「持ち家」であれば住宅ローン完済後「家賃」を気にせず暮らすことができますが、「賃貸」に住んでいる場合はそうもいきません。特に高齢者にとって、賃貸住宅を終の棲家とすることは非常に難しいという現実があります。そこで本記事では麗澤大学未来工学研究センターで教授を務める宗健氏の著書『持ち家が正解!』(日経BP)から一部抜粋して、高齢者が「家を借りにくい」という現状の背景に潜む「3つの原因」について詳しく解説します。

高齢者は家を借りにくい。それは今後も続く

高齢化で世界のトップランナーである日本においては今後、高齢者の住まいをどうするかという問題を避けては通れない。

持ち家の場合は、例えば夫35歳、妻30歳の時に家を購入したとして、50歳の時の平均余命(2020年時点)を考慮すると、夫は83歳になるまでの約50年、妻の立場で考えれば88歳になるまでの約60年間、住まいを確保しなければならないことになる。

35年ローンで家を買ったとすると夫70歳、妻65歳の時点で返済が終了する。

妻はその後の約25年間は家賃の心配はする必要がなくなる。この安心感が持ち家の大きなメリットといえるだろう。

ただし、例えば夫が85歳で亡くなったときに80歳の妻が新たに小さな部屋を借りることは極めて難しい。

高齢者に部屋を貸したがらない3つの要因

民間賃貸住宅市場で高齢者に部屋を貸したがらないのには、大きく3つの要因がある。

1つは、家賃滞納リスクである。高齢賃貸住宅居住世帯は十分な金融資産を保有していないケースがあり、必ずしも余裕があるとはいえない年金受給額から家賃を支払っている。ひとたび家賃滞納が始まれば正常化することが困難だと判断される。

2つ目の要因は死亡時の対応にある。夫婦での入居の場合には、亡くなったことに誰も気づかない、いわゆる孤独死のリスクはあまりないが、単身入居の場合には孤独死の可能性がつきまとう。そして、発見が遅れれば部屋自体の原状回復に多額の費用がかかり、告知義務が発生し家賃も下落することになる。

そして3つ目の要因が実は最も構造的な課題を含んでいる。「賃貸借契約は相続される」ということだ。

現状の借地借家法は第2次世界大戦時に源流があり、出征者の家族の住まいを安定させるために借家人ができる限り住み続けられるように設計されている。

賃貸借契約が相続されるのも戦死者の家族が借家に住み続けられることを担保するという背景があった。しかし、戦後78年を経て、賃貸借契約が相続される社会的意義はかなり薄れたにもかかわらず制度は変わっていない。

そのため、厳密に法律を守ろうとすると、次のようなことが起きる。

借家人が死亡しても、相続人全員による相続手続きが完了するまでは、賃貸借契約は解除できず、部屋にある物品にも手を付けられない。その間の家賃収入は途絶え、場合によっては相続放棄となり、それまでの家賃収入も残置物の処理費用もすべてが貸主の負担になることもある。

こうした状況を変えようと2011年に改正された「高齢者の居住の安定確保に関する法律(高齢者居住安定確保法)」では、「終身建物賃貸借制度」が新設されたが、この制度の適用を受けるには都道府県知事の認可が必要であり、事実上数十年にわたって建物の用途が固定化されるためほとんど普及していない。

いや、公営住宅があるではないか、という指摘もあるだろうが、多くの公営住宅は老朽化しており建て替えもままならずその数を減らし続けている。

さらに、いやいや、大量の空き家があることが社会問題化しているのだから、いずれ借りやすくなるだろう、という意見もあるかもしれない。しかし、筆者の研究では、空き家数が800万戸を超えるとしている住宅・土地統計調査の空き家判断基準が調査員の目視に頼っているため空き家が過大に算出されており、実は空き家は問題になるほど存在しない可能性が高いことが示されている。

国も高齢者が家を借りやすくなるような取り組みを進めているが、高齢者が家を借りにくい状況は今後も続く可能性が高い。持ち家か賃貸かを考える上で、このことは無視できないだろう。

宗 健

麗澤大学未来工学研究センター

教授

(※写真はイメージです/PIXTA)