中国における環境汚染は、中国国内に甚大な被害をもたらすだけに留まらず、光化学スモッグなどは、日本をはじめとする周辺国にも影響が及んでいます。本記事では、香港の金融調査会社ギャブカルのリサーチヘッドであり、米国の米中関係委員会(NCUSCR)のメンバーでもあるアーサー・R・クローバー氏による著書『チャイナエコノミー 第2版』(白桃書房)から、中国の環境問題の根本的な原因と今後の動向について解説します。

中国の環境汚染はどれほどひどいのか?

2013年1月、中国や世界のメディアの報道により、特に深刻な北京のスモッグに世界の関心が集まった。いわゆる「エアポカリプス【訳注:Airpocalypse(最悪の大気汚染):airとこの世の終わりを意味するapocalypseを組み合わせた造語】」だ。

北京の空は、1m3当たり800マイクログラム近くにも及ぶ微粒子で暗くなった。これは世界保健機関〈WHO〉が安全と考える値の30倍以上の水準で、この恐ろしい状況がきっかけとなって、より真剣な公害対策が進められるようになった

※「エアポカリプス」と大気中の微粒子PM2.5による大気汚染の問題では、中国の平均的なPM2.5のレベル(2010年代では1m3当たり90マイクログラム、現在は5マイクログラム程度)が、WHOの「安全」基準(同25マイクログラム)と比較されることが多い。しかし、開発途上国では工業化の初期段階では排出ガスが増えることが認識されており、WHOはいくつかの推奨段階を設けている(同70、50、30マイクログラム)。

中国の環境問題は、国際的・歴史的な観点からも検証する必要がある。

これまでに豊かになった国々では、その過程で環境がかなり汚染された。近年は、中国の有毒なスモッグや化学物質の河川への流入がニュースで取り上げられるが、1970年代には、日本の環境についてほぼ同じような記事が書かれていた。また、1960年代には、米国のピッツバーグやロサンゼルスなどの大都市で大気汚染が深刻な状況となり、工業地域では河川が発火し、また化学物質による汚染のため居住には適さない地域も出ていた。

こうした環境汚染を取り除くのには何十年もかかったし、これからもまだ対策が必要だ。

国の経済発展と環境問題の関係

中国の環境問題は、すべての工業国を苦しめてきた症状が、深刻な形で表れたものと捉えるのがより正確だ。では、どのくらい深刻なのか。下記図表はその疑問に答えようとしたものだ。

このグラフは、イエール大学の「環境パフォーマンス指数」の値と、1人当たり所得(購買力平価で換算)との関係を示したものだ。

このグラフからは次の2点が読み取れる。

1点目は、国の所得レベルと環境に強い相関関係があることだ。一般的には、国が貧しいときには環境にほとんど配慮しないが、豊かになるにつれて汚染に対処し、目に見えてきれいな環境となっていくと考えられているが、このグラフはそれを裏付ける。

2点目は、中国のパフォーマンスが、分布から大きく外れているわけではないものの、あまりよくないということだ。中国のスコアは、その所得レベルから期待される値よりも12%低い。中国以外で、期待値よりも実際の数値が10%以上低い国は、インドトルコ、韓国、米国の4ヵ国だ。ここから、中国の環境問題を考える枠組みが浮かび上がる。

中国の環境問題の今後

中国の公害問題のある部分は、近年の急速な工業化と相対的な所得の低さを考えると「標準的な」ものと捉えられる。しかし、すべてが標準的なのではなく、相対的には「環境低成績国」であり、中国はその仲間の国々(インドトルコ、韓国、米国)と共通する特徴を持っている。

中国は韓国と同様に「東アジア発展モデル」を採用しており、工業化を強く推進して経済を成長させることに大きく重点を置いている。また、インドや米国と同様に、非常に規模の大きな国である。そのため、このスコアで上位を占める西欧の小規模な国々と比べて、広い国土で国民全体に対し、環境保護を実現すべく調整するのがより困難だ。

加えて、米国と同じく、中国も超大国を目指しており、そのため環境問題などの「ソフトな」懸念は差し置いて、大国の基盤となる工業と技術の発展に野心を燃やしがちになる。

中国では、法的な制度が弱く市民社会の力も弱いので、環境保護の動きを結集するのが難しいということもあるだろう。したがって、中国の環境保護活動は、行政によるトップダウンの取り組みに大きく依存することになる。

2013年9月には、「エアポカリプス」への対応として、政府は国家的な大気汚染アクションプランを展開し始めた。2017年から19年の冬には、中国北部で建設と重工業の生産を抑える運動も展開され、さらなる削減が実現したとみられる。北京における大気汚染の改善は特に顕著で、PM2.5の濃度は2014年には1m3当たり89マイクログラムだったが、18年には51マイクログラムまで低下した。

大気汚染対策が比較的成功したことからは、トップダウンによる取り組みの威力と限界の両方が見えてくる。目標とした汚染物質の削減は鮮やか、かつ迅速であり、注目されやすい。しかし、それによって意図しなかった副作用(編集注:スモッグの原因となるオゾンの排出増など)も生じた。

また、汚染された河川や湖、土壌の浄化など、他の重要な環境問題への取り組みはほとんど始まっていない。今後しばらく、環境のダメージは大きな問題であり続けるだろう。  

アーサー・R・クローバー

香港金融調査会社ギャブカル

リサーチヘッド

※本記事は、THE GOLD ONLINE編集部が『チャイナエコノミー 第2版』(白桃書房)の一部を抜粋し、制作しました。

※画像はイメージです/PIXTA