元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。



撮影/中村和孝



 そんな宇垣さんが映画『哀れなるものたち』についての思いを綴ります。



©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.



●作品あらすじ:19世紀末、現実とは異なる世界線イギリス。川に身投げした若い女性は、マッドな天才外科医の手によって、奇跡的に蘇生しましたが、脳は生まれたての状態でした。なぜなら、身ごもっていた彼女の胎児の脳を移植されたからです。


この、“見た目は大人、頭脳は子ども”という奇想天外な難役を演じるのは、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞を受賞したエマ・ストーン。彼女は主演とプロデュースをつとめ、本作は『女王陛下のお気に入り』以来のヨルゴス・ランティモス監督との再タッグによって成功をおさめています。


すでにヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞し、3月11日(日本時間)開催の第96回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされ、見事エマ・ストーンが主演女優賞に輝きました。加えて美術賞、衣装デザイン賞、メイク・ヘアスタイリング賞も獲得。


この日本でもヒット中の話題作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です。)


◆毒々しい大人のおとぎ話、いや、美しい悪夢のよう



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画面いっぱいに広がる独特の映像美ととがった衣装にこだわりの美術、なにより好奇心の赴くままに「なぜ?」と問い続けることで生まれる会話劇が脳を刺激して離さない。鑑賞後、爽快感と愛おしさと共に、なんだかむくむくと力が湧いてきた。ああ、この映画は人生と成長、自由と知性への力強い賛歌だ。


自殺したものの天才外科医の手によって己の胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇(よみがえ)った美しい女性。身体は大人ながら精神は赤子の状態である彼女は外科医によってベラと名付けられ、過保護に育てられるものの、やがて外の世界を渇望するようになる。


そしてプレイボーイな弁護士ダンカンの誘いにのって、世界各地を巡る冒険の旅へ。その中で多くの人に出会い、時に貧困や格差など世界の綻びを目の当たりにしながら、ベラは大人へと成長していく。



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水彩画のような鮮やかに広がる空にスチームパンク風の幻想的な街並み、武器のようにどでかいパフスリーブと庭を歩くアヒルと豚のキメラ


魚眼レンズを用いた歪(いびつ)な映像や不協和音の音楽も相まって、ヨルゴス・ランティモス監督のらしさが全開になった世界観はまるで毒々しい大人のおとぎ話、いや、美しい悪夢のよう。


◆女性はペットやお人形さんじゃない!所有物扱いする男たちへの皮肉
肉体や見た目はほとんど変わらないのに、幼児から大人の女性へと凄まじいスピードで成長していく過程を見事に表現したエマ・ストーンの演技はただただ圧巻。


何より思い出すだけで笑えてくるのは、常識などといった固定概念から自由なベラが、思いのままに突き進み、彼女を守るべき所有物であるかのように振舞う男たちを蹴散らす様だ。



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特に己の大人の魅力でベラを手懐(てなず)けられると信じきっていたダンカンが、やがて彼女のあくなき知的好奇心と自立心によって振り回され、ついにはみっともなく縋(すが)る哀れで滑稽(こっけい)な様子といったら!


“男らしさ”への皮肉たっぷりで胸がすくような思いがした。こちとらペットやお人形さんじゃないんでね。


◆本を奪って捨てる男/本を次々と差し出す老婦人



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もうひとつ忘れられないのが、ベラが船旅で出会う老婦人・マーサとのやり取りだ。


まだ幼いベラの不躾(ぶしつけ)な質問に対しユーモアを交えて答え、読書という新しい道を彼女に示すマーサ。ベラの成長が許せず、彼女の本を奪い海に捨てるダンカンを尻目に、そんな彼をあしらうかのようにすかさず次々と自分の持っていた本をベラに差し出す。


学ばんとする意思は決して奪えないことを、諦めなければどこまでだって世界を広げていけることを知っている人の佇(たたず)まいで、まさにこの作品を象徴するようなシーンに胸がいっぱいになった。


◆私も“女性らしさ”の名の元に阻まれてきた道があった



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ベラはその眼で世界を知り、やがて世界の不完全さに絶望を覚えながらも、決して本を手放さず、学び続けることを止めない。必要とあらばその身で日銭を稼ぎ、女性と連帯しながら自分らしさを掴(つか)んでいく。


私の身体はどの部位だって余すことなく私のものでしかないのだ、と力強く宣言するその振舞いがあまりに清々しく、思わずうっとりとしてしまったのは、私もまた幾度となく“女性らしさ”の名の元に阻(はば)まれてきた道があったから。


◆不条理、不平等、でも諦めたくなんかない



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ベラの生きる世界と同じく私たちの生きる世界も不条理で不平等だ。依然として続く戦争、哲学や宗教の意義を見失ってしまうような虐殺、搾取や差別を前に世界に絶望し、何もできない己の無力さに打ちひしがれてしまう日もある。


それでも、私だって本を奪われ捨てられた同志には何度だって別の本を手渡し続けたいし、学ぶことを、知ることを、世界をより良い場所にすることを諦めたくなんかない。


◆さあ、新たなプリンセスの登場に大きな拍手を



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「世界を知り、改善する。」ベラが宣言したように、哀れで愚かで間違いだらけの私たちにだってきっと、それができるはずなのだ。


さあ、新たなプリンセスの登場に大きな拍手を。神なる父が、魅力的な王子様が止めたとしても、彼女は己の信じるままに狭い箱庭を飛び出し、アイデンティティと本を携え革命の道を突き進む。弁(わきま)えてなんかやらない。ざまあみろ!
哀れなるものたち』上映中
監督ヨルゴス・ランティモス 原作:アラスター・グレイ 脚本:トニー・マクナマラ 出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー 製作:2023年/イギリス142分/R18+ 字幕翻訳:松浦美奈 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.


<文/宇垣美里



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ヨルゴス・ランティモス監督 ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.



宇垣美里】’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。



撮影/中村和孝