3月9日午後6時30分から放送された『R-1グランプリ 2024』(カンテレ・フジテレビ)。今年で第22回を迎えた大会は「芸歴制限撤廃」と大きくルールを変更し、過去最多の挑戦者で盛り上がった。『M-1グランプリ』『キングオブコント』など有名お笑い賞レースの採点結果を分析してきたお笑い好きテレビっ子・井上マサキ@inomsk)が、『R-1グランプリ 2024』を解説、お笑いを愛するまつもとりえこ@riekomatsumoto)がイラストを担当します。

◆序盤の大波”がR-1グランプリにも

おかえりなさいって言われたけど、締めだしたのはそっちじゃん」

 1本目を終えたルシファー吉岡は冗談交じりにそう言った。突然「芸歴10年以内」という制限がかけられてから4年。芸歴制限が撤廃された『R-1グランプリ 2024』には、堰を切ったように過去最多5457人がエントリー。ファイナリストもベテランからアマチュアまで幅広い顔ぶれとなった。

 その混戦から抜け出し22代目の王者となったのは、温水プールで石川啄木と出会い(嘘)、モーニング娘。になるはずだった(嘘)、芸歴20年で初出場の街裏ぴんく! 激戦となった今大会を、審査員の採点から振り返りたい。

 審査員は前回に引き続き、陣内智則バカリズム小籔千豊野田クリスタルハリウッドザコシショウの5名。ファーストステージは1人100点満点で採点し、上位3名が最終決戦に進出する。

 まず採点表で目に付くのは、序盤の高得点の多さ。2番手のルシファー吉岡と、3番手の街裏ぴんくに多くの審査員がこの日の最高得点を付けている。トップバッターの真輝志も合計で4位となる高水準だ。

 思い返すと、昨年の『キングオブコント2023』はトップ(カゲヤマ)と2番手(ニッポンの社長)が、『M-1グランプリ2023』はトップ(令和ロマン)と3番手(さや香)がファイナルに進出し、令和ロマンに至っては優勝を果たしている。3番手までのうち2組がファイナルに進出するという”序盤の大波”が、R-1グランプリにまで波及しているのはいったい何の因果だろうか。

◆「ネタ時間4分」の明暗

 その因果を説明できるとしたら、ネタ時間の拡大にあるかもしれない。今大会は決勝のネタ時間が、3分から4分に増えているのだ。ネタ時間が4分になるのは、佐久間一行が優勝した2011年以来13年ぶりのことである。

 1分間は思った以上に長い。4分になったことで有利と言われていたのが、コントや漫談だ。「もうひと展開」が加えやすくなり、ストーリーに厚みが生まれ、観客を自分の世界に引き込む時間ができる。ファイナルに進出したルシファー吉岡、街裏ぴんく、吉住3人はいずれもコントか漫談であり、審査員からも技術や熱量を讃えるコメントが目立った。470点台に乗ったのもこの3人だけだ。

野田「ピン芸を極めているなと。このコントを2人でやるより面白い」(ルシファー吉岡に対して)
ザコシ「エネルギーがすごい。このエネルギーが今のテレビに必要」(街裏ぴんくに対して)
バカリ「台本に一切無駄がないし、演技力が抜群。他の方がやってもここまで面白くできない」(吉住に対して)

 一方で苦戦したのが、フリップ大喜利を中心に構成したネタ。フリップによる瞬発的な笑いは短いネタ時間には有利だが、ネタ時間が長くなるとパターンが知られて飽きられやすくなるため、伏線を回収するなど何らかの工夫が必要になる。コントとフリップのどちらが優れているとかではなく、長距離走と短距離走の戦い方の違いのようなものがそこにある。

