(歴史ライター:西股 総生)

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古いレンズをデジカメに付けて撮る

 最近、一部のカメラ愛好家の間で、最新のデジカメにフィルム時代の古いレンズを組み合わせて撮る、という「遊び」が流行っているらしい。この「遊び」の背景には、最新デジカメ用レンズの高性能さに「居心地の悪さ」を感じる、みたいな心性がありそうだ。

 最新のレンズは解像度や鮮鋭度が高く、逆光にも強い。ボケ味も美しくて、大変に優秀である。ただ、高性能ゆえに優等生的で、ある意味つまらない。というか、そこまで解像度や鮮鋭度が高くなくてもいいんじゃないか、と感じてしまう人もいる。たとえていうなら、LPレコードを真空管アンプで聞きたい、みたいな感覚かもしれない。

 実は筆者も、しばらく前から古いレンズをデジカメに付けて撮るということをやっていて、どうやら同じようなことをやっている人が、世の中にはいるらしいと気がついた。

 もっとも、筆者の場合は、もう少し現実的というか、しみったれた動機から出発しているのだが・・・。フィルムカメラ時代に買い集めたレンズを、中古屋に持っていっても二束三文にしかならないので、どうにかしてデジカメに使えないか、みたいな発想である。

 なので、世間では「オールドレンズ」と言っているが、筆者が使っているのは、往年の銘玉みたいなレンズではない。1970〜80年代くらいに、実用品として量産されたレンズである。言い換えるなら、自分の青春時代と同年配のレンズだ。ゆえに、今回の記事でも、あえて「旧式レンズ」という表現にしている。

 そうして撮っているうちに、ふと思った。旧式レンズ特有の描写の甘さやダルさを、城を撮るときの「味」として使えないだろうか。城は、そもそもが前時代の遺物だし、われわれ日本人にとって、どこか郷愁を呼びさまされる場所でもある。

 ところが最近は、どこの城でも小ぎれいに整備されて、天守や櫓も真っ白に塗り直され、歩いていればしきりに外国語が聞こえてくる。かつて城がもっていた、「どこか郷愁を呼びさまされる古城感」みたいなものが、稀薄になってしまった気がする。だったら、旧式レンズを使って「古城感」を表現できないか、というわけだ。

不適切にもほどがあるレンズだが・・・

 今回チョイスしたのは、ズームニッコール43〜86mm f3.5というレンズ。基本設計はズーム黎明期に遡るという代物で、細かな改良を繰り返しながら80年代初頭くらいまで販売されていた、と記憶している。43〜86mmはニコン党の間で「ヨンサン・パーロク」と俗称されているが、この呼び方には「描写がパー」という含みがある。

 まず、基本設計が白黒時代だから発色がよくない。どの焦点距離でも絞り開放での描写はグダグタに甘く、画面の四隅は光量・画質とも落ちまくる。広角側でタル型、望遠側でイトマキ型の歪曲収差もひどく、直線はすべて歪んで写る。建物を撮るレンズとしては、不適切にもほどがある。ボケもクセが強い。現在の優秀なデジカメ用レンズに慣れた感覚からすると、ほとんど異次元の描写である。

 使用したカメラはニコンDfだ。 数年前に生産中止になった一眼レフだが、フィルム時代のニッコールレンズを駆使できるボディとして、筆者は重宝している。最新のカメラに比べたら画素数は物足りないが、そもそも高解像度高画質くそくらえ、という前提で旧式レンズを使うのだから、画素数など知ったことか。

 このレンズとボディを携えて、冬の小諸城・上田城松本城回ってみた。(つづく)

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松本城天守 撮影/西股 総生(以下同)