仕事でもプライベートでも、金銭の動きを記録しておくことは非常に効率的です。なかには、通帳に入出金の詳細をメモしているという人も少なくないでしょう。しかし、相続が発生した場合においては、通帳への「メモ書き」は大きな落とし穴になってしまうケースも……。本記事ではAさん兄妹の事例とともに、税務調査の実態を税理士事務所エールパートナーの木戸真智子税理士が解説します。

「通帳にメモ」が慣習化していた30代兄妹

Aさん(35歳)とその妹のBさん(32歳)は、家業を手伝っています。家業は代々続く、地場産業で、先祖から引き継いできた土地も守り続けています。

家業を手伝うため、東京で働いていたAさんは5年前に、海外留学していたBさんも3年前に日本に帰ってきて実家を手伝っています。

子供のころは、親の仕事を引き継ぐなんて面白くないなと思っていた2人ですが、いざ社会人になって、東京で働いて社会人、都会暮らしの厳しさを経験したり、留学をしてみると、地元のよさや、親のありがたみがわかったのでした。

中学生や高校生のときは人並みに反抗しましたが、いまはそんなこともなく、親の言うことを素直に聞けるようになり、親にやさしく接することもできるようになっていました。

ひとつ、問題なのは、AさんとBさんの兄妹間は、あまり仲がよくないことです。やはり、相続のこともかかわってくると、お互い、譲れない気持ちがあるのでした。それは財産が欲しいということよりも、自分が一番親に認められたい、一番に愛されたいという気持ちからくるものでもありました。

そのため、AさんとBさんはときどき、口論になることもあり、親のすすめで、それぞれ役割分担をして仕事を進めていくことにしていました。

顔を合わせて話すと、言った言わないの喧嘩に発展し、仕事にならないこともあり、できるだけメモを残して、書面にてやり取りをするという習慣もついてきていました。それだけでなく、メモの残し方は、親から教わっていたものもありました。もともとAさんとBさんの母親が経理面を担当していたのですが、そのときから、通帳にいろいろとメモをする習慣がついていました。通帳にメモをすることで過去のことを振り返るときも通帳を見れば経理のことはだいたいわかる、という具合です。

非情に効率的な方法だったので、AさんもBさんもその方法で日々、仕事を進めていましたし、プライベートの通帳においてもその習慣がついていました。

そんな日々を過ごしていたある日、AさんとBさんの祖父の相続が発生しました。もともと、長期入院をしていたので、AさんもBさんも覚悟はしていたつもりですが、かわいがってくれたおじいちゃんでもあったので、本当につらい出来事でした。

税務調査で「通帳を見せて」→不思議に思いながらも渡すと…

それから数年後、祖父の相続について、税務調査がくることになりました。相続税は税務調査の対象となる確率が高いとは聞いていたので、気にはとめていましたが、本当にやってくるとやはり、緊張します。

もちろん、地元の法人会や青年部などにおいて、税務調査についていろいろ聞いておいたので、まったくなにも知らないというわけではありませんでした。

そうして当日を迎えたある日、税務調査官から「通帳を見せてください」と言われます。

「法人会での話では、税務署は通帳の履歴はあらかじめ見れるはずだと聞いていたし、相続税の申告書においても直近のところは一部提出していたのに。わざわざ同じものを見る意味があるのかな? でもこの調子なら何事もなさそうか……」と不思議に思いながらも調査官に通帳を渡しました。

しかし、それはとても丁寧にメモが残された通帳でした。――そうなのです。調査官は通帳の履歴をみたいのではなく、そのメモ書きをみたかったのでした。

調査官「こちら写真を撮らせてください」

AさんとBさんもその場にいた家族の誰もその真意はわからなかったのですが、「はい」といって通帳を改めて見返してみて、「そういうことか!!」と気づいたのでした。

税務調査においては、調査官が自宅にきて、被相続人や相続人の状況の聞き取りをしますし、自宅の状況も確認します。税務著は通帳の履歴や移動状況は銀行で確認ができます。しかし「通帳にしかない情報」を調査官は知るために、この通帳を確認したかったのでした。

引き出した現金も“徹底調査”…メモ書きの「筆跡鑑定」まで行う税務官

調査官が通帳でなにを調べるかというと、もちろん申告の内容と一致しているかということです。

たとえば、通帳に孫や子供への送金のメモがあればそれについて贈与税の申告がされているかということを調べます。もし現金として出金していればその使途を確認することになります。

現金を引き出して自宅で保管していたとなれば「それはどこにありますか」と実際にあるかの確認も当然します。金庫のなかも確認することになるわけです。金庫のなかに申告していない現金や保険証券などがあればそれももちろん申告漏れの対象になります。

調査官が気が付いたこと

通帳を調べていた調査官は、なにかに気付きました。

「この現金引き出しに名前が記載されていますが、こちらはどのような内容の引き出しでしょうか」

調査官に指摘されたのは、通帳の現金引き出しの際にAさんやBさんの名前がメモ書きで記載されているところです。

AさんもBさんも、祖父から生前贈与として預金の送金を受けていました。直接口座に送金されたものは相続税の申告書に計上していたのですが、現金引き出しは日常的なものもあり、贈与の意識なく、手にしていたこともあって、曖昧で申告をしないできてしまっていました。

こんなとき、メモまで記載していて、苦しい言い訳をしても、余計に心象が悪くなるだけです。

また調査官はそのメモ書きの筆跡も確認をします。AさんもBさんも生前贈与の分の申告漏れを修正申告し、追徴課税を支払うこととなりました。

申告漏れ発覚後、言い訳してごまかそうとすると悲惨なことに…

通帳にメモ書きをすること自体はいけないことでもなんでもありません。

しかし、少しくらいバレないだろう、わからないだろう、これくらいいいかな、ということは当然通用しません。そういうごまかしたい気持ちがあると、余計に慌てたり、言い訳をしたり、動揺してしまうことも……。

調査官はそんな納税者の態度もしっかりみています。もし、その態度が怪しいとなったら、ますますドツボにはまってしまうでしょう。

もし、違っていたことがあれば変なごまかしをするのではなく正直にうっかりしていたことを話したほうがいい方向へ向かうこともあります。なぜなら、ごまかしたり、下手に隠したりすると、重加算税の対象になってしまう可能性があるからです。

重加算税は一番重たいペナルティとなりますので、そのようなことのないように、適切な対応をしましょう。

無駄な抵抗をするのではなく、余裕をもった最適な相続対策というものは必ず存在します。それは誰にもあてはまることではなく、それぞれの家族にとって最適な相続対策というものがあります。

しっかり話し合い、適切な対策をしていくことが、結果として、家族の気持ちを守り続けていくことにつながります。

木戸 真智子

税理士事務所エールパートナー

税理士/行政書士/ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)