映画やドラマが好きなすべての人のために、多彩な作品を放送・配信する「BS10 スターチャンネル」とAmazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」。ハリウッド発の最新映画や海外ドラマ、様々なバージョンの日本語吹替え作品などを紹介することでもおなじみのスターチャンネルが「ここでしか観られない」作品を集めた韓国映画特集も、毎回、充実のランナップですっかり定着した。3月は昨年春に続く「コンポヨンファトゥクチプ(恐怖映画特集)」の第2弾が決定。

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ラインナップされているのは、日本の韓ドラファンにもなじみ深い風光明媚な済州島の、知られざる歴史と文化の暗部に想を得た済州ホラー『退魔:巫女の洞窟』(15)、移植手術後にドナーの思念が宿った移植部位に操られる物語に、“科学と倫理”というテーマを加えた医療ホラー『黒い手』(15)、サイコなオカルト陰キャ新人女子社員が、パワハラ女上司を想像の斜め上いく復讐で追い詰めていくオフィスホラー『サイコ魔女』(14)、神か悪魔か、普通の人の姿をした謎の超越者が誘う“田舎の黙示録”『獣の終末』(16)という個性派4作品。今回、放送・配信に合わせて、数多くの未公開映画のなかからお宝を発掘し続けているプロデューサーの飯森盛良とMOVIE WALKER PRESS編集部員で韓国出身の鄭智喜が、ディープでマニアックな韓国ホラートークを繰り広げる。

済州島4・3事件にシャーマニズムを絡めた『退魔:巫女の洞窟』

鄭智喜(以下鄭)「2回目の『コンポヨンファトゥクチプ』ですね!」

飯森盛良(以下飯森)「前回は日本の映画館でも上映されたライナップを放送しましたが、今回は長年のパートナーである韓国企業の方からの推薦を受けた本邦初公開の4本を放送・配信します」

鄭「4本ともまったくジャンルの違う作品でした。どれからお話ししましょうか?」

飯森「まずは『退魔:巫女の洞窟』からでもいいですか?この映画に出てくる文化的なところがよくわからなくて、韓国の方にいろいろと教えてもらいたいと思っていたんです」

鄭「うまく答えられるか、心配ですが…。この映画は神病(シンビョン)、いわゆる憑き物を治せると評判の精神科医で大学教授でもあるジンミョン(キム・ソンギュン)が主人公です。彼は退魔師でもあり、心霊治療も行っている人物です。そんなジンミョンのもとに、先輩が交通事故で亡くなったと連絡が入る。葬儀に出席すると、周囲の人々が先輩の死の原因が彼の奥さんにあるのでは?と話しているのを聞いてしまう、というところから始まります」

飯森「そうですね。先輩から『夫婦で心霊治療を受けたい』との相談のメールを受け取ったばかりだったジンミョンは奥さんに会いに行きます。そこで彼女と済州島4・3事件という凄惨な歴史との因縁が明らかになっていきます。1948年に起きた4・3事件については映画『チスル』(14)などを通じて日本でも知っている方がいると思いますが、済州島で軍が一般島民を左翼寄りと疑って大虐殺したという悲しい事件です。今日はこの映画に出てくる神病について伺いたい。日本の憑き物とちょっと違いますので」

鄭「神病は、韓国の原始的な宗教の1つであるシャーマニズムに関係しています。神様などの超自然的な存在と人間をつなぐ儀式を行うのがシャーマンで、女性のシャーマンが”ムダン”、男性のシャーマンは“パクス・ムダン”と呼ばれます」

飯森「ムダンは知っています。韓国ドラマでもしばしば出てきますし、ホラー映画でも、ムダンの子が学校でいじめられるというのがお決まりのパターンです」

鄭「実際にもそうなんです。ムダンは、霊に選ばれてなる人(降神巫)と祖先からの職業を受け継いでなる人(世襲巫)の2種類に分かれていて、降神巫が『お前はムダンになるべきだ』という神からの呼び出しに抵抗した時に起こる症状が『神病』と呼ばれています」

