遠いようで近い、近いようで遠い、現代社会の人と人との距離感。国際的に活躍する8名と1組のアーティストが社会と個人のあり方を問う展覧会「遠距離現在 Universal / Remote」が国立新美術館にて開幕した。

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文=川岸 徹

現代アートは時代を映す

 2024年、現代アートの展覧会が例年に増して数多く開催される。円安や保険料の高騰を受けて海外から価値の高いオールドマスター作品を借りにくくなったことも一因だが、何より「今の時代」に対する関心が強まったことが要因だろう。

 コロナ禍を経て日本と世界は今後どうなっていくのか。少子高齢化や広がる格差などの社会問題を解決することはできるのか。地球環境を改善するために何をしなければならないのか。ロシアウクライナの戦争はいつ終わるのか。LGBTQやルッキズムに関する課題とはどのように向き合っていくべきか。人間はAIに取って代わられるのか。

 今という時代が抱える問題について、現代作家たちはそれぞれの解釈や思いを込めて作品を制作している。現代アートの展覧会はなんだか足が向かなくてという人も多いだろう。でも、訪ねてほしい。現代作家の制作意図や作品が内包する深い示唆に触れることは、私たちが自分の生きる道を探る気づきや手がかりになる。

 

コロナ禍で感じた思いを忘れないで

 3月6日、国立新美術館にて現代アートのグループ展「遠距離現在 Universal / Remote」が始まった。同館で5年ぶりとなる現代美術のグループ展。これが期待をはるかに上回る素晴らしさだった。国際的に活躍している8名と1組の現代アーティストの作品に“力がある”のはもちろん、展覧会のテーマが明確で構成がわかりやすく、心にすっと入ってきた。

 キュレーターを務めた国立新美術館特定研究員の尹志慧氏は、企画の意図をこのように語る。

現代社会の中で“遠さ”を感じることはある意味、困難なこと。リモートワークなどにより世界は瞬時につながります。でも、コロナ禍によって“遠さ”という感覚が再び呼び起こされました。人と人との間には2メートルという“飛沫が届かない遠さ”が確保され、入国制限や渡航禁止によって“国家間の遠さ”も強く感じました。それに合わせて、世界に遍在する不均衡や格差、矛盾、不条理などによる“遠さ”も浮かび上がってきたのです。

 コロナ禍から少しずつ時間が経ち始め、私たちはコロナ禍で認識した“遠さ”の感覚を失いつつあります。でも、“遠さ”の感覚は忘れてはいけません。今なお遠くにそれぞれが生きていることを認識し続けることが重要です。“万能リモコン”を意味するUniversal Remoteスラッシュで分断することで、その万能性にくさびを打ち、ユニバーサルリモートを露呈させる。そんな意図から、展覧会に『遠距離現在 Universal / Remote』と名付けました」

作家の世界観に引き込まれる!

 会場は8名と1組のアーティストごとにスペースが区切られ、それぞれの作家の世界観に没入できる。それでは、会場の様子を展示順にレポートしていきたい。

①井田大介

 展覧会のトップを飾るのが井田大介。目に見えない現代社会の構造やそこで生きる人々の意識を、彫刻や映像、3DCGなどの手法を用いて視覚化している。本展では2021年に制作された3つの映像作品《誰が為に鐘は鳴る》《イカロス》《Fever》を紹介。特に《誰が為に鐘は鳴る》が興味深かった。空間をふらふらと飛行する紙飛行機の映像。今にも墜落しそうだが、なんとか落ちずに飛び続けている。現代社会の脆さ、不安定さの象徴だろうか。

②徐冰(シュ・ビン)

 40年以上のキャリアを誇る現代美術家の巨匠・徐冰による初の映像作品《とんぼの眼》を上映。チンティンという女性と、彼女に片思いする男性クー・ファンの切ないラブストーリーなのだが、映像はすべてネット上に公開されている監視カメラの動画をつなぎ合わせたもの。徐冰と彼の制作チームは約11,000時間分の映像をダウンロードし、映像作品として編集したという。

