスビルに関する各種データを活用し、オフィス市場の動態や賃料水準に関する調査を共同で行っています。本稿では、神戸大学 瀬谷創 准教授にも参画いただいて行った、立地と賃料、空室率の関係に関する調査の結果を公表します。

 新しい働き方が普及していく中で、テナントに選ばれるビルとそうでないビルの優勝劣敗が鮮明になっている

というレポートが様々な都市で発表されています※1。しかし、定量的なデータは限られており、優劣を分ける要

因について具体的な知見は少ない状況にあります。前回、我々が公表したレポートでは、ラウンジや屋上テラスな

どの現代的なアメニティの有無が賃料と稼働率に有意な影響を与えており、コロナ禍において、稼働率の差が顕

著になっていることを示しました※2。本稿では、個々のオフィスビルの“質”ではなく、“立地”に着目し、最新の動向を示します。

※1. 例えば、JLL(2022). Office demand polarization takes hold.

https://www.jll.co.uk/en/trends-and-insights/research/talking-points/office-demand-polarization-takes-hold.

※2. 三幸エステート株式会社(2023).アメニティはオフィスの賃料・稼働率にプラス効果をもたらすか?.

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000118399.html.

  • 1.大規模オフィスビルにおいて都心の魅力が回復

 企業は、交通利便性が高く人々が多く集まる都心部にオフィスを構えることで多くの恩恵を受けます(集積の経済)。しかし、アメリカでは在宅勤務の普及や商談のオンライン化などによって、企業が都心部に立地する魅力

が減り、好立地における賃料のプレミアム(立地プレミアム)が低下したことが示されています※3。この傾向は日本でも同様なのでしょうか?

 【図1】はKawai et al. (2019)※4や松尾ら(2023)※5が用いた時間ダミーとの交差項を用いたヘドニックモデルに基づいて、オフィスビルの規模ごとに“オフィスビルの集積”に対する賃料のプレミアムの経年変化を推定したものです。ここでいうプレミアムは、近隣(400m圏内)の貸付可能床面積(=オフィスストック)に対する賃料の弾力性を表しています。0.1の場合、近隣における貸付可能面積が10%多い地域は、そうでない地域に比べて賃料が1%高く、集積が2倍であれば、賃料は10%高くなることを意味します。すなわち、この値が大きいほど、“オフィスビルの集積”による賃料への影響が大きくなります。コロナ禍前後に着目すると、Covid-19の感染拡大を契機にプレミアムが低下したことがわかります。しかし、2022年以降、大規模オフィスビルにおけるプレミアムは上昇傾向に転じています。これは大規模オフィスビルでのみ、“オフィスビルの集積”による賃料への影響が再び大きくなっていることを示しています。 

 この傾向は、大規模オフィスビルにおいて、都心部のオフィス集積エリアに対するオフィス需要が高まって

おり、オフィスの集積が少ないエリアとの賃料の差が広がっていることを示しています。

【図1】 オフィスビルの集積による賃料のプレミアムの変遷

   注)対象地域: 東京23区、対象期間: 2000Q1~2023Q4

※3. Rosenthal, S. S., Strange, W. C., & Urrego, J. A. (2022).JUE insight: Are city centers losing their appeal? Commercial real estate, urban spatial structure, and COVID-19. Journal of Urban Economics, 127, 103381.

https://doi.org/10.1016/j.jue.2021.103381.

※ 4. Kawai, K., Suzuki, M., & Shimizu, C. (2019). Shrinkage in Tokyoʼs central business district: Large-scale redevelopment in the spatially shrinking office market. Sustainability, 11(10), 2742.

https://doi.org/10.3390/su11102742.

※5. 松尾和史、堤盛人&今関豊和( 2023). 東京オフィス市場における 集積の経済・不経済とその時間的変化. 土木学会論文集 D3(土木計画学)、78(5)、I_263-I_274.

https://doi.org/10.2208/jscejipm.78.5_I_263.

