『悪なき殺人』(19)などで知られる鬼才ドミニク・モル監督が、実際に起きた未解決事件をテーマに描くサスペンス『12日の殺人』(3月15日公開)。ある焼殺事件の犯人捜しというスリリングな展開と共に、事件にのめり込むうちにその闇に飲み込まれていく刑事捜査官たちの葛藤までを掬い取った見応えのある1作として完成している。あらゆる捜査に従事し、数々の事件関係者と対面してきた元警視庁刑事で、防犯コンサルタントの吉川祐二にいち早く本作を鑑賞してもらったところ、「捜査官の一挙手一投足が、非常にリアルだった。温度感のあるやり取りだけでなく、彼らの私生活や裏側も目にできる映画」と感心しきり。そんな吉川が今回、『12日の殺人』に感じたリアリティや、未解決事件に挑む捜査官の心境、ハードな仕事への原動力を語った。

【写真を見る】吉川祐二が、『12日の殺人』で描かれる捜査員の心境に共鳴!取り調べ術や原動力までを明かす

■捜査官ヨアンのセリフに詰まった取り調べの極意「相手以上にしゃべったら、逆効果」

フランスの地方都市で10月12日の夜、帰宅途中だった21歳の女子大生クララ(ルーラコットン・フラピエ)が何者かに火をつけられ、翌朝、焼死体となって発見されることから始まる本作。地元警察でヨアン(バスティアン・ブイヨン)を班長とする捜査班が結成され、地道な聞き込みから次々と容疑者が捜査線上に浮かぶものの、事件はいつしか迷宮入りとなってしまう。

クララが亡くなり、ヨアンたちが家族にその事実を伝えにいく場面では、捜査官の一人が「親に子どもの死を伝えるのはつらい」と言い淀んでしまう姿が描かれている。吉川はそんなシーンについて「捜査官たちの心の動きが、とてもよく映しだされていた」と分析。「私も経験があります。つらい状況を伝える際、こちらとしても言葉の一つ一つを発するにも、『実は…』とどうしてもためらってしまう。あの役者さんの演技は、すばらしかったですね」としみじみ。クララの生前の写真を見たヨアンが立ち尽くす様子も、とても真に迫っていたと話す。

事件を捜査していくなかで、クララと関係を持っていた複数の男性の存在が明らかになっていく。捜査官たちは彼らの取り調べを行うことになるのだが、わざと刑事をイラつかせるような態度を取る人、情報を小出しにする人など、様々な相手が出現する。吉川は「刑事をイラつかせるような態度で取り調べに応対する容疑者は、結構いるものです。刑事としては、グッと堪える瞬間も多いです」と苦笑い。ヨアンの相棒であるマルソー(ブーリ・ランネール)が、怒りに任せて、容疑者を攻め立ててしまうような瞬間もある。そこでヨアンは「相手以上にしゃべったら、逆効果だ」とマルソーを諭すが、吉川は「これは、まさにその通りです」と、刑事として忘れてはいけない取り調べの極意が詰まったセリフだと大きくうなずく。

吉川は「取り調べをする相手というのは、一人一人まったく違います。大声で取り調べたほうが良いケースもあれば、ささやくように話したほうが良いケースもある。一人二役になって、そのどちらもやる場合もありますね。大切なのは、“この人にはどういった取り調べが有効なのか”を見極めること。そして相手の話をよく聞くこと。相手から話をどれだけ引きだせるかということが、取り調べの成功率を高めます」と力を込めつつ、「実は、私が取り調べ技術を身につける際、参考にした方がいるんです」と告白。

それは1977年から87年まで放送された二谷英明主演のドラマ「特捜最前線」で大滝秀治が演じた船村一平刑事だそうで、「大滝さんが演じる船村刑事は、相手が言っていることをすべて信じて、すべてを聞き取る。相手がバーッと話しだして、それが嘘だとわかっていても『そうか、そうか』ととにかく聞く。そうやって聞いたあとに『ところで、さっきこう言っていたけれど…』と相手の話の隙を突いていく。これは見事な取り調べ技術ですね。話をしているうちに、目や態度から心の中までが見えてくるもの。そのような態度も含め、人間観察をすることで取り調べがスムーズに運びます」と明かし、「マルソーを諭すヨアンを見ていると、刑事にとって相棒の存在も大切だということがわかる」と続ける。

未解決事件に挑む葛藤「自信をなくしてしまうこともある」

次第に捜査は、立ち往生。捜査が難航していく過程では、捜査官たちが証拠もないなか犯人を“男性だ”と決めつけてしまう展開もある。吉川は「クララの女友だちを取り調べする際にも、男性との交友関係に絞って、話を聞いていました。あのように、決めつけや一方的な目線で取り調べを行うことは大変危険です。考えが偏ってしまうと、事件の本質からどんどん離れてしまう。そこに相棒がいれば、『ちょっとそこはもう1回考えてみましょう』と修正を促すこともできる。そういったことも相棒の役割です」とその重要性について説く。