 そして今回の場合。たまたま序盤にベテランのコント&漫談が固まり、ネタ時間の拡大もあってその熱量がスタジオに充満した結果、中盤以降のフリップ組に影響が出たように採点表からは読み取れる。そしてその停滞を吉住が払いのけ、トンツカタンお抹茶かりんとうの車に乗り、どくさいスイッチ企画ツチノコを見つける……という流れなのだった。どくさいスイッチ企画は大会史上初のアマチュアでの決勝進出。このメンバーで4位という成績は誇るべきことだろう。

◆5人の審査員それぞれの「個性」

 各審査員の採点の仕方も、よく見ると個性が見えてきて面白い。バカリズムは1点刻みで採点をし、最高点と最低点はさらにもう1点差をつけている。各組に明確に点差を与え、高低差をつける採点だ。陣内と野田も、同点はあるもののほぼ1点刻みで採点をしていることが読み取れる。

 一方、小籔千豊は9組の採点が92点から95点の範囲に収まっており、最高点の95点は2組、最低点の92点は3組と複数の組が同点に。自分の中に「天井」と「底」が決まっているかのよう。そして最も分かりやすいのがザコシショウだ。ルシファー吉岡と街裏ぴんくには95点と96点、それ以外は90~92点と大きく差が開いている。まるで0か1かのデジタルのような判定

 全体を見渡すと、ザコシ以外の審査員は「いいと思ったら突出して高い点数をつける」という採点をしていない。言い換えれば、ルシファー吉岡と街裏ぴんく以外の7組は、採点の仕方から大差が付きにくい状況だったと言える。その7組のなかで、ひとりだけ470点という高得点をマークしているのを見ると、いかに吉住が幅広く高い評価を受けたのかがうかがえる。

◆「R-1に夢はあるんですよ!」

 ファイナルステージに駒を進めたのは、ルシファー吉岡、街裏ぴんく、吉住の3人。ちなみにファイナルに進める人数も今回から2人→3人に増えている。トータルの放送時間も2時間から2時間30分に拡大され、数年前は常に時間に追われていた進行にも余裕が見られ、ネタをじっくり見られる体制が整ったように感じる。

 ファイナルの出番順はファーストステージの3位から。1本目でデモ隊として警察と戦っていた吉住は、2本目で鑑識として警察側になり、どちらもうっすらと怖い彼女を演じきる。街裏ぴんくは再びセンターマイクの前に身一つで立ち、「こんな嘘ついてたら迷惑かかるじゃないですか!」と叫びながら嘘のデビュー秘話を延々と語る。1本目でザコシから「キャラ通りのことをやるから笑いやすい」と言われたルシファー吉岡は、そのキャラのまま隣人宅の前で漏れ聞いたラブコメを演じきる。

 三者三様、それぞれの持ち味をフルに活かした4分に悩む審査員。ファイナル進出が3人に増えたことで、2-2-1で審査が割れることも考えられる。果たして投票結果は、陣内とバカリが吉住に、小籔と野田とザコシが街裏ぴんくに……!

 3票目が入った瞬間、街裏ぴんくは手を大きく叩き、メガネを取って泣き崩れた。金色の紙吹雪が舞台を舞い、敗退したファイナリストが集まってくる。MCの粗品に「今の気持ちどうですか!?」と問われた街裏ぴんくは、舞台上に両膝をついたまま、右手を客席に突き出して、漫談の熱量のまま「R-1に夢はあるんですよ!」と声を振り絞った。

 芸歴20年で初めてつかんだ栄冠。その言葉は嘘ではなく、魂からの叫びだった。

<TEXT/井上マサキ イラスト/まつもとりえこ 編集/アライユキコ>

まつもとりえこ】
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身。X(Twitter):@riekomatsumoto

【井上マサキ
ライター。大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務後、フリーランスのライターに。理系・エンジニア経験を強みに、企業取材やコーポレート案件など幅広く執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも多数出演。著書に『たのしい路線図』(グラフィック社)、『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。X(Twitter):@inomsk

ファイナルステージに駒を進めたのは、ルシファー吉岡、街裏ぴんく、吉住の3人(イラスト/まつもとりえこ)