昨今、同意のない性行為についてニュースで見聞きする人はいるのではないでしょうか。日本では「性教育後進国」と呼ばれるほど、性教育にまつわる適切な情報にアクセスしづらい現状があります。



ラビアナ・ジョローさん



 そんな中、TENGAヘルスケアで会社員をしながら、ドラァグクイーン性教育パフォーマーとして活動するラビアナ・ジョロー(30歳・@labiannajoroe)さんは、性教育の重要性を訴える活動を行っています。


 SNSを中心に賛否両論が起きやすい性教育フェミニズムについて、自身のパフォーマンスに乗せてコミカルに発信するユニークなスタイルを持ち、日本では珍しいともいえるドラァグクイーンです。


 前編では、彼女の遍歴を辿るとともに、現在の活動に至ったきっかけや性教育の重要性について聞きました。


性教育パフォーマーとして活動するまで



クラブイベントに参加するラビアナさん



――今の活動を始めたきっかけを教えてください。


2018年2月にデビューしました。当時は社会人2年目で職場と家の往復に嫌気が指し、何か新しいことを始めたいとぼんやり考えていました。そんな時、友人からハロウィンパーティーに誘われ、思い切ってメイクをやってみようと思ったのが今の活動の始まりです。


定時ダッシュして、ドンキで買い漁ったコスメでメイクの練習をしていましたね(笑)。そこで、もともと興味があったヘアメイク、コスチューム、ダンスを組み合わせてみたら、ドラァグクイーン(以下、ドラァグ)であることに気づいたのです。


その後もドラァグの格好でゲイバーやゲイクラブに頻繁に行くようになり、そこで「ドラァグクイーンとしてショーやってみれば?」と言ってもらったことがきっかけで、本格的にデビューすることになりました。


――もともとメイクには興味があったのですか?


今でこそ「メンズメイク」や「メンズコスメ」という言葉が浸透し(表現については問い直す必要はあるかもしれませんが……)、性別関係なくメイクする人が増えつつあります。しかし、当時はそのような環境はなかったですね。


幼少期はお母さんの口紅に憧れて、隠れてメイクしたりしていました。なんとなく自分のやっていることが「ダメなこと」だと思っていたんでしょうね。


――実際にドラァグクイーンとして活動してみてどうでしたか?


最初はドラァグの格好をした自分を鏡で見た時、「この人は誰だ!?」とびっくりしました(笑)。新たな自分を発見し、それに慣れてくると次は周りの自分との接し方について面白さを感じるようになりました。


ミッキー現象」と呼んでいるのですが、ミッキーマウスに会うと嬉しいように、ドラァグの格好をした自分を見て、普段出さないような感情を出してくれる人がいるんです。すっぴんの時よりもドラァグの時の方が「非日常的」というか。だからこそ、興味を持ってくれる人がいて、みんなとの距離が近い気がします。


タブー視された性教育について発信する



性教育の文脈から「 アソコ」をテーマとしたショーを行った際のラビアナさん。「洋画などの字幕で女性器外陰部のことを“アソコ”と訳していることを皮肉に表現しましたた」とのこと



――性教育を発信しようと考えた理由はありますか?


出身地のブラジルでの経験が大きく影響していると思います。学生時代、ブラジルに一時帰国していたのですが、そこで感じたのは、ブラジルの学校制度が日本とは異なるということでした。


当時ブラジルでは、学力や単位を満たしていないと義務教育でも留年するのが一般的で、さまざまな年齢の生徒が同じ教室で授業を受けていました。学校は朝・昼・夜の3部制(夜は高等部のみ)で、中には妊娠している生徒もいました。ブラジルでは中絶が違法なので、妊娠した場合は産む以外の選択肢がないことを知った時はかなりショックでした。


一方で、ブラジルの性教育は進んでいるとは言えませんが、当たり前のようにコンドームの付け方や望まぬ妊娠の避け方などを教えてくれます。なので、日本に来た時には性教育が遅れていることを感じ、性教育を発信しようと考えました。


――「性」にまつわるテーマは私たちにも密接に関係していると。


そうですね。性を「恥ずかしいもの」「してはいけないもの」として捉えるのではなく、それにより身体や精神が健康な状態になること、つまり「セクシャルウェルネス」の文脈を重視しています。かつてはアダルトグッズと呼ばれていたものも、今ではセルフプレジャーグッズと呼ばれるなど、性教育だけでなく性の健康に関しても私たちの日常となりました。


――ドラァグクイーン性教育の組み合わせは興味深いです。


パフォーマンスは主にクラブイベントで行われることがほとんどですが、クラブというと社会的には「危ない場所」という先入観があります。ですが、単純に自分のコミュニティや居場所を求めている人がそこにいるのも事実です。


ただ、その中で性暴力・被害があることも確かです。そこで、普段は話せないようなテーマをパフォーマンスを通じて発信し、みんなが気軽に話し合える場を提供したいと思い、性教育パフォーマンスを始めました。


――具体的に、どのような内容のパフォーマンスをしていますか?


