何者かが引き起こした凶悪事件を、刑事やFBI捜査官がヒロイックな活躍で鮮やかに解決へと導いていく。このようなプロットはサスペンス&アクション映画の王道パターンであり、正義の側に立つ主人公が非道な犯罪者を懲らしめるクライマックスは、このジャンル特有のカタルシスをもたらしてくれる。

【写真を見る】『ハリー、見知らぬ友人』『悪なき殺人』などサスペンスの俊英、ドミニク・モルの最新作『12日の殺人』

しかし現実社会における犯罪が、すべて解決されるとは限らない。なんらかの理由で捜査が行き詰まり、容疑者を検挙できないまま虚しく時が流れ、ついには迷宮入りしてしまうケースは数知れない。せめて犯人に法の裁きを受けさせたいという被害者や遺族の願いは叶えられず、警察のメンツは丸潰れになる。映画や小説では、そうした理不尽な謎が渦巻く“未解決事件”をフィーチャーした興味深いフィクションが数多く生みだされてきた。

3月15日(金)公開のフランス映画『12日の殺人』は、次のようなテロップで幕を開けるクライスリラーだ。「フランス警察が捜査する殺人事件は年間800件以上。だが20%は未解決。これはそのひとつである」。『ハリー、見知らぬ友人』(00)、『悪なき殺人』(19)のドミニク・モル監督が新たに放った本作は、同国のアカデミー賞と呼ばれる第48回セザール賞で最多6部門(作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞、有望若手男優賞、音響賞)を受賞。本記事では歴史上有名な4つの未解決事件を紹介し、それらの映画化作品を振り返りながら『12日の殺人』の魅力を伝えたい。

■自らを“ゾディアック”と称する連続殺人犯に翻弄された人々を描く『ゾディアック

デヴィッド・フィンチャー監督作品『ゾディアック』(07)は、サンフランシスコ市民を恐怖のどん底に突き落とした連続殺人事件の映画化だ。1968~74年に少なくとも5人を殺害したとされる正体不明の犯人は、自らを“ゾディアック”と称し、新聞社や警察に奇怪な暗号文を送りつけた。フィンチャー監督はゾディアックの凶行を再現しながら、事件の真相究明に挑んだサンフランシスコクロニクル紙の風刺漫画家ロバートグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)、同紙の敏腕記者ポール・エイヴリー(ロバートダウニー・Jr.)、サンフランシスコ市警の刑事デイヴ・トースキー(マーク・ラファロ)の苦闘を描出。ドラマの濃密さといい、緊迫感みなぎる映像の技術レベルといい、このジャンルの最高峰と言っても過言ではない傑作である。

■韓国犯罪史に残る華城連続殺人事件を映画化した『殺人の追憶』

パラサイト 半地下の家族』(19)でおなじみ、ポン・ジュノ監督の出世作『殺人の追憶』(03)は、韓国の犯罪史に刻まれた“華城(ファソン)連続殺人事件”に基づいている。1986~91年に京畿道華城郡(現在の華城市)の農村地帯で発生したこの事件では、女性ばかり10人が命を奪われた。映画の主人公は、地元の中年刑事パク・トゥマン(ソン・ガンホ)とソウルから赴任してきた若手のソ・テユン(キム・サンギョン)。ポン監督は軍事政権時代の韓国社会の閉塞感をいまに伝えながら、科学捜査よりも拷問まがいの取り調べを優先した田舎警察の無力さを描き、犯人を取り逃がした男たちの悲哀を情感豊かに表現した。ちなみに、この事件は2019年にようやく犯人が特定されたが、すでに時効が成立していたため訴追できなかったという。

