第96回アカデミー賞の作品賞、脚本賞にノミネートされ、映画ファンの間で注目を集めている『パスト ライブス/再会』(4月5日公開)。24年ぶりに再会した幼なじみの男女の7日間を描いたラブストーリーで、本作はauスマートパスプレミアム会員であれば、上映期間中、土日祝日問わず、1100円(高校生以下は900円)で鑑賞できる作品となっている。世界から評価された、大人のためのロマンチックな恋愛映画を、この機会にぜひスクリーンで堪能してほしい。

【写真を見る】誰もが経験し得る心の動きを、表情や身体の動きで体現する演技力は見もの

■様々な形で評価されてきた“ラブストーリー”

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(22)のA24 と『パラサイト 半地下の家族』(19)配給のCJ ENM が初の共同製作を務め、長編映画監督デビューとなるセリーヌ・ソンがメガホンをとった本作。アカデミー賞では惜しくも受賞には届かなかったものの、純粋なラブストーリーがオスカーの候補にあがるというのは、実はかなり珍しいことでもある。

最後にアカデミー賞を受賞したラブストーリーはなんだっただろう。1999年の第71回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、助演女優賞など7部門を受賞した『恋におちたシェイクスピア』(98)まで遡るかもしれないし、第84回の『アーティスト』(12)、第90回の『シェイプ・オブ・ウォーター(17)も、ラブストーリーを含む複合的な物語だった。記憶に残り続ける恋愛映画もある。ロサンゼルスを舞台に夢追い人の出会いと別れを描き、監督賞と主演女優賞を受賞した『ラ・ラ・ランド(17)、監督賞、脚色賞、音楽賞を受賞した『ブロークバック・マウンテン』(06)と脚色賞を受賞した『君の名前で僕を呼んで』(18)は、一生に一度の燃え尽きるような恋を、風景の記憶と共に封じ込めたような映画だった。

韓国系カナダ人劇作家のセリーヌ・ソンの映画監督、脚本デビュー作『パスト ライブス/再会』は、過去と現在の記憶と街を描いた作品だ。ソウルで同級生だったナヨンとヘソン。ナヨンの家族がカナダに移住したことで離れ離れになった2人は、12年後にテクノロジーのおかげでオンラインで再会を果たす。ノラと名を変えたナヨンは、アメリカで作家を目指していた。それから12年後、ノラが住むNYにヘソンがやってくる。ノラの隣には、アメリカ人の夫アーサーがいた。

ノラを演じたグレタ・リー、ヘソンを演じたユ・テオ、そしてアーサーを演じたジョン・マガロの3人は、母国語と外国語の間で行き場のなくなった感情を、表情や身体の動きだけで表現する。今作が第96回アカデミー賞作品賞と脚本賞にノミネートされたのは、誰もが身に覚えがあるけれど、いままで誰も言語化していなかった感情をスクリーンに映しだすことができたからだろう。セリーヌ・ソンの脚本に幾層にも重ねられたナヨンとヘソン、そしてノラとアーサーの感情と歴史。ブルックリン観覧車の前に座る2人のポスターのように、色彩が混じった淡いグラデーションを描き出す。

■監督の目に映る、いつもと異なる景色

『パスト ライブス/再会』は、2023年1月のサンダンス映画祭、そして2月のベルリン映画祭で大絶賛されている。インディペンデント映画界の新星誕生に、ソフィア・コッポラの姿が重なった。彼女の初監督、初脚本作品の『ロスト・イン・トランスレーション』(03)は、第76回アカデミー賞で作品賞ほか4部門にノミネートされ、脚本賞を受賞している。日本を旅するアメリカ人女性(スカーレットヨハンソン)が抱える「ひとりで寂しい」という感情を、新宿のパークハイアットホテルから見える東京の景色や、幾千の人が行き交う渋谷の交差点に映しだした。

都会の夜景や雑踏の中で、このような感情にかき乱されたことがある人もいると思う。ソフィア・コッポラは、目には見えない霞のようなものを脚本に起こし、それを映像にして世界に提示してみせた。彼女の目に映る東京は、日本人にとっても見たことがない独特な切り取られ方をしている。同じように、セリーヌ・ソンが映すニューヨークの街も、古今東西あらゆる映像に映されてきた風景とは異なっていた。そう感じたのは、見えない感情を映像に映しだした映画の魔法にかけられていたからかもしれない。

ミシェル・ゴンドリーチャーリー・カウフマンが恋愛と記憶、そして潜在意識を奇想天外な脚本にした『エターナルサンシャイン』(05/脚本賞受賞)、スパイク・ジョーンズが声だけのOSに恋した男性を描き脚本賞を受賞した『her/世界でひとつの彼女』(14)、ノア・バームバックが壊れゆく夫婦の関係を現実的視点と感情的論点で描いた『マリッジ・ストーリー』(19/作品賞・脚本賞候補)など、歴代の脚本賞候補、受賞作品は、そのような類まれなる才能に授けられる傾向にある。ちなみにこの作品群の中に、スカーレットヨハンソン主演作が3本。彼女には脚本家の筆を動かす魅力、もしくは脚本から見えない感情を読み取る力があるのだろう。

■世界の別々のところから共鳴するような作品が出てくる、映画のおもしろさ

世界概況を反映した作品や歴史上の出来事や実在の人物を描いた作品が好まれるアカデミー賞において、『パスト ライブス/再会』のような個人的な物語がノミネートされるのは珍しい。だが、今年ノミネートされた作品には大きなドラマを描いていながらも、そのなかにある親密な人間関係が主軸に置かれた作品が目立った。ブラッドリー・クーパーの『マエストロ:その音楽と愛と』(23)は、世界的指揮者が抱えていた夫婦の葛藤を描いたものだったし、マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(23)は史実を描いていながらも、主演女優賞候補になったリリー・グラッドストーンが「これは壮大なラブストーリーです」と語っている。

そのスコセッシ監督の言葉を引用したポン・ジュノ監督のスピーチ「最も個人的な物語が最もクリエイティブ」に帰着しているとも言えるし、いま世の中に出てきている作品はパンデミック中にソーシャル・ディスタンスを保ちながら制作されていたことが少なからず影響を与えているのかもしれない。長編アニメーション賞にノミネートされた『ロボット・ドリームズ』(11月公開)は、まさにアニメーション版『パスト ライブス/再会』といった趣がある。アニメーションで描かれるニューヨークの街、記憶の音楽。このように世界の別々のところから共鳴するような作品が出てくるのが、映画の最もおもしろいところだ。

■次なる旅路へと歩みだす新鋭監督のデビュー作を堪能しよう

セリーヌ・ソン監督は、『パスト ライブス/再会』同様にA24クリスティーン・ヴァションのKiller Filmsと組む最新作『The Materialists』で、韓国語で“ソゲッティング”、英語では“マッチメイカー”をテーマにするという。先頃行われたベルリン映画祭の映画マーケットで発表され、主演にはダコタ・ジョンソン、ペドロ・パスカルクリスエヴァンスが噂されている。早ければ今春から撮影が開始されるという新作ではどんな感情を脚本化し、映像に映しだすのだろうか。まずは、世界を虜にした『パスト ライブス/再会』でセリーヌ・ソン監督の脚本と映像に身を委ね、心地よい感情の動きを味わってほしい。

文/平井伊都子

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