東京世田谷パブリックシアターで3月12日(火)に幕を開ける舞台『メディア/イアソン』。エウリピデスの傑作で知られる王女メディアの物語を、メディアとその夫・イアソンの出会いから別れまでを描く新たなギリシャ悲劇として描き出す本作。開幕まで2週間をきった3月某日、ぴあ編集部が稽古場に潜入! そこで目にしたのは……。

メディアといえば、夫イアソンの裏切りに対し我が子を殺めて復讐する「王女メディア」の物語が思い起こされる。ギリシャ悲劇の伝承を下敷きに、フジノサツコが書き下ろした舞台『メディア/イアソン』。おそらく荘厳な、深淵な劇世界が立ち上がるのだろうと勝手な予想を抱いて、その稽古場を訪れた。

演出家・森新太郎の指揮のもと、キャストは5人のみ。イアソン役の井上芳雄、メディア役の南沢奈央、ふたりのあいだに生まれた三人の子供たちを演じるのは三浦宏規、水野貴以、加茂智里の若き実力者たちだ。だが、本作ではイアソンとメディアの前日譚、つまりふたりの出会い、愛が育まれてゆく日々が丁寧に描かれ、他にも多くの役柄が登場すると聞いている。この少数精鋭の稽古場で何が起こるのか……!? はたして目にしたのは、予想をはるかに上回る、興奮を誘う一大冒険活劇だった。

イアソンが危険に満ちた航海の冒険に繰り出す幕開けから、メディアと出会い心を通わせてゆく過程において、イアソンの叔父、英雄ヘラクレス、メディアの父や弟など、さまざまな人物が現れてはふたりの人生に絡んでいく。その多彩なキャラクターたちを、三浦、水野、加茂の三人が、七変化のごとく瞬時に切り替えて担っていくさまがあまりに鮮やかで、これは一時も目を離したらダメだ! と前のめりになった。

森が鋭く、快活に指示するたびに場の熱量が上がり、俳優も瞬発して反応し、稽古スピードが加速する。森の演出作品に多く関わって来た新鋭の水野と加茂に対しては、期待と信頼が伝わる、より熱のこもった声が飛んだ。

「この台詞は大事な命題なんだよ。真っ直ぐ前を向いて、この命題を言って!」

演出家がかける発破によって、俳優の表現がみるみる研ぎ澄まされていくのを目の当たりにし、心が逸る。三浦はキャストの中で唯一、森演出が初体験でいながら、矢のように放たれる森の言葉を俊敏にキャッチして、ひたむきに、楽しそうにトライを重ねていた。持ち前の身体能力の高さを発揮し、次から次へと違うキャラクターに変身する姿が頼もしい。

数々のミュージカルで主軸を担って来た実績を思えば納得ではあるが、こんなにも表現の幅が広いのか! とあらためて感服。思い切りよく体当たりし過ぎて井上の足を踏んだのか、「あっ、ごめんなさい!」と素顔を覗かせた瞬間、稽古場に和やかな笑いが沸き起こった。

イアソンに扮する井上は、しっかりと腹に落ちた言葉、立ち姿の安定感にまず魅了される。その上で、冒頭での16歳の少年イアソンが見せる心許なさと、その不安定な隙間からこぼれる才覚の輝きに目を奪われた。ところどころで放つ“はにかみ笑い”の破壊力ある愛らしさは、彼の華やかなキャリアの中でもあまり見せたことのない、貴重な表情だろう。

英雄ヘラクレスとのやりとりでは未熟ゆえの自信の無さがコミカルに映し出されるが、その後の冒険を経てメディアと巡り合い、結ばれていくイアソンの内面変化を、本番の舞台で井上がどう体現するか、注目必至である。続くメディアのシーン稽古は、とてつもなく長い独白を巧みに操る南沢の独壇場だった。イアソンへと急激に傾いた恋心に、悶え苦しむ姿が瑞々しい。

森が投げかける提案を素直に吸収し、的確に表していく南沢の適応力の高さに驚かされた。肝心のイアソンとメディアが絡むシーンの稽古は残念ながら見届けられず、確かな表現力を誇るふたりの化学反応に期待が募るばかりである。

言葉の掛け合いの魅力のみならず、フィジカルを駆使した場面のダイナミックさにも魅せられた。槍やフラッグ等の小道具を使ったパフォーマンスなど、見どころは満載。ギリシャ悲劇の神秘性はそのままに、疾走感あふれる展開が実に爽快だ。本番ではセットの転換、衣裳替えがあることを思うと、このスピード感で、キャラクターの千変万化は一体どうなる!? あの初々しさに満ちたイアソンとメディアが、何故に復讐劇にまで行き着くのか!? 開幕はもうすぐ、劇場でその答えに痺れることを心待ちにしている。

取材・文:上野紀子 撮影:藤田亜弓

<公演情報>
『メディア/イアソン』

【東京公演】
2024年3月12日(火)~3月31(日)
会場:世田谷パブリックシアター

【兵庫公演】
2024年4月4日(木)~4月6日(土)
会場:兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2347733

公式サイト:
https://setagaya-pt.jp/stage/2164/

※記事初出時、公式サイトのリンクが誤っておりました。訂正してお詫び申し上げます。

『メディア/イアソン』稽古より