幸せに暮らしていたある女性は、事実婚のパートナーを急病で失うという不幸に見舞われます。悲しみに暮れるなか、共有で購入していたマンションの権利を、パートナーの母親が相続するという事態に陥り、頭を抱えてしまいます。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

「このままでいいよね?」事実婚カップルに降りかかった不幸

今回の相談者は、40代会社員の山田さんです。同居していたパートナーが突然亡くなり、共有財産の問題が発生したため相談したいとのことで、筆者の事務所を訪れました。

「亡くなった太郎さんとは、10年近く同居していました。結婚すればよかったのですが、いろいろな手続きが面倒そうで、〈まだいいよね?〉と、事実婚のまま来てしまいました…」

山田さんと太郎さんは入籍こそしていないものの、生活は一般的な夫婦と変わらず、周囲からもそのように扱われていました。

「いずれきちんとしなければ、とは思っていたのですが…。2人ともこの間まで30代でしたし、いろいろ考えるのはもう少し先でいいや、と思ってしまって。どうして突然こんなことに…」

法律上の妻でないばかりに…パートナーの母からのつらい仕打ち

山田さんがいつものように会社で働いていると、スマホに見慣れない番号の着信がありました。出てみると、その番号は太郎さんの仕事先の上司のものでした。

「出先で倒れ、救急搬送されたそうです。残念ながらそれから3日後、搬送先の病院で亡くなりました」

入院をはじめとする病院の手続きは、同居のパートナーとして保証人になることができましたが、その後が大変でした。いくら夫婦と同様の生活を送っていても、籍が入っていないため「配偶者」の立場にはなりえないということを痛感したといいます。

「結局、私は何もできないまま、葬儀は太郎さんのお母さんが主導しました。お母さんは、私たちの関係をよく思っていなかったため、その場にいないかのように扱われ、本当につらかったです。結婚もせず、子どもも持たないまま10年近い年月を費やしていたことに、思うところがあったようで…」

マンションの所有権の半分が、母親に相続されてしまい…

そんなつらい思いをした山田さんですが、さらに困っているのは、いま現在暮らしている、共有名義のマンションのことでした。

「同棲を始めた翌年、古くて小さいマンションをかわいくリノベーションした部屋が売り出されていたんです。すごく私好みで、ほしくなってしまって。太郎さんに見てもらったら、彼も気に入ったので〈じゃあ、2人で買っちゃおうよ〉という話になりまして…」

山田さんと太郎さんは、共有名義で不動産を購入しました。

太郎さんは亡くなりましたが、事実婚の山田さんには相続権がありません。そのため、太郎さんが所有するマンションの権利は、太郎さんの母親に相続されてしまいます。

当然、遺言書の準備もないため、山田さんは、太郎さんの母親と共有名義になるマンションをどうするべきか、頭を抱えているのです。

名義を変えるには、どんな方法があったのか?

太郎さんの名義を山田さんに変更するために最もスムーズな方法は、太郎さんに遺言書を作成してもらい、「遺贈する」と書いてもらうことした。しかし、いまとなってはどうしようもありません。

また、もし太郎さんの母親が協力的だったとしても、太郎さんの不動産の名義を、相続人でない山田さんにいきなり移すことはできません。太郎さんの権利を山田さんに移すには、まず太郎さんの母親が相続して名義変更し、それから山田さんに遺贈・贈与・売買のいずれかの方法で権利を譲るという方法となるでしょう。

もうひとつ負担の少ないやり方として、2分の1を太郎さんの母親名義としたまま暮らしつつ、太郎さんの母親には公正証書遺言を作成してもらい、遺贈を受けるという方法があります。しかし、山田さんのケースでは、太郎さんの母親と円満とはいいがたく、また、太郎さんにはきょうだいもいるため、母親亡きあとの相続で、トラブルになる可能性もあります。そのため、現実的な選択肢とはいえません。

母親が相続した権利を評価額で買い取ることに

筆者と提携先の弁護士は、山田さんと太郎さんの母親との間に入って、話し合いを持ちました。結局、太郎さんのマンションの半分の権利は、山田さんが買い取り、それ以外の預貯金等の遺産はすべて、母親が相続することになりました。

小さな古いマンションの一室でしたが、それでも評価は1000万円以上と、手痛い出費になりました。

その後、2人で暮らした部屋からは、2人で選んだ家具の一部、太郎さんの衣類や寝具、本、パソコン、スマホなども、母親が依頼した業者が持ち去っていきました。

法的な夫婦でも、子のない場合の相続は大変!

法律上の夫婦であっても、子どもがいない場合、相続は一筋縄ではいきません。配偶者の親が3分の1(親がすでにない場合は、きょうだいが4分の1)の相続権を有しているからです。

自宅不動産など、配偶者の生活拠点となっているものについては、譲歩してもらえるケースが多いとはいえ、それでも、遺産分割協議書への実印の押印のほか、印鑑証明書や戸籍謄本の提供といった協力が必要になります。

配偶者の親・きょうだいから理解が得られない、そもそも関係が悪いといった事情があれば、法定割合の財産を相続すると主張されることもあり、最悪は自宅の売却に追い込まれることもあります。

配偶者という強い立場にあっても、遺言書を作成しておかなければ、将来を脅かしかねないリスクが残るのです。

今回のような事実婚のカップルの場合はなおさらだといえます。あらためて「万が一」のケースを考え、必要性を感じたら、公正証書遺言を作成しておき、金融資産などの分け方もしっかり記載しておきましょう。不動産は生前贈与を受けることもできますが、贈与税がかかるため、その点には注意が必要です。

それらを考え、入籍して配偶者の立場になったとしても、繰り返しとなりますが、子どもがいない場合は、配偶者の親・きょうだいが相続人となるため、やはり遺言書は必要だといえるでしょう。

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

曽根 惠子 株式会社夢相続代表取締役 公認不動産コンサルティングマスター 相続対策専門士

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

(※写真はイメージです/PIXTA)