 交通事故や暴行の現場などが次々に現れる生々しい映像と、貧富の差、顔の良し悪しで生まれる差など、格差問題に踏み込んだストーリーに目が離せない。81分という長尺の作品。ちょっと見てみようかとの軽い気持ちだったが、最後まで食い入るように鑑賞してしまった。

 

トレヴァー・パグレン

 軍事機密やマシンビジョン、監視システム、AIによる自動生成イメージなどをテーマに、写真、映像、立体作品を制作するアーティスト。本展では海底を走る通信ケーブルの上陸地点を撮影した〈上陸地点〉シリーズをはじめ、3シリーズを紹介。監視技術やAIに支配された現代社会の風景は、一見穏やかに見えるだけに、余計に怖い。

 

④地主麻衣子

 映像、インスタレーション、パフォーマンス、テキストなどを総合的に組み合わせて「新しいかたちの文学的な体験」を表現するアーティスト。本展では彼女が敬愛する詩人・小説家ロベルトボラーニョの最期の地であるスペインの旅を題材にした映像作品《遠いデュエット》を上映している。現地で出会う人々との対話から、日本とスペインの文化の違いを考える。

 

ティナ・エングホフ

 日本初出品のデンマークの作家。出品されているのは《心当たりあるご親族へ》と題された写真作品のシリーズ。写真に映し出された室内の風景は、病院で入院中に亡くなったか、もしくは自宅で孤独死した人の部屋を撮影したものだ。一見、ごく普通の室内写真のようだが、作品と対峙すると死の香りが充満しているように感じる。なんとも強烈で、衝撃的。デンマークに高福祉国家のイメージを持っている人も多いのではないか。だが、孤独死も大きな社会問題になっている。

 

⑥ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ、ヒト・シュタイエル、ミロス・トロキロヴィチ

 青い空間と映像モニターを組み合わせたインスタレーション作品《ミッション完了:ベランシージ》。ハイブランド「バレンシアガ」と労働者のための模倣ブランド「ベランシージ」を並べて見せることで、資本主義社会では決して解消されることのない「格差」について解説していく。

 

⑦木浦奈津子

 本展のなかではとても穏やかに感じる展示スペース。彼女は一貫して、海や山、公園など日常の風景を描き続けてきた。現代社会は急速に進化し、様々な問題を抱えていると説かれるが、決してそれだけではない。身近にあるのどかな自然の風景も現代社会のひとつなのだ。慌ただしい生活の中で見失いがちな普遍的なものの大切さを、改めて認識させてくれる。

 

エヴァン・ロス

「自分はアーティストだが、ハッカーでもあると思う」とエヴァン・ロス。《あなたが生まれてから》は、彼に次女が誕生した2016年6月29日以降に自身のコンピューターにキャッシュされた画像を使って空間を作り上げたインスタレーション作品。無作為に並べられた大量の画像の中に身を置くと、自分がほんの小さなひとつの点であるように思えてくる。人間は情報に生かされているだけの存在なのか。目がチカチカする刺激的な空間に、恐怖を感じた。

 

⑨チャ・ジェミン

 韓国生まれ、ソウル在住の現代作家チャ・ジェミン。《迷宮とクロマキー》は黙々とケーブルのメンテナンス作業を行う配線作業者を淡々と映し出す映像作品だ。韓国はネット強国を自負しているが、こうした個人の労働者は匿名性の海の中で埋没している。彼らは代替えが可能な誰でもいい存在なのか。時折、挿入される作業者の手元のクローズアップに、労働者の技術と誇りを感じる。

 

 複雑で不安定、さらに不条理や不誠実に満ちた現代社会。「自分のことで精一杯」と他人・他国のことには無関心になりがちだが、現実をもっと直視しなければいけないのだろう。学ぶことは山のようにある。

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「遠距離現在 Universal / Remote」国立新美術館 2024年 展示風景 Photo by Keizo Kioku エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》2023年