北朝鮮の首都・平壌の西の南浦(ナムポ)にある降仙(カンソン)製鋼所。正式名称は千里馬(チョルリマ)製鋼連合企業所で、大量の不良品を生み出し続けているのに未だに続けられている大増産運動のうち、1950年代に繰り広げられた「千里馬運動」の発祥の地としても知られる。

金日成主席が、建国前から何度も訪問した由緒ある製鋼所で、性暴力事件が起きたと、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

事件の被害者となった20代女性は、高等中学校(高校)卒業後に降仙製鋼所に統計員として配属された。そんな彼女に下心を持ったのは、50代の男性職場長だった。

彼は、彼女を専門学校に入学させて、男性が多数を占めていた統計員に抜擢するなど、様々な便宜を図った。そして、母親の世話をしなければならない、助けてほしいなどと、家庭環境をネタにして彼女に接近。執拗に関係を迫り、断られると「仕事ができないからクビにしてやる」「結婚できないよう噂をばらまいてやる」などと脅迫するようになった。

このように甘言で女性に迫り、何らかの条件と引き換えに関係を迫る「マダラス」(ロシア語でマットレスの意)と呼ばれる行為は後を絶たない。

これを知った彼女の母親は、降仙製鋼所に押しかけ、朝鮮労働党中央委員会(中央党)に信訴(告発)すると怒りをぶちまけた。

近年では中央党の指示により、加害者が処罰される事例も見られるようになっている。2020年には平壌医大を舞台にした性暴力事件で、加害者であるエリート医大生らが処刑されたこともあった。

だが、こうしたケースはまだまだ稀だ。件の職場長は、北朝鮮の国営企業の中でも超大手と言える製鋼所で管理職にあるだけあって、親族に多くの高位幹部がいる実家の「太い」人物だという。

そのような場合、被害者が中央党に告訴しようとしても途中で握りつぶされたり、あるいは報復を受けたりすることもある。金正恩政権は金与正(キム・ヨジョン)党副部長や崔善姫(チェ・ソニ)外相ら女性高官の活躍が目立つだけに、かつてよりこういう話は減っているような気がしないでもないのだが、それでも本質的な変化には程遠いと言わざるを得ない。

北朝鮮の女性軍人 ©Roman Harak