■女優志望の女性が切り裂かれ、殺害された迷宮入り事件が題材の『ブラック・ダリア

戦後間もない1947年ロサンゼルスを背景にした“ブラック・ダリア事件”は、アメリカの犯罪史上最も有名な未解決事件の一つとして語り継がれている。体を腰の部分で切断され、顔などを切り裂かれた無残な姿で路上にうち捨てられていた被害者は、女優を志していた22歳の女性エリザベス・ショート。全米のマスコミが連日報じたこのセンセーショナルな猟奇事件は、ロス市警の大規模な捜査にもかかわらず迷宮入りとなった。ブライアン・デ・パルマ監督の『ブラック・ダリア』(06)は、ジェームズ・エルロイの同名小説の映画化。スカーレットヨハンソン、ヒラリースワンク、ミア・カーシュナーら演じる秘密を抱えた美女たちと、ジョシュ・ハートネット扮する主人公の若き刑事バッキー・ブライカートの人生が艶めかしく交錯するフィルムノワールだ。

■犯人を逮捕するも、冤罪事件として支援活動が盛り上がる事態に発展した『デビルズ・ノット』

1993年アーカンソー州ウェスト・メンフィスの森で、いずれも8歳の少年3人の遺体が発見された。残虐な手口から悪魔崇拝者の犯行を疑った警察は、地元の10代の若者3人を逮捕する。ところが事件の背景やずさんな捜査の実態を取材したドキュメンタリー映画『Paradise Lost』(96)が大反響を呼び、冤罪の疑いが浮上。ジョニー・デップピータージャクソン監督ら著名人が、被告3人の支援活動を行う事態に発展した。アトム・エゴヤン監督作品『デビルズ・ノット』(13)は、“ウェスト・メンフィス3”と呼ばれるこの怪事件の成り行きを、私立探偵(コリン・ファース)を主人公にして映画化した一作。真実の行方が“宙ぶらりん”のまま幕を閉じるエンディングが複雑な余韻を残す。

■地道な捜査を重ねるも、ブラックホールのような謎に迷い込んでいく『12日の殺人』

このジャンルの最新作『12日の殺人』は、フランス南東部の街サン=ジャン=ド=モーリエンヌで起こった殺人事件を扱っている。2016年10月12日、友人宅でのパーティから帰宅しようとしていた21歳の女性クララ・ロワイエ(ルーラコットン・フラピエ)が、真夜中に住宅街の路上で何者かに火を放たれ、翌朝に焼死体となって発見されたのだ。グルノーブル署の殺人課刑事ヨアン(バスティアン・ブイヨン)を班長とする捜査チームは、クララと交際歴があった男たちに疑いの目を向けるが…。

フランス映画界随一のスリラーの名手たるドミニク・モル監督は、雄大な山岳地帯が広がるグルノーブルの美しい景観をカメラに収めながら、陰惨な事件の真相を追う捜査官たちの仕事ぶりをきめ細やかに映しだす。ヨアンや妻との離婚問題を抱えた相棒マルソー(ブーリ・ランネール)らは、被害者の友人や元交際相手への事情聴取、被疑者の通話の盗聴など、ありとあらゆる地道な捜査を重ねていくが、謎のベールに覆われた真実をたぐり寄せることができない。

やがて本作は『ゾディアック』や『殺人の追憶』の主人公たちがそうであったように、異常な事件への強迫観念に囚われ、公私両面の人生を狂わされていく捜査官たちの苦悩を生々しくあぶりだす。劇中には自転車に乗ったヨアンが、“回し車ハムスター”さながらに競技場のトラックを走り続けるシーンが繰り返し挿入されるが、それはまさにブラックホールのごとく底知れない闇が広がる未解決事件の迷宮を象徴するイメージと言えよう。

捜査官たちの捜査の過程を通して、男性優位、女性蔑視が根づいた社会の風潮をも鋭く射抜いた本作は、現代的な視点がこもったヒューマンドラマとしても一級品。そしてなにより“解決されないミステリー”に翻弄されていく人々の想像を絶する葛藤を、このうえなくリアルに描ききった極上の心理スリラーなのである。

文/高橋諭治

焼き殺された女性の事件を捜査する刑事たちを描く『12日の殺人』ほか未解決事件を題材にした作品をピックアップ/Fanny de Gouville