2024年1月から始まった「新NISA」。資産形成の選択肢のひとつとして頻繁に推奨されています。しかし実際のところ、物価高、上がらない賃金に悩む日本人にとって、資産形成はそう簡単なことではないようで……。本記事では、Aさんの事例とともに日本人の資産形成について、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。

20代会社員の叫び

Aさんは20代の会社員です。宿泊業のサービススタッフとして働いており、就職と同時に上京し、東京での生活は今年で2年目になります。 

給料は手取りでおよそ17万円。仕事にも慣れ、一人暮らしの生活リズムも掴めてきました。しかし都内のマンションで1人暮らしをしていることもあり、生活費に余裕があるとは言えず、いつもギリギリの生活を送っています。 

Aさんの1ヵ月の収支 収入 17万円  支出 家賃    7万8,000円  食費    3万円  携帯代   1万円  娯楽費   3万円  水道光熱費 1万2,000円  貯蓄    1万円 

「去年はボーナスが多めに出たので、その分は使わないようにしました。生活費が足りないときはここから緊急用に取り崩しています。でも基本的に生活費はいつもギリギリの状態です。テレビやネットで『積立を始めたほうがいい』とよく見ますし、積立に興味もあります。でも、毎月の生活がやっとで貯金すらまともにできないのに、積立なんてとても……」とAさんは言います。 

民間給与実態統計による年代別の給与分布について 

Aさんのような20代前半の給与について見ていきましょう。 国税庁令和4年 民間給与実態統計調査」によると、20〜24歳男性の平均年収は291万円、女性は253万円となっています。 

全年代を加味した業種別の平均給与で見ると最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道業の747万円、 最も低いのは宿泊業、飲食サービス業の268万円で、業種による差が広がっています。 Aさんの年収はおよそ290万円なので、同じ年齢帯である20〜24歳男性の平均年収に近い形となります。 

「周りの友人たちも同じくらいの収入ですが、みんな生活に余裕はないです。でも車が欲しいとか、時計が欲しいとか、そこまで物欲はないので、無理をしているわけでも生活がすごく苦しいということでもないです。ちょうど収入と支出の量がぴったり同じ生活を繰り返している感じです。

なのでいまのやりくりのなかから将来の積立をしろって言われたら厳しいです。積立をすると、ちょうどの生活に無理が生じますから。国が新NISAをはじめとした資産形成をやれ、と後押ししているようですが、いまはとてもそんな状況ではないです。もちろん勉強はするようにしています。

積立投資は、長期で行うのがいいと聞いたので、僕のような世代が積立を老後まで続けることができたら一番いいんだと思いますが、そこまでは手が届かない。せっかくのチャンスが目の前に転がっているのに、積立を始められない。ずっとお預けを食らっているような状態とも思います。もったいないですよね」

将来のための準備として、積立についての必要性をわかっていながら、行動に踏み出せない理由を話してくれたAさん。さらにAさんはこう続けます。 

「でも、そもそもなぜ将来の積立を自分たちで行わなければいけないんでしょうね。僕たちは働いて、年金保険料を支払っているはずなのに。国は少子高齢化で年金を受け取る人と支える人のバランスが崩れることは何十年も前からわかってたはずですよね。その打開策が『自助努力』ってことなんですかね。 

積立に割くお金がないのに、国からは自助努力で準備しろと遠回しに言われているようで、なんとか現状を変えようというがむしゃらな気持ちにはなれません……。給料が上がればこんな気持ちは消えるのでしょうか? でも、給料で仕事を選ぶというのもなんだか違うような気がしています」

資産形成の必要性を確認する手段

いまの生活をなおざりにしてまで、将来のために積立をするという方は少ないでしょう。

また、年代を絞らず、日本人全体の年収をみてみても、年収300万円以下の人の割合は36.2%となっています(国税庁長官官房企画課 令和3年分民間給与実態統計調査)。つまり、およそ3人に1人が年収300万円以下となります。

とはいえ、金融庁が発表した「市場ワーキング・グループ」の報告書に記載された「老後2,000万円問題」のニュースが記憶に残っている方も多いはずです。同報告書に端を発した、「これから起こりうるであろう将来の生活資金の過不足の認識」については理解をしておく必要があります。 

年金も、新NISAも、投資も、貯金も、目的は「将来のため」です。将来にはいろいろなものがありますが、「老後」を将来をするならば言い換えれば老後に無理なく生活するための資金を準備する手段なのです。 

老後にどのくらいの資金が必要になるか、それは年金で足りるのか。それが自分に置き換えた場合はどうなるか。まずは老後の着地点を確認することで少なくとも漠然とした不安は減ることでしょう。 積立をはじめとした資産形成の必要性を確認する手段ともなります。 

もし足りないのであれば、どのような手段で補うのかを考えればいいのです。 「自分は準備が必要か、必要でないか」を知ることからでも始めてみてはいかがでしょうか。 

<参考>

国税庁令和4年 民間給与実態統計調査」   

金融庁 金融審議会 「高齢社会における資産形成・管理」 

国税庁長官官房企画課 令和3年分民間給与実態実績統計調査

伊藤 貴徳 伊藤FPオフィス 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)