  • 2.交通利便性による空室率の差が顕著に

 立地による需要の偏りがあれば、空室率にも差が表れることが考えられます。実際に、2023年12月末時点にお

ける都心5区の区別の空室率も3.0%~7.6%と、地域差が広がっています。【図2】は、鉄道路線へのアクセス性に

よって築1年以上のオフィスビルを3つに分類し、空室率を求めたものです。ここでの鉄道路線へのアクセス性とは、各オフィスビルから半径500m圏内もしくは最寄り駅からアクセス可能な鉄道路線の数を表します。具体的には【図3】のように、オフィスビルごとに半径500m圏内に立地する駅を抽出し、乗り入れている路線数を算出します。図に示した銀座四丁目に立地するビルAでは、500m圏内に有楽町駅銀座駅などが立地しており、山手線銀座線をはじめ合計7路線にアクセス可能であることを示しています。この指標は不動産価格の分析で広く用いられている最寄り駅までの近接性に関する指標に比べ、個々のオフィスビルの交通利便性の差が鮮明に表される指標となっています。

 【図2】における小型~大型オフィスビルの空室率の変遷に着目すると、交通利便性による差はほとんど見られません。しかし、大規模オフィスビルに着目すると、コロナ禍以降に上昇していた空室率が、2022年以降、交通利便性によって2極化しています。交通利便性の劣る立地では空室率の上昇トレンドが続く一方で、交通利便性の良い立地では空室率が下落しており、4.2%まで上昇した空室率が2023年第4四半期時点で2.9%まで下がっています。

【図2】 鉄道路線へのアクセス性による規模別空室率の変遷

   注)対象地域:東京23区/対象期間:2000Q1~2023Q4/対象ビル:築1年以上の賃貸オフィスビル。

  鉄道路線へのアクセス性は500m圏内もしくは最寄り駅からアクセス可能な鉄道路線数によって3区分に分類

【図3】 鉄道路線へのアクセス性の例

これらの結果は、2022年以降には都心部の大規模オフィスビル市場でオフィス集積エリアとオフィス集積の少ないエリアの賃料の差が広がり、交通利便性の良い立地から空室率が低下していることを示しており、大規模オフィスビル市場が“立地”によって2極化していることを表しています。また、“質への逃避”と呼ばれる現象が、“立地”によるオフィスビルの競争力の差を鮮明にしているとも言えるでしょう。

 そして、興味深いことに、これらの傾向は金融危機後の動向と類似しています。すなわち、これらの傾向は市況悪化時に共通するトレンドである可能性があります。今後、コロナ禍特有の変化を示す可能性も否定できませんが、諸外国に比べオフィス回帰も進んでいるわが国では、過去のトレンドが、今後のオフィス市場の見通しに役立つのではないでしょうか。

※ 本稿は著者らが2024 JAREFE定期大会にて発表した内容の一部を要約したものである

  • 会社概要

本社所在地:東京都中央区銀座4-6-1

設立:1977年5月17日

代表者:取締役社長 武井 重夫

資本金:1億円

従業員数:258名(グループ全体:440名)※2024年1月1日現在

売上高:50億円内外(グループ売上:100億円内外)

事業内容:ワークプレイスコンサルティングサービス、オフィス仲介サービス、プロジェクトマネジメ ントサービス

免許:宅地建物取引業:国土交通大⾂(11)第3105号、一級建築⼠事務所:東京都知事登録 第61819 号、特定建設業:東京都知事許可(特-3)第154415号

三幸エステート株式会社(1977年5月17日設立)は、企業のオフィス戦略を総合的にサポートしています。最適なワークプレイスの検証・提案から、賃貸オフィスビルの選定サポートと仲介、プロジェクト遂行に不可欠なマネジネント機能の提供まで、オフィスに関するあらゆるニーズに幅広くお応えしています。

配信元企業:三幸エステート株式会社

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