世界最大の海軍力を誇るアメリカには、「幽霊艦隊」と呼ばれる一群が存在するとか。ハワイパールハーバーにも配備されているそうですが、普段はまず話題になりません。しかも、戦争になると艦が「姿を消す」ようです。

新造するよりコスパ良し?

アメリカには、有事になったら現れる「幽霊艦隊」があるとか。それも怪談やホラー話などではなく、確実に実在しています。英語で「Ghost Fleet(ゴーストフリート)」と呼ばれるそうですが、その実体はどのようなものなのでしょうか。

世界最強の海軍力を誇るアメリカは、軍艦の建造能力においても他国を圧倒しています。しかし、それでも有事になって急に多数の軍艦が必要になったからといって、そうたやすく「新しい軍艦」を量産して戦力化できるものではありません。

そこでアメリカでは、まだまだ第一線で運用できる艦ではあるものの、最新鋭ではないものを、コスト面などの制約からあえて予備保管しています。こうしておけば、いざ大量に軍艦が必要になった場合は、新造するよりも安く短期間で艦艇数を増やすことが可能です。

このようにして保管されている軍艦群は、平素「アメリカ海軍予備艦隊(United States Navy Reserve Fleet)」または「国防予備船隊(National Defense Reserve Fleet)」と呼ばれる組織に編入されています。そしてこれら2つの組織は、「幽霊艦隊」とか「モスボール艦隊」という通称で呼ばれています。

ちなみに、後者「国防予備船隊(NDRF)」については、アメリカ海軍ではなくアメリカ運輸省海事局が運営しています。こちらは、いわゆる軍艦以外の準軍事商船など補助艦船の保管・維持を受け持っているので、軍艦が中心の「幽霊艦隊」となると、前者「アメリカ海軍予備艦隊(NRF)」となります。

ハワイにもいるぞ! 幽霊艦隊

NRFが生まれたのは、今から100年以上前の1912年のこと。このとき、アメリカ海軍は、太平洋と大西洋にそれぞれ予備艦隊を創設しました。初期の予備艦隊は、有事に備えて艦齢を重ねた旧式艦を一時的に保持しておくための艦隊で、所属する多くの艦艇はそのままスクラップに回されることも多かったものの、稀に当初の任務とは異なる用途に改造されて再就役することもありました。

しかし世界規模の総力戦となった第2次世界大戦が終結すると、同大戦中にアメリカが量産し運用した艦艇多数が、戦争が終わったことで一挙に予備艦隊へと回されました。なお、同大戦の終結直後は、太平洋予備艦隊が第19艦隊、大西洋予備艦隊は第16艦隊と称されていた模様です。

それから80年近く経った2024年現在、非活性化された軍艦は、海軍非活性艦艇整備施設(Naval Inactive Ship Maintenance Facility)と称される場所に係留されています。この施設は、ペンシルバニアフィラルフィア、ワシントン州ブレマートンハワイ州パールハーバー、これら3か所の港湾に設けられています。

なお、同施設に収容された軍艦は、次のいずれかのメンテナンス・グレードにカテゴライズされます。

まず「カテゴリーB」は、将来再び動員される可能性があるため、予算面で折り合いがつく範囲内で、設備や機能のアップグレードを施しています。続く「カテゴリーC」は、予算に余裕がある範囲内でアップグレードが施されますが、実情は現状の維持が中心となるケースがほとんどのようです。そして「カテゴリーD」は、現状維持の状態での保管になります。

一方、「カテゴリーX」は海軍艦籍簿から抹消された艦艇です。そのため、最終的な処分が決まるまで、最低限の保管処理となる防湿と腐食防止が施される程度だとか。さらに「カテゴリーZ」には、最終処分を待つ原子力推進艦やその支援艦艇など、主に放射能の影響下にあった艦艇が含まれます。

幽霊艦隊のクルー「骸骨乗組員」って?

これらの艦艇は、球状の防虫剤が語源となっている「モスボール」と称される保管処理が施されているのが普通です。具体的には、可動部分の腐食を防ぐため樹脂のカバーでシーリングしたり、腐食防止塗料を塗ったり、タンクなどの場合は不要な内容物を抜き取って不活性ガスを充填したりするとのこと。ほかにも、直流電流を利用した防錆処理などを行ない、電子機器類は取り外して別に保管し、CICや医務室など腐食や湿度に弱い区画については、不活性ガスの充填や密閉化などが行われることもあります。

こうした「幽霊艦隊」に所属した艦でもっとも有名なのは、アイオワ級戦艦の4隻でしょう。第2次世界大戦後も朝鮮戦争ベトナム戦争湾岸戦争に参加。艦によってはモスボール化と現役復帰を繰り返しました。その間、1980年代初頭のレーガン政権時代には、ソ連(現ロシア)への対抗上、提唱された「600隻艦隊構想」に基づいて4隻揃って現役に復帰したうえ、近代化改修を施されて1990年代初頭まで現役で使われ続けています。

その後、ソ連の脅威が低下したことで再び退役しますが、以降もしばらくのあいだ、再び「幽霊艦隊」の一員となっていました。

なお、最近の艦船に目を転じてみると、2008年に就役したフリーダム級沿海域戦闘艦と2010年に就役したインディペンデンス級沿海域戦闘艦も、初期建造艦の一部に、退役後「幽霊艦隊」へと送り込まれた艦が出ています。

ちなみに「幽霊艦隊」所属艦のなかでも短期復帰が可能な艦には、少数の乗組員が配置されることがあります。彼らは保管状態の点検や動作確認などを行うために配置されているのですが、「骸骨乗組員(Skeleton crew)」と呼ばれるのだとか。いかにも「幽霊艦隊」に相応しい通称といえるでしょう。

アメリカ海軍の戦艦「アイオワ」。何度となく予備保管と再就役を繰り返した(画像:アメリカ海軍)。