高度経済成長期から造成が始まった「ニュータウン」は、全国に2,000ヵ所以上存在し、現在もなお増加を続けています。近い将来、このニュータウンの至るところで発生する「二次相続」が社会問題となるかもしれません。不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏の著書『負動産地獄 その相続は重荷です』より、詳しく見ていきましょう。

郊外のニュータウンにある戸建住宅で、相続が頻発

ニュータウンと呼ばれる都市郊外地域での住宅開発は、都市に集まる人々の受け皿として山や大地を切り崩して新たに造成されてきた新興住宅地です。国土交通省ではニュータウンを次のように定義しています。

①1955(昭和30)年度以降に開発されたもの

②計画戸数1,000戸以上または計画人口3,000人以上

③開発面積16ha以上

現在までにどれだけのニュータウンが誕生してきたのでしょうか。これも国土交通省によれば、全国のニュータウン数は2,022ヵ所。開発面積は18.9万haに及びます(図表1)。

この面積はほぼ大阪府の面積(19万ha)に匹敵。全国の市街化区域面積の13.1%、住居系用途地域の15.1%に相当する広大なものです。

驚くのは、現在でも計画、造成が進行中のニュータウンは121ヵ所を数えていることです。

ニュータウンの供給が活発に行われたのは1970年代前半です。高度経済成長により、人々が職を求めて都市部に集中を始めていた時代に該当します。

さて当時、ニュータウンに住宅を求めていたのは30歳から40歳代です。ということは、現在の年齢はおおむね80歳から90歳代に相当します。ニュータウンで育った子供たちは50歳から60歳代。当然のことながら相続が頻発する世代に該当します。

神奈川県横浜市郊外にあるニュータウンを例に、相続を考えてみましょう。70年代前半に分譲されたこの街は、ゆったりとした敷地に瀟洒な一戸建てが並ぶニュータウンで、都内に勤務する大企業サラリーマン、医者、パイロットなどがこぞって買い求めた人気物件でした。

時が経ち、このニュータウンで育った子供たちはそのほとんどが東京都心に勤め、50歳から60歳代になった彼らはすでに都内のマンションなどに居を構えています。親はすでにほとんどの人がリタイアし、毎月のようにそこかしこで相続が発生しています。

利用価値を失いつつあるニュータウンの実態

相続が発生したAさん宅は、敷地面積80坪に延床面積32坪の住宅が建っています。2人のお子さんたちはすでに独立され、家では奥様と2人暮らしでした。

さて相続税評価額がどうなるかといえば、路線価単価は1m2当たり7万5,600円、坪に直すと25万円です。80坪の敷地ですから相続税評価額は2,000万円になります。建物は固定資産税評価額で500万円。合計2,500万円。

Aさんには家のほか現預金や有価証券で5,000万円ほどの資産があり、奥様と2人のお子さんの基礎控除額合計である4,800万円(3,000万円+600万円×3人)を超えてしまいます。

しかしながら、遺産総額は配偶者控除1億6,000万円の範囲に収まりますし、自宅はこのまま奥様が暮らすので小規模宅地等の特例で敷地の評価は評価額の2割、つまり400万円に減額されます。とりあえずの相続にあたっては少なくとも課税の心配はありませんでした。

ところがAさんの亡くなった数年後に、奥様が亡くなり二次相続が発生しました。相続税評価額は総額7,000万円になっていましたが、この段階では配偶者控除も小規模宅地等の特例(被相続人と相続人が同居していないと適用されません)も適用されないため、約320万円もの税負担を余儀なくされました。

さてAさんの息子さんもすでに還暦。自分の家は都内に構えているものの、まだ住宅ローン返済が残っています。その状況での相続税支払いは全くの想定外でした。さらに残されたニュータウン内の家の管理をしなければなりません。妹は九州に嫁いだため、家の管理に参加はできません。隔週で自ら実家に出向き、通風や通水、掃除をします。

この程度ならまだしも家の中は家財道具の山。どうしてこんなにモノをため込むのかとため息をついても、張本人である両親はすでにいません。少しずつ片づけるものの還暦を過ぎた身体には結構な重労働です。夏はちょっと目を離したすきに、広めの庭の草木は生い茂り、勝手口に置いていた物置にはハクビシンが棲みつく、軒下には足長バチが巣を作るなど散々です。

そこで妹とも相談の上、自分たちの育った家ではあるものの、この先利用するアテもないことから売りに出すことにしました。ところが不動産屋の返事はつれないものでした。平成バブル時代には新築であれば1億円台を付けたはずなのに査定額はなんと1,800万円程度。路線価評価額以下です。

不動産屋曰く、最寄り駅までバスで20分。バスも減便されて日中は1時間1本。都心まではさらに1時間以上かかる。エリア内の小学校もすでに統合されて、通学にも支障が出て小さな子を連れたファミリーには人気がない。ニュータウン内にあったスーパーも住民の高齢化とともに撤退。1,800万円でも売れるかどうかは全くわからない、とのこと。実際に売りに出してはみたものの、半年たっても問い合わせがありません。

賃貸も考えてはみたものの、これらの条件下ではさらに需要がないことは明白です。「売れない」「貸せない」「自分も住む予定がない」。この三重苦の家の扱いに途方に暮れるのがAさん宅のニュータウン相続です。

Aさんのケースはまだよいほうです。売れていないとはいえ査定額は1,800万円。都心まで遠いとはいえ、横浜市内へのアクセスは確保されています。市内に勤めていて通勤が車利用であればまだ売れる可能性があります。首都圏ではすでに価格査定すら困難になったニュータウンが続出しています。

では買い手も借り手もいない、利用価値を失ってしまった「負動産」や「腐動産」をこの先どう扱っていけばよいのでしょうか。車や電気製品などの動産であれば、捨てることができます。ところが不動産は手放すことができず、手放せない限り永遠にお付き合いを続けていかなければならない存在なのです。

Aさん宅の実情は残酷です。翌年5月、Aさんの息子さんに届けられたのは実家の固定資産税通知書でした。年間の固定資産税は15万円。使いもしない不動産を管理する苦痛に加えて毎年税金を払わなければならないのです。

管理が面倒だからと言って家を解体撤去すれば、小規模宅地に適用されている固定資産税の減額(固定資産税6分の1、都市計画税が3分の1)がなくなります。税負担は数倍に膨れ上がるので必死に残された家を管理しなければなりません。そして管理を続けられずに放置し、自治体から特定空き家として指導、勧告を受けるようになれば、最悪、小規模宅地等の特例を剝奪される可能性があります。

こうなるともはやニュータウンに残された不動産は、資産ではなく負債以外の何物でもなくなります。そしてニュータウン相続は一次相続を経て、これからいよいよ二次相続が本番を迎えます。全国2,000ヵ所のニュータウンで相続した家で、途方に暮れる人たちが続出するのは、もうすぐのことなのです。

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)