アーバン・アートと現代アートに特化したドイツ初の美術館「Museum of Urban and Contemporary Art(MUCA)」。1200点以上のコレクションの中から10名の人気アーティスト作品を紹介する、テレビ朝日開局65周年記念​「MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜」が森アーツセンターギャラリーにて開幕した。

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文=川岸 徹 写真=JBpress autograph編集部

アーバン・アートの人気作が日本上陸

 秩序や清潔さが重視される日本では、壁や建物、道路、橋といった公共の場所に展開されるアーバン・アートは法律に抵触する可能性があるものとして切り捨てられてきた。だが、そうしたグレーゾーンから生まれてくるものが人の心をつかみ、熱狂的なファンを生み出すのも事実だ。

 近年、日本でも人気が高いバンクシーやKAWSはグラフィティ出身のアーティスト。彼らは自分の信念やユーモアを広めるために、住宅地や地下鉄駅構内などの壁や路面にグラフィティ、いわゆる“落書き”を施した。やがて彼らの作品はアートとして扱われるようになり、今では海外の有名オークションで億単位の値がつくことも珍しくない。

 ここ数年、日本でもバンクシーやKAWSの大規模展覧会が開催されるようになった。今回、森アーツセンターギャラリーで開幕した「MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜」は、ドイツミュンヘンにあるアーバン・アートに特化した美術館「Museum of Urban and Contemporary Art (MUCA)」のコレクションを紹介する展覧会。バンクシー、KAWSをはじめ、10名のアーティストが紹介される。

 東京展は大分展、京都展に続く3会場めの開催となり、順路のスタートをKAWSが、しんがりバンクシーが務める構成。アーティストごとに展示空間が区切られ、それぞれのアーティストの個性と世界観に没入できる。それでは、まずは2大アーバン・アーティストといえるKAWSとバンクシーについて紹介したい。

KAWSとバンクシー、どちらが好み?

 KAWSは1974年アメリカ生まれのアーティストで、90年代グラフィティで注目を集めた。初期作品ではバス停や電話ボックス内に貼られた広告ポスターにスプレー缶落書きを加えた《アド・ディスラプション(広告への悪戯)》シリーズが有名。「大企業から公共空間を取り戻す」というメッセージが込められているという。本展ではDKNY、カルバン・クラインナイン・ウェストの広告をベースにした作品が展示されている。

 KAWSはその後コマーシャル色を強め、特にバツ印の目が特徴の《コンパニオン》というキャラクターシリーズは人気が高い。展覧会では12体のコンパニオンから成る《KAWS ブロンズ・エディション #1-12》を展示。悩みを抱え、悲しげで死にそうな表情をしたコンパニオンは、いつも陽気なミッキーマウスと真逆といえるアンチヒーロー。鑑賞者自身の姿と重なる親近感が、世界中で愛される理由だろう。

 バンクシーもKAWSと同じ1974年生まれ。イギリスブリストルの出身で、14歳の時にスプレー缶を用いてグラフィティを描き始めた。彼の作品はKAWS以上に政治的メッセージが強い。イスラエル政府がパレスチナ自治区との境界に築いた高さ7mの分離壁に描いた《ラブ・イズ・イン・ジ・エア(愛は空中に)》などのグラフィティは、バンクシーの代表作となった。バンクシーは今も素性を明かさない“覆面アーティスト”として活動。戦争や資本主義を批判する作品を精力的に発表し続けている。

 展覧会には《ガール・ウィズアウト・バルーン(風船のない少女)》も出品されている。2018年10月、サザビーズのオークション会場で落札直後にシュレッダーにかけられ、絵の下半分が裁断されて話題になったあの作品だ。あれから5年以上が経過したが、“事件”の映像を覚えている人も多いだろう。アートは特権階級の人たちだけのものではなく、みんなのもの。あの瞬間を今も多くの人が共有しているのであれば、バンクシーの目論見は成功したといえる。

独創的なアートが次々に現れる

 KAWSとバンクシー以外の8名も、アーバン・アートやストリート・アート好きにはたまらないアーティストたち。記者が気に入った作品をいくつか。

 シェパードフェアリーバラク・オバマ大統領の選挙キャンペーンポスターにより一躍“時の人”になった。オバマの顔とHOPEの文字が大胆にあしらわれたポスター。元々シェパードが個人的にオバマ候補を応援するために制作したものだが、その出来の良さから公式ポスターに採用されたとの逸話が残る。

 音楽を愛するシェパードはミュージシャンを題材にすることも多く、本展では《ジミ・ヘンドリックス》や《ボブ・マーリー》をモチーフにした作品を展示。LPジャケットの裏面にスプレーペイントとステンシルでミュージシャンの肖像が表されており、色遣いとグラフィックセンスが何ともおしゃれ。欲しくなる作品。

 フランス出身のインベーダーは、世界中の都市の壁にピクセルアートを展開するストリート・アーティスト。代表作《ルービックアレステッド・シド・ヴィシャス(ルービックに捕まったシド・ヴィシャス)》は、玩具のルービックキューブを並べて、セックス・ピストルズのメンバー、シド・ヴィシャスの肖像を描き上げたもの。作品の側面を見れば、素材がルービックキューブであることが分かる。マテリアルからアイデアが浮かぶことがあれば、逆にアイデアからマテリアルが決まることもある。その自由な行き来がストリート・アートの魅力だ。

 インベーダーと同じくフランス生まれのJRは写真家として活動するアーティスト。フランススラム地区で撮影された代表作《28ミリメートル、ある世代の肖像、強盗、JRから見たラジ・リ、レボスケ モンフェルメイユ 2004》には、思いっきり騙されてしまった。眼光鋭い男性がこちらに銃を向けている場面と思いつつ、よくよく見ると男性が持っているのは銃ではなくカメラ。偏見や思い込みは危険なこと。同時に「時にカメラは武器と同じぐらいの力を持つ」ことを表した作品だという。

 アーバン・アートは自由な世界。「なんかこれ、いいよね」くらいの気軽さで見てもいいし、「作品に潜む政治的、社会的なメッセージを読み取ろう」と頑張ってみるのも悪くない。本展では会場の様子も、展示されている作品もすべて撮影OK。アーバン・アートは、そうでなくっちゃ。

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「MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜」展示風景 バンクシー《アリエル》2017年