病院の1食あたりの食事料が30円引き上げられる。2023年12月8日厚生労働省社会保障審議会医療保険部会は、入院時食事療養費の引き上げを了承した。見直しは1997年以来約30年ぶり。昨今の食材料費の高騰を踏まえ、患者負担額が引き上げられ、1食あたり640円(自己負担460円、保険給付180円)が670円(自己負担490円、保険給付180円)に変更。見直しの施工日は2024年6月を予定している。

しかし、食材料費の高騰は留まるところを知らず、また病院の食事運営には家庭の食事では含まれない人件費や施設・設備費、修繕費、衛生管理費などもあり、2017年に厚労省から公表された資料によると、全国の病院のほとんどの給食部門は赤字運営である。

そのような中、全国国立大学病院栄養部門会議で、診療報酬専門部会の責任者である田中文彦氏(名古屋大学医学部付属病院栄養管理部)は1月末、国立京都国際会館で開催された日本病態栄養学会年次学術集会で、入院時食事療養費に関わる費用等の実態についてポスター発表を実施。様々な要素から食事総費用を算出した上で、病院の食事の適正価格を定める見直しを求めた。

〈田中氏、「病院給食運営は逆鞘状態」〉

はじめに、田中氏は、「昨今の物価上昇や最低賃金の上昇は、疾患治療と回復予後を支える医療現場にも大きく影響を及ぼしている。 中でも入院時の給食運営に関わる費用は、家庭の食事と同様の感覚があるためか、支払われる診療報酬も安価に設定されており賄うことはできない現状である。衛生管理に関わる費用や集団調理に関わる人件費、設備費等により患者給食に関わる運営の現実は厳しい。治療の一環を担う入院時の食事は、見た目からは想像がつきにくい、運営と費用に関わる経費が生じていることを見える化する必要がある」と課題を示した。

そもそも、病院での食事に関する費用は、国が定めた「入院時食事療養費」からなる。健康保険から支給される入院時食事療養費と入院患者が支払う標準負担額の2つを合計した1食当たり 640 円が病院側の収入となり、その費用をもとに、給食が運営される。

入院患者の食事は通常、栄養管理によって疾患の早期回復を観点から、患者給食業務を専門に行う運営会社に委託されることが多く、病院は委託会社に食材料や人件費、運営にかかわる費用などを含め契約している。

しかし、給食の運営に関わる食事療養費は、約30年間、見直しが行われておらず、2024年改正も食材料費高騰分のみを踏まえた内容である。

田中氏は「現在までの給食に関わる運営費は、病院が収入として得られた金額以上に支出を要する部分が多く、病院側が患者に負担した形で提供がされており、言わば『逆鞘』(ぎゃくさや)現状が発生している」と指摘した。

〈国が6年前に実施した内容で調査し、実態を可視化〉

全国国立大学病院栄養部門会議が昨年実施した入院時食事療養費に関わる費用等の実態調査結果を示し、運営費の実態について説明した。

調査は、社会保険による診療を行っている全国の国立大学病院43大学を対象に実施され、そのうち21大学(平均病床数809床)から回答が得られた。調査期間は2023年6月1日~30日。

調査内容は、給食運営に関わる費用として、人件費、食材料費、消耗器具備品費、委託費、設備関係費、光熱水費など、様々な観点や項目から成る。実態推移が明確になるように、2017年度に厚生労働省が行った「入院時食事療養の収支等に関する実態調査」と同様の内容で実施した。

〈病院給食部門の収入は1人あたり6年前に比べて166円/日、減少〉

2023年度調査の入院患者1人/日あたりの食事療養費収支の実態では、給食部門の収入は 1,624 円/日、支出は 2,583 円/日と、必要経費の不足額は-959 円/日。

2023年度の給食部門の収入は、2017年度に比べて患者1人当たり 85 円/日の減少が認められており、支出については、患者1人当たり 81 円/日の増加が認められ、収支計においては、166 円/日の減少が認められた。

支出の増加においては、収入における支出の割合が、委託費、給与費、設備関係費、給食用材料費などで増加していることから、これらの要因が大きいことが示唆された。

次に地域別における2017年度と2023年度の患者1人当たりの給食部門に関わる支出の増加については、北陸が一番高く、続いて関東、近畿、九州の順であった。

患者1人当たりの給食部門に関わる費用の収支額(地域別)では、2017年度、2023年度の調査ともに、給食に関わる収支額がマイナスを示しており、2017年度と2023年度の調査を比べると関東が634 円/日と高騰し、次いで北陸、近畿、九州の順で上昇していた。

〈人件費も最低賃金の上昇と人材不足による給与高騰で上昇〉

人件費においては、2023年度調査では、給与費が全体の約40%を占めており、2017年度と比べると、2023年度の給与費の高騰が認められた。最低賃金の上昇と人材不足による給与高騰などが影響している可能性か示唆された。

また、物価高騰にも含まれる給食用材料費においては、患者1人当たりの給食関係に関わる支出が、2017年度に比べて2023年度の調査で14 円/食の高騰が認められ、生鮮食材だけでなく栄養補助食品などの購入費用の高騰も支出増加の要因と考えられた。

調査によると、特定機能病院(国立大学病院)における給食部門の運営費用にかかわる影響因子についての検討では、全施設の80%以上において、治療にかかわる基準食数が100食種を超えており、アレルギーや嗜好など個々の患者に合わせた献立を立案し、対応を行った食事提供率は約40%を占めていた。入院期間が短く、栄養障害や様々な病態に対する栄養管理の必要な患者を抱える特定機能病院では、多くの食種の準備と個々の患者に配慮した食事の提供を求められている現状が報告された。

〈田中氏、「食事を取り巻く環境全ての費用が担保されなければ『逆鞘』は解消されない」〉

田中氏は、これら国立大学病院が行った調査結果を示したあと、「今回の30円の見直しは、物価高騰のなかの食材に関わる部分が反映されたことにより、患者負担分で補われることが前提である。しかしこれには発表で示したように、様々な要素の検証と実質額との乖離が大きく、食材費、光熱水費の高騰による増加にとどまり、人件費や衛生費、設備管理費といった家庭の食事以外の経費については含まれていない」と指摘。

「委託できる契約費用だけでなく、病院施設の設備や修繕費用、衛生管理に関わる費用など、食材費や光熱水費以外に見えない費用がその影響要因である。また、医療費算定の役割を担う医療事務部門、廃棄物処理費等も勘案事項であろう。 現状のことからも、食事一膳を取り巻く環境すべての費用が担保されなければ『逆鞘』は解消されない。医療の質が担保されないため、国民の疾患回復を妨げる要因にもなりかねないと強く感じる調査結果だった。また病院での食事は、患者の在宅復帰後の食事モデルとなる役割もある。その継続と治療効果を高めるためにも、決して質を落とすことができない中、様々な要素から総費用を改めて算出し、適正価格を定めるための見直しが必要である」と求めた。

国は、2024年度に再度、診療報酬改定について検討する考えである。

日本病態栄養学会年次学術集会でポスター発表する田中文彦氏