過去にやったのは、薬物依存、性感染症予防、コンドームのつけ方、性的同意、LGBTQ+の人権などについてです。


◆問題を可視化させるために「対話」から始める



――どのような思いでパフォーマンスしていますか?


私が発信している性教育フェミニズムは普段あまり話されないじゃないですか。それについて話すと周りからは「意識高い人」だと思われ、それが嫌だという意見も耳にします。


なので、私はどんな形でも良いから「対話しよう」というスタンスです。対話することで問題が表面化し、制度や社会構造が変わっていくと信じているので。


――対話でいうと、特にSNSではアンチのコメントも多く、なかなか難しいように感じます。


フェミニズムLGBTQ+という言葉の認知は上がってきているものの、それが何を意味しているのかまでは浸透していない印象があります。なので、言葉を知らない人たちは「なんか盛り上がっている人たちがいるな」といった認識を持ってしまうと感じていて。


特にSNS上でアンチが多いのは、極端な例が突出しているからだと思うんですね。過激なアンチ派に対抗し過激な人たちが出てくると、それに反抗しようとさらに反対派が激化するため、対立構造が生まれている印象があります。


――発信する際に気をつけていることはありますか?


やはり勉強はし続けなければなりません。世界と日本の性教育における現状や、現在話されていることなどについては日頃から調べるようにしています。性教育は性交渉について教えるのではなく、自分と相手を大切にすることから始まるものです。なので、それを噛み砕いて、わかりやすく発信することは意識しています。




――性教育というと、堅苦しいイメージを持つ人もいるかもしれないですよね。ラビアナさんのように“ポップに”問題提起することで、多くの人に知るための入り口が開かれているように感じます。


メイクが好きな人やドラァグのパフォーマンスを見たい人、音楽を聴きにクラブに行く人など、もともと性教育に興味関心がなくてもいいのです。1人でも「こういうのがあるんだ」と性教育について知ってもらえたら嬉しく思います。


ドラァグクイーンは女性のテンプレを蔓延させる?



体毛を生やすスタイルを貫いている



――ラビアナさんは体毛を生やしたスタイルが印象的です。ある種、冗談まじりに性教育を発信しているようにも捉えることができ、そのギャップが魅力的だと感じたのですが、そのようなスタイルに至った経緯を知りたいです。


小3くらいから体毛が生え始め、毛深いことにコンプレックスを持っていました。最初は足の毛を剃ったり、まつ毛を切ったりしていたのですが、剃る行為って自分を痛めつけるというか、荒れるし痒いし痛いんです。


最初は毛を剃ってドラァグをしていたのですが、剃らなきゃいけないというプレッシャーがどこから来ているのか考えた時、ドラァグクイーンは「社会がつくり上げた女性性を表現するアート」だと思い始めました。


そこから体毛を生やしていても美しいことを証明したいという思いが強くなり、それから今のスタイルを実践しています。私のスタイルを見た人が「違和感」を抱き、女性らしさについて考えるきっかけになればいいなと。


――ドラァグクイーンは一般的に「女性性を誇張した存在」とも言われ、中には女性らしさのテンプレを助長させているという意見も存在します。それに関しては、どのように捉えていますか?


私も女性を馬鹿にしているんじゃないかという意見は言われたことがあるのですが、ドラァグは女性らしさのテンプレを助長するというより、女性らしさをみんなで見直すきっかけになると考えています。


例えば、男性を「女々しい」と表現すると悪口に聞こえるじゃないですか。ですが、女々しいことがなぜダメなのか、ネガティブに聞こえるのか、むしろパワフルなことではないのか。と考えることができます。


◆多様化するドラァグクイーン



――ズバリ、ラビアナさんにとって「ドラァグクイーン」とは?


ジェンダーで遊ぶアートだと考えています。ただ、国によっても何をドラァグとするかは若干異なるかもしれません。アメリカはミスコンが盛んな国で、ドラァグクイーンにおけるミスコンも体毛があると減点されたりなど、「女性らしさ」のイリュージョンを見せる側面が強い印象があります。


イギリスドイツなどのヨーロッパでは「ジェンダーベンダー」といって、性別に基づいた先入観を折り曲げるようなスタイルがあり、髭を生やしたドラァグクイーンなどが見られます(もちろんアメリカにもいます)。ドラァグクイーンに対して、「ドラァグキング」という男性性を誇張したアートも存在します。


――社会の持つジェンダー観によって、ドラァグクイーンのあり方も変化し得るのでしょうか?


そうですね。最近では、ジェンダーを感じさせないようなドラァグクイーンもいて、女性でも男性でもない宇宙人のようなスタイルや、その中でも少し女性的な要素が入っているスタイルなど、さまざまです。


なので、ドラァグに正解はありませんし、社会が変わればドラァグのあり方も多様化すこともあると思います。


<取材・文/Honoka Yamasaki>


【Honoka Yamasaki】昼間はライターとしてあらゆる性や嗜好について取材。その傍ら、夜は新宿二丁目で踊るダンサーとして活動。Instagram :@honoka_yamasaki



ラビアナ・ジョローさん