プロ野球OBが配信するYouTubeチャンネルは、プロ野球ファンにとって今や欠かせないコンテンツのひとつ。シーズン中はもちろん、シーズンオフもドラフト会議キャンプ、トレードなどさまざまな話題をOBならではの鋭い視点で解説。多くのプロ野球ファンから反響が寄せられている。

 そんなプロ野球OBチャンネルの先駆者ともいえる存在が、かつて横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)で活躍した高木豊氏だ。歯に衣着せぬ解説と人情味あふれる温かい人柄が人気を博し、チャンネル登録者数は47.2万人(2024年3月時点)に上る。

 なぜ、『高木豊チャンネル』が多くのファンに支持されているのか。同チャンネルのチーフディレクターであり、自他共に認める“野球オタク”だというK氏(仮名・@teacherssato44)に、人気の秘訣を取材した。さらには、高木氏と出会ったきっかけや撮影の裏話なども聞く。

◆自らも“声”で出演してチャンネルを盛り上げる

 K氏は『高木豊チャンネル』をはじめ、里崎智也氏の『Satozaki Channel』や『片岡篤史チャンネル』、『岩本勉チャンネル』と計4つのプロ野球OBのチャンネルでチーフディレクターを兼任。時には自らも“声”で出演し、各チャンネルを盛り上げている。

「各チャンネルにそれぞれ担当のディレクターがいるのが普通なのかもしれませんが、僕みたいな野球オタクはそうそういません。そこで考えたのが、一人で四役をやろうということ(笑)。豊さんのチャンネルに出る時は『スタッフ』、里崎智也さんのチャンネルなら『先生』、片岡さんなら『姫路のやつ』(K氏は関西出身)、岩本さんなら『スタッフK』と呼び名を使い分けて出演しています。全部の呼び名が同じだと、視聴者はどのチャンネルでも同じ話をしていると思ってしまいがちです。だから、呼び名を分けたかったんです

ほかにも、意外な部分にもこだわっているという。

自分の声は変えようがないのですが、出演回数を意図的に変えています。例えば、豊さんのチャンネルにはあまり出ません。でも、里崎さんのチャンネルには声での出演だけでなく、覆面を被って出ることもしばしば。里崎さんは、僕が推している選手とかをチャンネルで取り上げてくれたりするので、その絡みで僕も出やすいんです」

◆『先生』と呼ばれている理由

 気になったのは、『先生』という呼び名だ。類まれな野球オタクぶりに敬意を表され、そう呼ばれているのかと思いきや……。

中高の教員免許を持っていて、もともと体育の先生だったので、先生と呼ばれているんです(笑)。当時は野球部の顧問になって甲子園出場を夢見ていたのですが、自分の場合は高校時代に甲子園に出場できていませんし、プロ野球選手にもなれませんでした。経歴にインパクトがないですし、このままでは勝負できないなと……。なので、教育の世界からは一度離れようと思ったんです

 野球の勉強をするため、安定した仕事ともいえる教員(公務員)を20代半ばで思い切って辞めたK氏。その頃に食い入るように視聴していたのが、高木氏らプロ野球OBが配信するYouTubeチャンネルだという。元プロ野球選手が解説するバッティングの理論や実践などに釘付けになり、大好きな野球漬けの日々を過ごした。

高木豊氏との運命の出会い

 野球への熱い想いが、運命の出会いを引き寄せることになる。

「僕の地元の先輩が、偶然にも豊さんと知り合いだったんです。それも、豊さんや片岡さんのYouTubeチャンネルの動画を撮る仕事をされていると聞き、これは千載一遇のチャンスだと。とある時、その先輩が北海道日本ハムファイターズキャンプ地である沖縄県名護市に動画の撮影で行っていることを耳にして、ダメもとで電話をしたんです。『荷物持ちで構いませんので、合流させてもらえませんか?自腹で沖縄へ行きますんで!』とお願いすると、先輩が上手く話をしてくださったのか、豊さんから『いいよ』と言っていただいて。『では、すぐに行きます!』と間髪入れずに沖縄へ向かいました。

 プロ野球キャンプ地に行けるうえ、いつもテレビやYouTubeチャンネルで観ていた豊さんにお会いできるなんて、プロ野球ファンからすれば天国じゃないですか。現地に着いて豊さんにお会いできた時は感激しましたし、目の前で行われているプロの練習を豊さんが横で解説してくれる。野球の知識が深められますし、『こんなに贅沢なことがあっていいのか!』とワクワクしました」

◆片岡氏とは関西人繋がりで打ち解ける

 K氏は沖縄の地で片岡氏とも対面。片岡氏のキャンプ取材にスタッフとして同行を許され、2人でレンタカーに乗って移動することに。当時の車中での様子を興奮気味に振り返る。