捜査官たちは事件にのめり込むうちに精神的に疲弊し、それが私生活にも影響を及ぼしていく。吉川は「解決していない事件に関わっている時は、どうしても私生活でもそれを引きずってしまう」と劇中の捜査官たちに心を寄せつつ、具体的なシーンについてこう語る。

マルソーは私生活で夫婦関係に問題を抱え、離婚寸前の状況に苦しんでいる捜査官だ。吉川は「クララのことを聖女だと言う人もいれば、悪女だという人も出てきます。悪女だという話になった時に、マルソーは、自分と奥さんとの問題と絡めながらクララのことを考えてしまう。あの描写は、マルソーの混乱をよく映しだしているなと驚きました」と事件と私生活との境界線でもがくマルソーについてコメント。「また容疑者の恋人が自分の奥さんと同じ名前だとわかると、マルソーは過剰に反応したりしていましたね。刑事って結構、自分が取り扱った事件の関係者の名前をいつまでも覚えているものなんですよ。私自身、少年係の仕事に従事していた際にはたくさんの少年たちと出会い、名前も覚えるようになりました」と振り返る。

ヨアンも、常に関係者の証言やクララの無残な遺体が頭を駆け巡り、自身の心が“壊されていく”ような精神状態に陥ってしまう。吉川は「事件が解決をしないうちは、潰されてしまうような気持ちになることがよくあります」とヨアンの心情に共感しきり。「私も、逮捕状を取って指名手配をしても、なかなか容疑者が捕まらなかった経験があります。捕まるまでは、毎日そのことばかりを考えていました。宿直明けで家に帰って子どもをお風呂に入れている時に『あそこに立ち寄ったらしい』という電話がかかってきて、慌てて飛んでいったこともあります」とやはりなにをしていても事件のことが頭から離れなかったそうで、「日本では現在、警察から指名手配をされている者は約540人にも上ります。そういった未解決事件に携わっていると『これで間違いないのか?』とプレッシャーがのしかかったり、自信をなくしてしまうこともあります」と話すように、その苦悩や重圧は相当なものだろう。

■「刑事はとてもすてきな職業」ハードな仕事における原動力とは?

取り調べに苦労し、捜査官が怒りをぶつけるように廊下の壁を叩くシーンについて、「ああいうこともありますね」と目尻を下げた吉川は「フランスでも日本でも同じなんだなと思いました。刑事は正義のために行動し、真実を追求していきます。どうしても自分の思い通りにいかないことも出てきますから、苛立ちを物にぶつける人だっています。私たちの時代はロッカーを蹴っ飛ばしながら歩いている人を見たことがありますよ」と述懐。

劇中では、捜査官という仕事について「おかしな稼業だ」と分析する者もいる。吉川は「刑事をやっていると、ストレスやトラブルは付きものです」と打ち明けるが、本作を観ても身を削りながら、事件解決に勤しんでいる捜査官とは、なんともハードな仕事にも感じられる。しかし吉川は「すごくすてきな仕事だと思っています」と誇りと情熱をみなぎらせ、「数多くの人とお話ができるし、なによりも事件を解決できるという意味では、本当にすてきな職業。事件解決までには紆余曲折がありますが、決して嫌な仕事だとは思っていませんでした」とキッパリ。

原動力となったものについて尋ねてみると、「綺麗事のようですが、本音を言いますよ」と前置きしつつ、吉川は「『ありがとうございました』『助かりました』と言ってもらえた時の気持ちは、最高です。僕が少年係にいた時に、家出をした女の子を捜索したことがあります。ある時、その子が戻ってきて、僕が転勤した先にお母さんと一緒に訪ねてきてくれたことがあって。『吉川さん、おかげさまで助かりました』と言ってくれたんですが、なんとその子は自分の赤ちゃんを抱いていました。その姿を見てうれしくなっちゃいましたね」とあらゆる人生に関わった日々を回想し、目を細める。

モル監督は本作を制作するにあたって、実際にグルノーブル警察に赴き、1週間かけて捜査官たちの日常を観察したのだという。警察監修としてあらゆるドラマや映画に携わることもある吉川から見ても、本作は「刑事のプライベートや葛藤を、とてもよく映しだしている映画」だと太鼓判。「本作を通して、刑事や警察官たちも、実はこうやって悩みながら仕事に従事しているんだという点について見ていただけたらうれしいです。本作に出てくる刑事たちの姿には、いい意味で飾りっ気がない。そういった姿を知ってもらえたら、刑事を見る目が変わってくるかもしれません」と期待していた。

取材・文/成田おり枝

未解決事件に挑む心境とは?映画『12日の殺人』捜査員たちのヒリヒリとするような葛藤が浮き彫りとなる/[c]2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma Fanny de Gouville