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3月7日日産自動車に対する再発防止勧告について公正取引委員会が会見を開いた(写真:共同通信

日経平均株価が史上初めて4万円台に乗り、今春闘は満額回答が続々。政府は「デフレ脱却」宣言を検討、との報道も飛び交い始めた。しかし、それは「大企業に限った『夢物語』」(中小企業経営者)のようだ。大手による労使交渉の集中回答日である3月13日をむかえたが、中小のまなざしは冷ややか。歴史的な円安進行で輸出型の大企業が過去最高益をたたき出す一方で、輸入物価高騰のあおりを受け賃上げ原資の確保すらままならない企業もあるのだ。

3月7日、下請け業者への納入代金を一方的に引き下げたとして、公正取引委員会日産自動車に下請法違反を認定し、再発防止を勧告した。このような“下請けいじめ”が物語るように、賃上げ最大の障壁はサプライチェーンの頂点に君臨する大企業にあるのかもしれない。

《過去最高のベースアップ》《組合要求超える回答》。今春の労使交渉は13日の集中回答日を待たず、高水準で早期決着する大企業が相次いだ。「物価高を上回る所得」(岸田文雄首相)の実現で、デフレ下の「失われた30年」と決別――。ここまでなら、そんなシナリオを描けるかもしれない。

ただし、その成否をにぎるのが雇用の7割近くを占める中小企業だ。日本経済研究センターがまとめた民間エコノミストの賃上げ予測は、平均3.88%。30年ぶりの高水準となった昨春闘の平均3.58%(連合集計)を上回る数字だが、連合が今春闘の要求水準とするのは「5%以上」。そのハードルは高い。

■コスト上昇分を価格に転嫁できない中小企業

グローバルに事業を展開する大企業は円安進行が業績を押し上げ、賃上げの原資も確保できた。バブル期をしのぐ空前の株高にもつながっている。一方で下請けである中小は、物価高に伴うコスト上昇分を価格に転嫁できなければ「じり貧」(小規模企業経営者)のままだ。

中小企業庁によると、物価上昇分をコストに反映できた価格転嫁率は45.7%(23年9月時点)にとどまる。半年前と1年前の調査を下回り、物価高の長期化で停滞する。人件費に振り向ける余力はおぼつかない。

今春闘の焦点は、大企業の好業績をいかに中小に波及できるかにほかならない。その機運に水を差したのが、日産の下請法違反だった。自動車部品を製造する下請け36社に支払うはずの代金約30億円余りを不当に減額し、その認定額は過去最高という。

■日産は好業績、賃上げ要求は5%超

自動車産業は、完成車メーカーを頂点とする多層なピラミッド構造にある。帝国データバンクの調査(2022年11月)によると、日産グループの一次下請先は1895社、さらに孫請けの二次下請先は1万5160社に及ぶ。上流で雨水がせき止められては、広大な裾野は潤わない。公取委が勧告に当たって「中小の賃上げ実現」にまで言及したのは、大企業のそんな我田引水を戒めるためだ。

当の日産は半導体不足の解消で生産が回復し、好業績が続く。2月に発表した2023年4~12月期連結決算によると、売上高は前年同期比2割増の9兆円余りで過去最高を記録した。純利益は2.8倍だった。日産の労組は最高水準となる月平均1万8000円の賃上げを求めている。賃上げ率に換算すると5%超だ。満額回答なら、連合の要求水準に達する。

日産によると、減額分全額を下請け側に返金したという。「取引適正化を図ってまいります」ともコメントしている。サプライヤーの牽引こそ、完成車メーカーの使命であるはずだ。独走は許されない。

(文:笹川賢一)