1959年の開館以来、65年の歴史の中で初めて開催される現代アートの展覧会。3月12日、国立西洋美術館にて「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? —— 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」が開幕した。

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文=川岸 徹

騒然としたプレス内覧会

 展覧会開幕の前日、3月11日に行われたプレス内覧会。本展企画者である新藤淳主任研究員の展覧会概要説明が終わった直後、参加アーティストである飯山由貴が抗議文を読み上げ始めた。

パレスチナで現在起きているイスラエル政府のジェノサイドに強く反対し、国立西洋美術館のオフィシャルパートナーの川崎重工株式会社にイスラエルの武器の輸入を取りやめることを要求します」

 この抗議活動の様子は新聞やニュースでも報じられたので、ご存じの方も多いだろう。SNSでは主張の内容に関する賛同・批判、内覧会の場で抗議活動を行ったことへの賛同・批判の声が寄せられている。

 記者もその場に居合わせた。彼らの言いたいことはよく分かるし、プレス関係者が集まる内覧会の場で主張を述べることも間違っているとは思わない。実際、海外の美術館では珍しくない光景だ。抗議活動の様子はニュースで取り上げられ、ネット上では論戦も繰り広げられている。これを機にひとりでも多くの人がパレスチナ問題への関心を高めてくれれば、彼らの目論見は成功したといえるのではないか。

 抗議の演説が続く中、展覧会に出品しているアーティストのひとり、小沢剛が場を一喝した。「お前らの言いたいことは分かる。でも、(時間が)長過ぎる。ここに集まった人たちは早く作品を見たいんだ」

 

西美がなぜ現代アート展を?

 さて、ここからが本題。「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? —— 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」は、どうだったか。

 本展は1959年に国立西洋美術館が開館して65年の歴史の中で初めて行われる、現代アートに主軸を置いた展覧会。「国立西洋美術館の展示室は、未来のアーティストたちが生まれ育つ空間となりえてきたか?」をテーマに、国立西洋美術館が自身の存在意義を自問。さらに参加アーティストや鑑賞者へ問いかけるという内容だ。

 参加アーティストは、飯山由貴、梅津庸一、遠藤麻衣、小沢剛、小田原のどか、坂本夏子、杉戸洋、鷹野隆大、竹村京、田中功起、辰野登恵子、エレナ・トゥタッチコワ、内藤礼、中林忠良、長島有里枝、パープルーム(梅津庸一+安藤裕美+續橋仁子+星川あさこ+わきもとさき)、布施琳太郎、松浦寿夫、ミヤギフトシ、ユアサエボシ、弓指寛治の計21組。展覧会の主旨に賛同したアーティストによる「美術館という場所の意義を問い直す作品」「国立西洋美術館の所蔵作品にインスピレーションを得た新作」が展示されている。

 興味深いのはこうした現代アーティストの作品に合わせて、西美が所蔵するモネ、セザンヌ、ドニ、ポロックらの西洋美術の名品約70点が紹介されることだ。「西洋美術の“権威”ともいえる名品群はやはり素晴らしく、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ様々な問題に直面する現代においても優位性を保ったままでいいのか」。それとも、「現代アーティストによる作品にも西洋美術の権威に負けないだけのパワーがあり、過去の巨匠作品に並ぶ価値があるものなのか」。鑑賞者は難しい問いに直面することになる。

力のある作品が次々に

 会場を巡ると、脳が刺激される作品が次々に現れる。小沢剛《帰ってきたペインターF》は、日本人でありながらフランス人として生きる道を選んだ画家・藤田嗣治を架空の画家“ペインターF”に見立てた作品。もしもペインターFがパリではなく南洋のバリに拠点を得たら…という仮定でストーリーが進む連作で、これが楽しくもあり、哀しくもある。

 第二次世界大戦中は思想が制限され、自由に生き方など選べなかっただろう。そんな時代ではなく「多様性」が大きく叫ばれる現代に生まれてよかったと思うか、それとも現代社会は以前にも増して「窮屈」になっていると思うか。国立西洋美術館は開館当時と変わらず「西洋美術だけを展示していてよいのか」という問いにも感じる。

 写真家・鷹野隆大はIKEAの家具を並べたモダニズム的空間に、自身の写真作品のほか、クールベやクラーナハ(父)の絵画、エミール=アントワーヌ・ブールデルの彫刻を飾るというインスタレーションを展開。IKEAは装飾性を極限まで排除することで、万人向けの“シンプルだけど豊かな空間”を提案してきた。そうした現代の典型ともいえる部屋に、「男はこうあるべきだ」的な筋骨隆々のヘラクレスの彫刻を置いたらどうなるか。権威の象徴と現代人の感覚の対立が見もの。

 飯山由貴は《この島の歴史と物語と私・私たち自身一松方幸次郎コレクション》と題されたインスタレーションを発表した。国立西洋美術館の礎となった松方コレクション。その絵の周りの壁一面には、フランク・ブラングィンやウジェーヌ=ルイ・ジローらによる第一次世界大戦の戦争記録画が、松方コレクションに加えられることになった経緯が記されている。松方幸次郎はこのような作品を通して国民に何を伝えたかったのか。日本をどのような方向へ導いていきたかったのか。想像が膨らむ力作だ。

 

展覧会の開催は正解だったのか?

 ここに紹介した作品はほんの一例。ほかにも力のある作品が目白押しで、よく作り上げた展覧会だと感心する。だが、不満も感じた。

「やり過ぎ感がある。会場がごちゃごちゃしていて迷路のよう。力のある作品が多いのだから、もっとすっきり見せてくれたほうが各作家の世界観に没入できるのに」

 国立西洋美術館で初めて開催された現代アートの展覧会。西洋美術に特化した“名門”が現代アートの展覧会を行うことに、開催前から批判や疑問の声があった。みんな西美が大好きだから、声を挙げたくなるのだ。

 第1回の現代アート展は「成功」といえるのか。その答えは、国立西洋美術館が初回を超える第2回目展を開催できるか否かだろう。

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「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? —— 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」展示風景  手前より、竹村京《修復されたC.M. の1916 年の睡蓮》 2023-24年 釡糸、絹オーガンジー、カラープリント 作家蔵、クロード・モネ 《睡蓮、柳の反映》1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション)