LINEリサーチが中高生を対象に行った調査の結果(2024年1月5日発表)によると、男子高校生が将来なりたい職業での3位は「医師」。2022年の同調査では10位だったが、コロナの影響かランクアップした。

医師は当然、誰もがなれる職業ではない。女の子といちゃついて青春を謳歌している同級生を尻目に、猛勉強をした末に、やっとの思いで医師になった先には……意外な罠が待ちうけている。

筆者(綾部まと)は新卒でメガバンクの法人営業部門に入行し、医療法人を新規開拓した経験がある。その取引先は多くの勤務医を抱えており、当時の銀行担当者からは彼らの給与や生活ぶりについて教えてもらってきた。

それらは世間がイメージする“お金持ち”の医師とはかけ離れたものであった。今回は意外と寂しい、都内の勤務医を中心とした医師の懐事情をご紹介する。

もちろん、筆者の担当した一部の医療法人に教えてもらったもので、全ての医師がそうとは限らない。開業医や院長や教授など、例外も存在することを前置きしておく。

◆①「博士号を取るために、大学院の学費がかかる」

「大半の医師は医学部を卒業しても、数年後に再び学生に戻ります。6年間で2000万〜4500万円かかる私大医学部学費を払い終えて医師になった方も、例外ではありません」と、当時の銀行担当者は明かす。

それは博士号を取得するためで、「博士号を取って、やっと医師として一人前」という風潮があるからだという。大学院に通うことになるので当然、授業料がかかる。

「彼らは授業料を払うために、平日は東京の病院で勤務をして、土日は地方のクリニックまで新幹線で行き、当直や日直のアルバイトをして稼ぎます」

しかし好条件のバイトはすぐに埋まってしまう。業務の隙間時間に、バイトの情報をチェックしている医師は多いらしい。だが博士号を取るためのハードルは、授業料だけではない。

◆海外の学会発表で、お金が飛んでいく

「博士号を取るには論文の提出や臨床の件数の他にも、学会発表はマストです。博士号に興味がない医師も、専門医を取るためにやはり学会発表は必要。大きな学会は海外で開催されるものが多く、ほぼ確実に海外出張が発生します」

海外出張と聞くと、商社マンのように会社のお金で接待を受けにいく印象が強いかもしれない。しかし医師は全く異なる。大学や病院が経費として出してくれる学会ばかりではなく、自費で行くものもあるからだ。現地での生活も、慎ましいものである。

飛行機はもちろんエコノミークラスで、宿泊先はビジネスホテル。アメリカの大都市など物価高の土地では、ファストフードのチェーン店で朝晩を済ませることも多いみたいです」

ちなみに長距離移動が苦手でビジネスクラスに変更した医師は、ライバルに気付かれて医局に通報されたこともあったらしい。東大理Ⅲ卒のキャリア組だったはずの彼だが、人事異動で九州に飛ばされてしまった。それだけ“清貧”の風習がはびこっているのだろうか。

◆②「大学病院の給料は20万」

大学病院の医師と言えば、地位も権力も財力も手にしているように見えるだろう。テレビドラマでも教授が大きな家に住み、美人の奥さんがいて……という描写が多い。確かに昔は患者からの謝礼や製薬会社からの賄賂で、豊かになれた時期もあったそうだ。しかし今でも一部の謝礼文化は残っているものの、ドラマで見る生活ぶりとはかけ離れているらしい。

「都内には、常勤医師で月給およそ20万円の大学病院もあります。有名大学なら、それでも応募が来ますからね」

教授と繋がり、そこの大学で博士号を取得すれば、学歴ロンダリングができる。留学を夢見る医師も多いと聞く。だいたいは留学資金を準備できずに奨学金に頼り、行けても数年でお金が尽きて日本に帰国するのだとか。

◆週末は無給で予防接種も……

コロナウイルスが猛威を振るっていた頃のこと。接種会場となった都内の大学病院では、医師たちが交代で予防医療を担当していたらしい。平日は業務の合間にシフトを組んで、交代で担当していた。しかし問題は週末だ。土日や祝日も接種の日程が組まれているからだ。

医師たちは週末も駆り出されて、予防医療を担当することになったと言う。給料はなんと、無給。これにはさすがに抗議の声が上がり、国から病院に補助金が出たタイミングで、手当がもらえることになったらしい。しかし日当は数千円で、最低賃金をはるかに下回る金額だったという。

◆③「残業時間が全てつくわけではない」

町中のクリニックと違い、大病院では難しい症例を抱えた患者が多いと言う。医師は手術前に、家族から同意を得る必要がある。術後も合併症を起こしたり、手術がうまくいかず再手術になったり、長期間の入院を要することが多いようだ。容態が急変すると夜間の呼び出しや、土日の回診も欠かせない。必然的に長時間労働を強いられる。一般企業なら残業代で対価を支払われるはずだが……。

「医師は時間外手当が、全てつくわけではありません。家にいる時でも、看護師から患者の電話相談が来ます。業務時間をきちんと申告している医師は、まずいないでしょう」

働き方改革により、残業時間の管理が厳しくなっている。一方で医師の数は減少し、患者は高齢化やコロナによって増え続けている。「残業時間を正直に申請したら、上司に怒られた」と語る医師は多いのだという。

病院によっては夜の当直も土日祝の回診も、手当が一切つかないところもあり、雇用契約書に明記されていないため「本人の判断で、勝手に病院に来ている」ことになっているのだとか。労基も真っ青のブラック企業である。

◆美容クリニックで働かないのは「プライド」があるから?

先日、韓国でも医師の数を増やすと政府が発表した。国内の医師が美容クリニックに流れてしまい、病院の勤務医が減少したことが一因とのこと。日本でも給料が高い美容クリニックを選ぶ医師が増えているという。都心の有名病院は給料が安くても人が集まるため、薄給の傾向があるからだ。一方で地方の病院では、給料が高いらしい。

美容クリニックや地方で働く方が豊かに生活できるはずだが、それらに甘んじないのは、辛く苦しい受験生時代を乗り越えた「プライド」の名残なのだろうか。薄給に耐える、真面目で愚直な彼らが報われる日が、いつしか来て欲しいものである。

<文/綾部まと>

【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother

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