文=加藤恭子 撮影=加藤熊三 写真提供=吉田酒造店

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伝統技術を背景として生まれた“モダン山廃”

 ピチピチはじける細やかな泡がグラスに立ち上る。さわやかな口当たりとともに広がるのは、やさしい甘さとさわやかなうまみと酸味。白桃を思わせるごくおだやかな香りが返り、甘美な味わいは、すがすがしくすっと消える。

 これが“山廃仕込みの原酒”と知って驚いた。そもそも石川県江戸時代から続く日本屈指の酒造りのスペシャリスト集団、能登杜氏のふるさと。その能登杜氏が得意とする酒造りの技法が、自然界の乳酸菌を操る山廃造りだ。山廃仕込みの原酒といえば、濃醇でうまみたっぷり、グラマラスで燗酒にぴったりな酒というイメージもある。

 2021年11月、本格的に初リリースされた吉田酒造店の「吉田蔵u」シリーズは、そんな石川県の山廃仕込みの伝統技術を背景として生まれた、“モダン山廃”。山廃仕込みの原酒でありながら、アルコール度数13℃以下、発酵由来のシュワッとした微発泡感、さわやかな酸味とうまみを身上とする。乳酸のほか、発酵助成剤、酵素剤など表示義務のない添加物を一切使用せず、米と水と酵母のみで醸すナチュラル酒だ。

 このシリーズを生み出した7代目、吉田泰之さんはその誕生についてこう話す。

「吉田蔵uシリーズは、私が考える地酒本来の姿のすべてを形にしたものです。地酒とはいったい何か。このことをずっと考え続けていまして、地元のお米、水、酵母、技術、すべてこの土地のものに立ち返る酒造りに取り組もうと舵を切りました」

 2014年から吉田酒造店が主体となり「山島の郷酒米振興会」を立ち上げ、地元の酒米栽培振興の取り組みを開始。現在は20軒のメンバーの生産者が栽培した酒米を使い、酒造りをおこなっている。

未踏の新・山廃ワールドへ、いざ

「吉田蔵u」シリーズは、生酒はもちろん、火入れタイプのものもシュワッとした心地よい泡を含む。この発酵由来のナチュラルな泡を逃がさないためには、搾りから瓶詰めまで徹底した温度管理、そして迅速な瓶詰めが肝心。また、通常、このような炭酸ガスが残っているお酒は火入れが難しく、瓶が割れてしまう可能性がある。

 そこで導入したのが、特殊な火入れ装置の「ヒートリード」。半自動で湯せん方式の繊細な火入れを行ってくれる優れもので、この装置の導入により生酒に近い味わいの火入れのお酒を出せるようになった。

 さらに重要なのは炭酸ガス(泡)を含んでいるおかげで、酸化しづらく、低温の環境なら長期貯蔵してもフレッシュな味わいを維持できること、と泰之さんは続ける。

日本酒はワインと違い酸化防止剤が使われず、お酒自体に酸素がたくさん含まれてるため、長期熟成が難しいという面があります。そのため、現在は最高の状態を保つために氷点下貯蔵の日本酒の冷蔵庫も増えています。しかし、炭酸ガス=二酸化炭素を閉じ込めることで酸化を防ぐことが可能で、火入れのお酒なら15度のワインセラーでじゅうぶんフレッシュな酒質を保てます」

 現在、いつでもおいしい日本酒を最高の状態で楽しめるのは、テクノロジーと電力のおかげだ。しかし、いま一度、そんな日本酒の在り方を考えたいと泰之さんは話す。

「吉田蔵u」シリーズは長期貯蔵によって、うまみに厚みが増し、高級な白ワインにも似たまるい熟成感が表現される可能性がある。自宅のワインセラーでヴィンテージを育てるのも楽しそうだ。

 

「能登の酒を止めるな! 被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト」

 2024年1月1日令和6年能登半島地震が発生し、石川県能登地方を中心に甚大な被害がもたらされました。能登半島の酒蔵は多くが半壊・全壊し、向こう数年酒造りが困難な状況です。このプロジェクトでは全国の蔵とともに共同で酒造りを行い、酒屋さんを通じて被災蔵の銘柄を市場に流通させ、被災蔵に売上を通じたお金の循環が生まれ続ける仕組みを作ります。皆様のご支援をお願い申し上げます。
(被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクトリーダー・吉田泰之)

https://www.makuake.com/project/noto_sake1/

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やさしい甘さとうまみ、爽快な切れ味を備えた13度という低アルコールの山廃生原酒。能登杜氏伝統の骨太な山廃造りを背景としつつ、あっと驚く新境地を拓く吉田酒造店の新たなフラッグシップ。こんな“山廃ワールド”があったなんて! 「吉田蔵u 石川門 生酒」720ml 1870円、1800ml 3740円(吉田酒造店)