飯森「そこが違いますね。日本で言うと、お狐様が憑依して錯乱状態になる“狐憑き”に似ていますけれど、日本みたく御祓いをして追っ払えばいい、という訳にはいかないんですね」

鄭「そうです。御祓いをしようとする人もいますが、失敗したらムダンになる。選ばれた人間には選択権がないんです」

飯森「そうなんですね。『退魔:巫女の洞窟』では、主人公の先輩の妻が結局ムダンになることを受け入れますが、自分の娘にまでその血は継がせたくないという展開になりますね。先輩の妻が受け入れるのは選択権がないからで、娘に継がせたくないのはいじめられるからなのか。なるほど、この映画に関する謎が解けました。文化的、歴史的背景とリンクしていて重みがあると同時にすごくおもしろい作品でした。済州島ってドラマやMVに出てくる時はきれいな面ばかりを印象付けられますけど、こういう暗い部分もあるんだと思えたのもよかったです」

鄭「韓国のホラーでは、怨霊が出てきたら怨霊になった理由がきちんと説明されるということにも改めて気づきました」

飯森「日本では逆のパターンが多い印象ですね。理由は描くな、というのがセオリーです。理由はわからないけど“この部屋やばい”みたいなところから始まり、そこに入った人がおかしくなっても、どうすれば治るのかを誰も教えてくれないまま死んじゃうとか、失踪しちゃうとか…。このような形で作ったほうが怖い、という映画上の作劇テクニックもあると思うのですが、韓国はちゃんと理屈を描くんですね」

■移植医療を軸に男女間のドロドロした愛憎を描く…『黒い手』

鄭「2作目の『黒い手』は気軽に楽しめるホラーですね」

飯森「めちゃくちゃ軽い(笑)。軽いホラー映画でも楽しんで寝ようかな、という時に観てほしいです」

鄭「これ観て寝られますか(笑)?私はちゃんと怖かったです」

飯森「シリアスにしようという意図は感じられるんですけどね。豚からヒトへの異種移植や遺伝子組み換えなど、医療倫理的な議論になりそうなことを売名のため軽い気持ちで二重三重にやっている医者が主人公ですね」

鄭「主人公のジョンウ(キム・ソンス)は移植医療の専門医で、ある病院の院長の娘ユミ(シン・ジョンソン)と結婚し、現在は自分が院長になっている。野心的で同僚ユギョン(ハン・ゴウン)とも不倫関係にあり、それを気に病んだユミは自傷行為を繰り返し、2人を牽制する。そんなある日、ユギョンのもとにジョンウからあるプレゼントが届きます」

飯森「それが、箱の上部に丸い穴が空いていて、手を突っ込んで中身を当てるような、お楽しみボックスに入っているんですよね。ユギョンは過去にも同じような箱で贈り物をもらっていたので、なにが入っているんだろう?とワクワクしながら手を突っ込むと…、悲劇が起きるわけです。そして、嫉妬に狂った奥さんがついにやらかしちゃったのかなと思っていると、大どんでん返しがやって来る。一方で、体の一部を手術で移植されたあと、もともとの持ち主の魂が入ってくるという設定はホラーではよく見かけますよね」

鄭「ラブストーリーでも、心臓移植をした人が(見ず知らずの人に)トキメクみたいな展開はありますね」

飯森「そんなホラーやロマンスのお決まりの展開に、移植医療や闇の臓器移植といった社会問題を盛り込みながらも、非常にサクッと観られる。軽くて観やすい映画だったと思います。104分で短いというのもうれしい」

陰キャな新人社員によるパワハラ上司への復讐劇…『サイコ魔女』

鄭「『サイコ魔女』はいかがでしたか?」

飯森「個人的には今回の特集で一番好きな作品です。話がどこに転がっていくのか全然わからなかった。最初はまずコメディかなと思うんですよ」

鄭「たしかにそんな空気でしたよね」

飯森「音楽ものほほんとしたコメディっぽくて、ミスリードさせるんですよね。ちょっとパワハラ気質の女性課長がいて、そこに新人セヨン(パク・ジュヒ)が入社してくる。暗くてちょっと不思議ちゃん系。人付き合いも苦手で、課長や同僚から目の敵にされていくのかと思っていると、意外にも課長に食ってかかる。その食ってかかり方が不思議ちゃんどころの騒ぎではなくて、そこがおもしろかったです」