「自分が片岡さんと同じ関西人だったり(片岡氏は京都府出身)、お互いに高校野球のマニアだったり、片岡さんが阪神タイガースジュニアチームの監督を務められている時の教え子達が、僕と同じ地区の後輩だったり……いろいろな共通点があって話が弾んだんです。片岡さんとしては『こいつおもろいな。俺が面倒見てやるわ』みたいな感覚だったのか、やさしく接していただいたのを覚えています。

 キャンプ地での撮影が終わり、豊さんは朝8時半ぐらいのフライトで沖縄から帰られる予定だったのですが、その前に『一緒にそばを食べようか』と言ってくださったんです。那覇空港の立ち食いそばで食べている時、『東京で待ってるから、来いよ』と言っていただいて……その時の喜びは忘れられません。東京に行くことを即決しましたし、姫路名物の穴子を持参して、すぐに事務所にご挨拶に行きましたから(笑)

◆出会ったタイミングが「すごくよかった」

 K氏と出会った時のことを、高木氏はこう振り返る。

「(K氏について先輩から)聞いていたのは、学校の先生を辞めるっていう人間がいて、とにかく野球が好きだということ。『YouTubeチャンネルの制作スタッフとして採用しようと思っているのですが、一度会ってもらえませんか』と。ただ、野球が好きといっても、好きにもいろいろなタイプがあるじゃないですか。すごく好きだけど詳しいわけではなく、ただ野球を見ているだけとか…。そうだとしたら話にならならいなと思っていたのですが、話してみると割と野球を知っているし、オタクならではの深掘りもするし、何よりも野球に対しての熱を感じました。

 その頃は、野球に詳しいスタッフがいなくて困っていた時期だったんです。渋谷の街に出て元甲子園球児を探したり、いわばYouTubeっぽい企画をやっていた時期はスタッフに野球の知識がなくても問題なかったのですが、野球を解説する今のスタイルへ移行していた時期だったので、スタッフに野球を知っている人間がいないと大変だなと思っていました。だから、彼(K氏)と出会ったタイミングがすごくよかったですし、縁ですよね

◆野球に対する熱量は誰にも負けない

 K氏の役割は企画立案やキャスティング、ロケ地の選定、クライアントとの打合せ、時には各競技のアスリートのYouTubeに関する相談業務など多岐に渡る。それも、高木豊チャンネルを含む4つのチャンネルを担当しているため、多忙を極める。ネタ出しに煮詰まることもありそうなものだが、企画力には誰にも負けない自信があるという。

死ぬほど野球を見ているので、撮りたいネタが次から次へと思い浮かぶんです。『この企画を撮りたいんですが、できそうですか?』とネタが熱いうちに豊さんやスタッフにLINEで相談しています。豊さんに対して失礼かもしれませんが、自分の親父みたいな感覚で気軽に相談しやすいんです(笑)。それで『やろうか』となれば、すぐに撮って投稿します。

 自宅では2画面で野球の試合やキャンプの様子を一日中ずっと見ていたり、解説者の話は一言も聞き逃さないぐらい集中して聞き、他のプロ野球OBのYouTubeチャンネルも片っ端から見ています。プロ野球だけでなくアマチュアの野球の情報も入念にチェックしていますし、気になるドラフト候補がいたら、全国各地の球場に足を運びます。ドラフトの時期にはスカウトの方々の近くに座り、各球団の熱の入り具合をチェックしつつ各球団の指名選を推察。そんな暇なやつが他にいますか (笑)? こんな野球オタクどこにもいませんよ

◆視聴者に喜んでもらうために日々奮闘

 高木豊チャンネルのハイペースでバラエティに富んだ投稿は、K氏の野球への情熱と企画力があってこその賜物ともいえるだろう。

「ただ、やっぱりプロ野球OBの方々にもプライドがあります。このテーマではあまり話したくないのかな?という時もあったりするのですが、『YouTubeとしてはこうしていった方がいい』という考えがこちらにはあるので、そこは意見のぶつけ合いですよね。ぶつけた上ですり合わせていかないと、プロ野球が好きな視聴者に喜んでいただけるような動画が作れませんから

 野球を語る時のK氏のエネルギーには圧倒される。強者ぞろいのプロ野球OBと意見をぶつけ合い、対等に渡り合っていくためには、それぐらいの熱量が必要なのだろう。今後もK氏が手掛けるYouTubeチャンネルから目がはなせない。

<取材・文/浜田哲男>

【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシックWBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton

K氏(仮名)