横浜高速鉄道みなとみらい線は開業以来、東急電鉄の元住吉車両基地を車庫として使用しています。しかしこれはあくまでも「間借り」です。そのため現在は、退去に向けた取り組みが着々と進んでいますが、ここで一連の経緯を振り返ります。

当初は延伸構想があった

自前の車庫を持たない珍しい路線が、横浜高速鉄道みなとみらい線です。2024年に開業20周年を迎えましたが、建設時に「将来、本牧方面に延伸する際に車庫を整備する」として、東急電鉄の元住吉車両基地を間借りしています。

ただこれも「方便」だったようです。横浜高速鉄道にも出向していた元横浜市都市整備局鉄道事業担当理事の太田浩雄氏は、2022年2月16日に開かれたNPO法人田村明記念・まちづくり研究会の公開研究会で、「みなとみらい線で車両基地がなかったもんだから、実は免許申請時に、車両基地を延伸で造りますって、私、念書出しているんですよ。勝手にね。そうしないと、免許が取れないので」と語っています。

太田氏は元々、みなとみらい線について、横浜高速鉄道を第三種鉄道事業者(線路設備を整備・保有)、東急を第二種鉄道事業者(列車を運行)にしたかったと述べています。これは結局、東急との協議がまとまらず実現しませんでしたが、組織をできる限りスリム化するため運転業務を東急に委託しました。車庫を持たないというのもそのような考えの一環だったのでしょう。

ところが事情が変わります。「大家」の東急が元住吉車庫からの退去を求めたことで、ついに自前の車庫を整備しなければならなくなったのです。ただ、車庫といっても4編成を収容する車両留置場。元町・中華街駅の終端から約600mトンネルを延長し、港の見える丘公園の地下に設置します。

整備方針は2017(平成29)年に決定し、同年11月25日に第1回地元説明会を開催しました。ここで示されたのは、「元住吉車庫の借地期限が、2019(平成31)年1月までとなっているため、新たな留置場を確保する必要が生じた」という説明でした。

しかし、トンネル建設には最低でも7~10年を要することを考えると、計画が期限のわずか2年前に公表されたことに違和感を抱きます。なぜこのような流れになったのか。当時の説明会資料や質疑応答、各種報道では触れられていないため、横浜高速鉄道に聞いてみました。

「新線」で東急の方針が変わった

そもそも開業時の取り決めはどうなっていたのでしょうか。断片的な情報では2004(平成16)年の開業から15年間は元住吉車庫を貸すが、それまでに自前の車庫を整備するよう求められていたように見えます。

しかし実際は「15年」とはとりあえずの数字であり、その後の契約については改めて協議をするということで、「15年後に出ていってくれ」という前提ではなかったそうです。

ところが相鉄・東急新横浜線の建設が始まった2011(平成23)年頃に話が変わってきます。同線向けの車両増備が必要になったことで東急の方針が変わり、将来的な退去を求められたのです。

この時、直ちに着手すれば2019(平成31)年に間に合ったかもしれませんが、計画策定と各種手続き、工事に要する時間を考慮すれば、東急も期限内の退去を想定はしていなかったでしょう。貸し手側とはいえ、東急の都合で横浜高速鉄道に巨額の設備投資を迫る内容です。一方的な話ではなく両社で解決しなければなりません。

以降、両者は水面下で協議を重ねてきましたが、方針が固まったのが2017(平成29)年。ここで計画はようやく世間に発表されました。

ところが地元説明会は紛糾しました。車両留置場につながるトンネルが横断するのは横浜の高級住宅街「山手」。近年相次ぐトンネル建設中の陥没事故への不安や、騒音、振動などの心配から、住民から反対の声が相次いだのです。

元住吉からの「強制退去」はあるのか?

一帯は上総層群と呼ばれる堅い岩盤で、トンネルは地下20m、公園付近は地表から50m程度の深い所を掘るため、過去事例からみても地元が懸念する問題は起こらないと思われます。しかしすれ違いは、それ以前に起きていたような気がします。

前述のように説明会は「2019(平成31)年」という期限を強く打ち出したものでしたが、2年前に言われても本当に必要なのか、なくても何とかなるのではないかと思われても仕方ありません。

第1回説明会では「車庫の借地期限が2019(平成31)年1月までなのに、なぜもっと早く検討しなかったのか」との質問に対し、「数年前から先方と協議を続けてきておりましたが、検討が遅くなったのはご指摘の通りです」と回答しています。

これでは経緯は正しく伝わりません。その後、期限が過ぎても元住吉車庫から「強制退去」されないことを見て、やはりなくても問題ないのではないかと考えた住民もいたことでしょう。

2017(平成29)年より前、できる限り早く計画を公表すべきだった、発表後は経緯をもう少し丁寧に説明すべきだったというのが今回の教訓でしょうか。なお、東急とは車両留置場完成まで元住吉車庫を使用することに合意しているとのことです。

みなとみらい線の車両(画像:写真AC)。