鄭「課長が資料の出来が悪いとやり直しを命じ、『8時までにできなかったら指を詰めろ』と高圧的に言うと、負けじとセヨンも『じゃあ、8時までにできたら、あなたが指を詰めてください』と言い返すんですよね」

飯森「ただの陰キャではない。サイコパスなの?あるいは魔女?それともちょっと風変わりなだけの女の子?と、彼女の正体についていろいろ頭を巡らせているうち、最後に真相がわかる。どんでん返しも3回くらいありましたけど、完全にだまされました。凝った映画だったなと思います。ホラー時代劇『ヨコクソン』(21)のユ・ヨンソン監督のデビュー作ですが、うまかったですね。女優を見る目もあると思います」

鄭「この作品、邦題をつけるのにご苦労されたと聞きました」

飯森「原題がキム・ダミ主演の『THE WITCH/魔女』(18)と同じ『魔女』なんです。さすがに、そのまま『魔女』というタイトルで配信してしまったら大混乱が起きることは目に見えていたので、先方にいくつかタイトル案を出して最後に『サイコ魔女』に決めました」

■様々な考察がなされているアポカリプス映画『獣の終末』

鄭「4本目は『獣の終末』です」

飯森「これは、なかなか難解な映画でした」

鄭「妊娠した若い女性スンヨン(イ・ミンジ)が、タクシーで田舎の実家に向かっている途中、横柄で怖い相乗り客が乗り込んでくる。彼は運転手とスンヨンについてすべてのことを知っているだけでなく、『世界がもうすぐ終わる』と言いながらカウントダウンを始めます。韓国のレビューを読むと、いろんな考察があるようです」

飯森「確かに、ヱヴァとかツイン・ピークスみたいに、考察して楽しむという見方ができますね」

鄭「パク・ヘイル演じる男がメシアで、スンヨンがマリアだと、宗教的な観点から観る人もいるそうです」

飯森「なるほど。この映画、時系列が微妙にめちゃくちゃになっているんですよね。変な形で時空が歪んでいる。だからネタ明かしというか、謎解きするおもしろさはあるかもしれない。あるいは、わざと謎が解けない迷路でバッドトリップしているような気持ち悪さを楽しむ。ただ、そのどっちなのかすらわからないくらい、手強い謎が多い。世界は終わってしまったようなんですが、なぜ終わったのかという説明もいっさいありません」

鄭「私はディストピアのなかに出てくる人間の本性がおもしろいなと思いました。自分より弱い者が目の前にいると、すぐ大きな態度になる人とか…」

飯森「明らかにアポカリプス(黙示録)映画なんですけど、現実世界の延長線上に世界の終わりが来たという描き方をすることで、もうすでに、現在が世界の終わり級にひどいということを言いたいのかな」

鄭「普通にありそうなのが怖いなと思いました」

飯森「監督は『私のオオカミ少年(13)と『スペース・スウィーパーズ』(21)のチョ・ソンヒなんですよね。娯楽映画をすごくうまく作れる人が、インディーズ映画で自由になると、こんな映画を作っちゃうんだという驚きがありました」

鄭「パク・ヘイルがシナリオを読んで『ノーギャラでも、絶対出たい!』と言ったそうですね」

飯森「そんなエピソードも納得のカルト映画を初めて紹介することができてうれしいです」

鄭「本当にバラエティ豊かなラインナップですね。第3弾も期待しています」

飯森「実は90年代の終わりに、日本と同じように韓国でもホラーブームがあったんですが、調べていくとお互いにほとんど関係していないんですね。当時の作品を改めて日本に紹介できたらおもしろいな、などと考えています。まだまったく白紙ですが、楽しみに待っていていただければと思います!」

取材・文/佐藤結

韓国恐怖映画特集の第2弾!担当プロデューサーと韓国出身の編集部員が対談して徹底解説/[c]2010 KOREAN ACADEMY OF FILM ARTS (KAFA)., ALL RIGHTS RESERVED