杉咲花が主演を務める、同名漫画を原作としたドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレフジテレビ系)が、2024年4月より放送開始となる。演じるのは「過去2年間の記憶がなく、さらに今日のことも明日にはすべて忘れてしまう」という記憶障害を抱えた脳外科医だ。



カンテレ『アンメット ある脳外科医の日記』公式サイトより



 設定からして難役だと思えるが、直近の杉咲花は、もはや俳優として凄まじい領域へと到達しており、さらなる跳躍も期待できる。


 近年の映画3作品で、いい意味で単純な解釈に落ち着かせてくれない、多層的な内面が伺える、なんなら本気で恐怖を覚えるようなキャラクターを、鬼気迫るという表現でも足りないほどに演じ切っていたのだ。一挙に紹介しよう。


◆『法廷遊戯』での“無表情”の中の演技



『法廷遊戯』公式サイトより



 映画『法廷遊戯』(2023)は、同名小説を映画化した法廷ミステリーだ。杉咲花が演じるのは「血の付いたナイフを持ったまま親友の遺体のそばにいた」女性であり、それを目撃したのが永瀬廉扮する幼馴染で弁護士の主人公。そこから、二転三転する事態を経て、苛烈な過去と真実が浮かびあがっていく、いわゆる「どんでん返し」系の話運びが大きな魅力となっている。


 同作での杉咲花は主人公だけでなく観客にとっても「真意がわからない」キャラクターであり、劇中の多くで無表情に近い表情でありながらも、「何かを考えているような」印象も同居させている。


 ネタバレになるので詳細は伏せておくが、終盤では杉咲花というその人さえも、もはや恐ろしい存在とさえ映る、とてつもない演技をしていた。人によっては過剰にも感じてしまうかもしれないが、「この役にはこれほどの狂気的な表現が必要だった」と、個人的には大いに納得できた。


◆悲劇的な過去を持つ主人公を演じた『市子』


 映画『市子』(2023)は「プロポーズをした恋人が、なぜか翌日に姿を消してしまう」ことから始まるミステリードラマで、大きな特徴は時系列が激しくシャッフルする作劇。それはいたずらに複雑にしているわけではなく、「断片的にひとりの女性の謎めいた過去を知っていく」様が劇中の登場人物と一致しており、まるでパズルを解いていくような面白さにもつながっていた。


 杉咲花扮する女性の過去は悲劇的ではあるが、ただ「かわいそう」な印象だけを持たせない。時には「自分の信じているもののために行動する」精神的な強さを感じさせる一方で、別の場面では「何かを諦めている」ような表情を浮かべていたり、さらに別の場面では「恐ろしい選択ができてしまう」危うさをも表現していたのだから。


 そして、若葉竜也演じる青年といる場面は、わずかな時間だけでも、どこにでもいる普通のカップルに見える、幸せな日々があったと思えることが、より切ない。


 その若葉竜也はドラマ『アンメット』で杉咲花との再共演を果たし、そちらではマイペースな言動で彼女を導く存在となるそうだ。『市子』はAmazonプライムビデオで2024年3月8日より見放題配信となる。


◆公開中の『52ヘルツのクジラたち』



©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会



 2024年3月1日より劇場公開中の『52ヘルツのクジラたち』は、同名小説の映画化作品で、海辺の町に住む女性と虐待を受けていた幼い少年との交流と並行して、過去の親友との出会いが綴られるドラマ。


 その過去の場面で杉咲花が演じるのは、父親の介護のためにすべてを犠牲にし、母親から搾取をされ続けるヤングケアラーだ。



 中でも鮮烈な印象を残すのは居酒屋の場面。彼女の、自ら死を選ぼうとするほどの絶望を口にする様を見て、涙する人は多いだろう。この場面において杉咲花は、「精神状態がギリギリの状態から始まるシーンということもあり、その状況に自分を追い込みつつ、何度も繰り返し行われる撮影の中で最後まで鮮度を保てるかという緊張がありました」(プレス資料より)と語っており、その言葉でも表現しきれないほどの苦労があったことが伺える。


 その絶望を告白する姿を見ていたからこそ、彼女を救った親友との交流の中で、徐々に笑顔になり、時には心から幸せそうにふざけ合ったりする様にもまた涙腺を刺激される。志尊淳が演じるトランスジェンダー男性の言葉の1つ1つが、彼女にとっての救いになっていくことが分かる様も、また大きな見どころだろう。


 さらに圧巻なのは、優しいようで徐々に危うさを見せていく青年役の宮沢氷魚との関係だ。杉咲花は彼にアプローチをされ、ただ言われるがままの一方、漠然とした不安を抱えているように見える。


 



 その宮沢氷魚が、杉咲花だけでなく志尊淳にも「言葉は丁寧でも圧力をかけていく」様が恐ろしく思えるし、やがて杉咲花がはっきりとその圧力へ精神的な抵抗、さらには物理的な反撃をしていく様も、怖いと同時に共感できる、やはり多層性のあるキャラクターを杉咲花は、これ以上なく体現できるのだと思い知った。


 このように『法廷遊戯』『市子』『52ヘルツのクジラたち』と、直近の映画を振り返るだけでも、俳優として頭ひとつ抜けたどころではない実力を見せていることがわかる杉咲花。また新たな魅力を、きっとドラマ『アンメット』で発見できるだろう。


<文/ヒナタカ>


ヒナタカ】「女子SPA!」のほか「日刊サイゾー」「cinemas PLUS」「ねとらぼ」などで映画紹介記事を執筆中の映画ライター。Twitter:@HinatakaJeF